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登場人物:歴史上の人物

※本編開始時には既に死亡している人物。カッコ内は生没年。



【シレジア王国】



 イェジ・シレジア(406~470)


 シレジア王国初代国王。元は大陸帝国シレジア伯爵領の領主。内政の天才。

 大陸帝国内戦によって帝国中央政府から重税が課せられたことから彼の堪忍袋の緒が切れ、大陸暦450年に反乱を起こす。友人であり帝国軍少将のコシチューシコの協力を得て反乱を成功させ、452年に独立を果たす。

 国王としても自身の内政手腕を如何なく発揮し、現在に至るまでのシレジア王国の基盤を作り上げる。




 エルンスト・コシチューシコ(406~454)


 シレジア王国軍初代総司令官。元は大陸帝国軍の少将。イェジ・シレジアに協力しシレジア独立を成し遂げる。

 シレジア独立後、王国軍元帥に叙される。しかし戦後のシレジア王国の政策に関して国王と対立しクーデターを起こそうとする。しかしクーデターは失敗、コシチューシコは元帥号を剥奪され粛清される。




 マレク・シレジア(452~518)


 シレジア王国第2代国王。王位を継いだときの年齢は僅か18歳。父親に似ず軍事の天才で、軍政及び作戦立案、前線指揮全てにおいて秀でていたとされる。

 効率的な軍拡を行ったマレクは東大陸帝国ら周辺諸国に順次宣戦布告。全ての戦争に勝ち続け「常勝無敗の天才」という異名を持つに至る。シレジア王国はマレクの手によって版図を拡大し、大陸で一、二を争う覇権国家となる。

 大陸暦518年、落馬事故によって崩御。




 グロム・シレジア(480~557)


 シレジア王国第3代国王。シレジア王国黄金期における国王である。

 イェジ・シレジアが残した経済基盤、マレク・シレジアが残した領土と軍隊、そしてシレジア王国自体が肥沃な土壌で農業生産量も多く莫大な人口を支えることが可能だったため、この時期のシレジア王国は黄金期を迎えた。グロムも最高権力者としての義務を十分に果たしたため、黄金期は長く続いた。

 執務室では堅実な国王だったが、ベッドの中では変態だったとされる。特に10歳未満の女児を自室に招いたことは現在に至るまで語り継がれている。




 アルトゥル・シレジア(531~562)


 シレジア王国第4代国王。シレジア王国暗黒時代初代国王でもある。

 王位に就いて間もない頃、第一次シレジア分割戦争が勃発。周辺諸国が結託したため四正面作戦を強いられ、領土の三分の二を失った。敗戦によるストレスで終戦5日後に崩御。在位5年。




 マリウシュ・シレジア(553~573)


 シレジア王国第5代国王。反シレジア同盟諸国に復讐戦争を挑むも返り討ちに遭い敗戦。領土の半分を失い、マリウシュは自殺した。

 マレク以来の軍事の天才とされているが「機会を待つ」ということを知らなかった。




【大陸帝国 / 東大陸帝国】



 ボリス・ロマノフ(???~???)


 大陸帝国初代皇帝。軍事の天才。小国ひしめく大陸を統一し巨大国家「大陸帝国」を建国する。魔法使いを初めて軍隊の主戦力として効率的に活用した軍人でもある。




 アレクサンドル・ロマノフ(???~299)


 大陸帝国第32代皇帝にして、統一国家大陸帝国最後の皇帝でもある。

 帝位継承権を巡って激しく対立していた三つ子を、老獪な方法で上手く収めた。それは「三人の子を帝国の重職に就かせ、その上で成果が大きい者から帝位継承権を与える」という方法である。これによって帝国の基盤を作り直された。

 何もなければ帝国に黄金期を再び呼び込んだ名君として歴史に名を遺しただろうが、残念ながらそれは叶わなかった。アレクサンドルは後継者を決めぬまま事故により崩御し、帝国内戦の原因を作った皇帝としてその名が歴史に刻まれた。




 オリガ・ロマノワ(???~???)


