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小西さんについて。

作者: ろしあぱん

この思いは気付かれてはいけない。

胸の奥がぎゅと苦しくなる感覚には慣れている。


俺は、叶わない恋をしている。




「おはよーございます。今日は、早いね」


始業前、俺が会社のデスクの前に立つ頃には、既に斜向かいのデスクに小西さんがいる。

目が合うと、彼女はにやりと悪戯っぽく笑う。(にこり、ではない。今日は、の所にアクセントをつけていたから、ちょっとした嫌味のつもりかもしれない)

俺が来たことに気付くと、こうやって声をかけてくれることがある。今日は、当たりだ。

小西さんは大体文庫本を読んでいて、俺が来たことに気付かないことが多い。


俺は大抵、バスと電車の乗継の関係で、始業ぎりぎりの電車になってしまう。今日は道が空いていたようで、バスが予定時刻に駅に到着したおかげで、いつもよりも10分早く会社に着いた。(だから、今日は、と言われた)

このあいさつを聞くと、小西さんの中で、俺の存在はちょっと大きいんじゃないかと勘違いしそうになる。期待はしていないけれど、少し心が浮足立ってしまう。落ち着け、小西さんは誰に対してもこんな感じだ。


「あ、田中さん!おはよーごさいます。髪の毛切りました?」


ほら。誰に対してもこんな感じだ。先程浮足だった心は、ゆったりと沈む。




彼女の名前は山内やまうち 柊依ひより旧姓、小西こにし

お察しの通り、既婚者だ。ダイヤが入ったシンプルな指輪をいつも身に着けている。

俺と同学年で24歳。

俺は1年前に移動で彼女と同じ部署になり、その存在を知った。その1か月後には入籍して、苗字が変わった。俺が彼女のことを意識し始める前に勝負はついていた。

結婚していることを知っていても惹かれてしまうのは自分でもどうしようもない。

こんな苦しい思い、俺だってしたくてしてる訳じゃない。




会社じゃまだまだ旧姓で呼ぶ人が多い。お気づきのように俺も旧姓で呼んでいる。

結婚したなんて認めたくない、なんていうほど俺の心はちっさくねえ。断じて。いや、ちょっとはあるのか?

結婚して1年程度の社員は2人いて、どちらも女性社員。片方は旧姓で呼ぶと烈火のごとく怒りだす。はっきりいって、めんどくさい。

小西さんは別に気にした様子もなく返事をする。最近では、新しい派遣社員がやって来たとき、

「山内です。ニックネームは小西です」

なんて言ったりもしている。これは、あまりに旧姓呼びの古株社員が多いせいだろう。


旧姓で呼び止められて、

「ごめん、苗字なんだっけ」

と聞かれても、気にした様子もなく、

「山内ですよ。もー小西でいいですよ。わかりますから」

と言って、へらりと微笑む。

このやりとりを50代のおじさん社員と2日に1回くらいはやっている。

そこはおっさん、そろそろ覚えろよ。と心でツッコミながら、おっさんは小西さんに構ってほしいだけなんじゃないかと勘繰っている。




小西さんは部署で一番若い女性だ。この部署に事務職はいない。俺よりも長くこの部署にいるから、俺よりも任されている範囲は広い。そこに更に電話とり、郵送物配り、事務所の事務用品の管理をしている。

業務中は部署のいろいろな人と話しているのを見かける。大体はくだらない話をしている。

彼女はここの部署のムードメーカーだ。


俺も、たまに話しかけられる。デスクにあるパソコンの隙間で目を合わせて話すことができる。

彼女は真っ直ぐに俺を見る。俺は真面目な仕事の話のときは真っ直ぐ彼女を見るようにしているが、くだらない話をしている時は流し目で見ている。じゃないとなんだか照れてしまう。


でも、彼女は仕事が早いという話を聞いたことがある。くそ、俺より無駄に話しているくせに。少し悔しい。

小西さんは実は仕事が出来るんじゃないかと思う。




小西さんから見たら俺はただの同僚。年齢が一緒なだけ、話しやすさはあるのかもしれない。


「山田、みてみてっ」


小さな子供のように目をきらきら輝かせて小西さんは俺に話しかけてくる。

これはやばいかわいい。なんでそんなに嬉しそうなんだ。

どきどきと早鐘をうつ心臓を感じながら、「なに?」とそっけなく、でも体ごと彼女に向ける。

彼女は何か資料を持っていた。

仕事がらみでそんな楽しいことがあるのか。と半ば混乱しながら椅子を立ち、彼女に近づく。

彼女のすぐ隣に立ち、資料を覗き込む。

こんなに近づくことはめったにないなと思いながら、どうせなら、と欲をかく。

資料を持つ手に触れた。資料に手を添えるときの偶然を装って、愛撫のように優しいタッチで。

ピクリと震え戸惑う、意外に華奢な体に愛しさを覚える。

思わず抱きしめたくなる衝動を押し殺し、素知らぬ顔をしていると、彼女は先ほどのことが無かったかのように資料の話を始めた。


「○○社の直動部品の取説とりせつが手に入ったんだけどね」


先ほどの戸惑いが幻想のように思える、楽しそうな横顔を盗み見る。

ごめん、俺はそれの何が楽しいかわからない。でも、こんなに物理的に近づくことはめったにないから、適当に話を合わせて資料を読む。ふわりとほのかに甘い香りがした。




俺の恋は叶ってはいけない。

もし叶ったら、彼女が苦しい思いをすることになる。

彼女は同僚で、結婚していて、職場のムードメーカーで、俺とは会社以外の接点はない。

でも、気になってしまうのは自分でもどうしようもない。


願うところは、彼女よりも魅力的で、俺の目を奪ってくれる女性に出来るだけ早く出会うことだ。

本当はもっとぐいぐい行く略奪系の話にしようと思っていたのですが、書き始めたら主人公の性格が、波風立たせずに流されるままに任せるような感じになってしまったので、ただの片思い独白になってしまいました;

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