 アレクサンドル・ロマノフの長子長女。帝位継承権を巡って弟のマリュータと激しく対立。その後西方辺境領総督の地位に就き、当地の経済力を格段に引き上げた。

 大陸暦300年、西方辺境領において第33代大陸帝国皇帝(自称)に即位する。正統性で言えば、彼女が第33代皇帝を名乗るに相応しいのだが皇帝即位は事実上西大陸帝国の建国だったため、西大陸帝国初代皇帝とされる場合が多い。




 マリュータ・ロマノフ(???~???)


 アレクサンドル・ロマノフの次子長男。帝位継承権を巡って姉のオリガと激しく対立。その後帝国国務大臣の座に就き、腐敗しきっていた軍の綱紀粛正に成功する。

 大陸暦300年、大陸帝国宮殿において第33代大陸帝国皇帝(自称)に即位する。歴史家の間では彼を正当な後継者として見る場合が多い。




 ゲオルギ・ロマノフ / ゲオルギオス・アナトリコン(???~???)


 アレクサンドル・ロマノフの三子次男。帝位継承に興味がない魔術研究者だったが、とばっちりで帝位継承問題に巻き込まれる。その後南方辺境領総督の地位に就くものの統治を放って魔術研究に力を入れ、基礎魔術理論を完成させる。

 大陸暦301年、キリス第二帝国を建国。初代皇帝となる。基礎魔術理論に基づいた魔術兵集団を初めて組織し、東大陸帝国を圧倒する。




 パーヴェル・ロマノフⅢ世(???~???)


 東大陸帝国第55代皇帝。農政改革と産業振興、外交政策の見直しによって帝国の再建を果たす。




 ユーリ・ロマノフ / ユーリ・フォン・ロマノフ=ヘルメスベルガー(350~???)


 時の東大陸帝国皇帝の次男。兄と共に皇帝家の者として研鑽を積み、367年の時ハプスブルク皇帝直轄領皇帝代理総督の任に就き当地を開拓する。

 370年から始まる宮廷内闘争によって家族全員が死亡ししたため、ユーリは宮廷に不信を抱く。

 372年、リヴォニア大貴族の一人であるヘルメスベルガー公爵夫人と結婚。事実上のリヴォニア独立の承認であり、当時の皇帝の怒りを買った。皇帝からの総督職解任と帝都召還命令をユーリは拒否、オストマルク帝国の建国を宣言し初代皇帝となる。独立戦争は3ヶ月で終了。これは家族から学んだ内政手腕と軍事的才幹の賜物である。

 通称「ユーリ大帝」




 ジョハル・ロマノフ(???~???)


 東大陸帝国皇帝。ユーリ・ロマノフの再従弟(またいとこ)に当たる人物で、ユーリの政敵。

 ユーリ一家を謀殺し自らが皇帝にならんと画策した。その謀略は功を制し、皇帝に即位するが、ユーリの謀殺には失敗した。ジョハルはその後ユーリを暗殺せず、飼い殺しにしようと考えた。が、ユーリが反乱勢力の有力者と結婚したことによって状況が一変する。

 ジョハルはユーリの婚姻に憤慨し、彼を粛清しようとするが、ユーリは建国宣言をして戦争となる。ジョハルは僅か3ヶ月で敗北し敗戦の責任を貴族から追及された。実の所、ジョハルは大貴族たちにユーリ粛清の暁にはハプスブルク直轄領を分け与えることを約束してしまったのである。ジョハルがあまりにも情けなく負けたため大貴族たちは憤慨し、彼は帝位の座から追われてしまったのである。




 ジョハル・ロマノフの息子(???~???)


 ジョハルが帝位を退いた後の皇帝。史上最年少の皇帝で、生後7ヶ月で即位した。当然政務などは不可能なので、家臣に良いように政治を翻弄され続けた。





【カールスバート王国/カールスバート共和国】



 ヴァーツラフ・スラヴィーチェクⅡ世


 カールスバート王国最後の王。

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