祭りに潜む罠
随分間が空きました。
ネタ考えてると、内容が二点三点するんですね、こっちの方がいいか?いやこのアイディアのが面白そうだ…って。
スンマセン。
なんか本人達や、俯瞰視点で書くと秘密が秘密じゃなくなりそう…(単にお前がネタバレしやすいだけだろうが)なんで、あえて新キャラ(使い捨て)視点で。
「イロメム君、イロメム・カエル君はいるかね?」
黒目の袴を着た男は、ある民家を訪ねてそう言う。
淵の大きな帽子をかぶり、その表情は読めない。
ただ、時折見える素肌の色は黄色が強く、鼻筋から見える顔の彫りは深い。目ざとく見つけさえすれば彼がこの国の人間でない事はわかるかもしれない。
顔を除いた手足はいずれも布で覆われ、彼の視覚的な個性を奪っていた。
「俺だよ。てめー誰だ」
声に反応して出てきたやや小太りの青年が言う。
彼の服はよく見ると解れている所があるものの、全体的に良い生地を使ったものだ。
無精髭と髪型さえどうにかすればいい所の坊ちゃん。もしくは貴族で通じる風貌である。
それもそのはずだ、彼はつい最近まで羽振りのいい生活を送っていた。
現在では必要最低限の金品を残してその財産を悉く差し押さえられた本貴族。カエル家の長男だったのだから。
ゴロツキの長屋で生活する不良グループの一員である。
そんな喧嘩上等な立派な不良の一人が、不機嫌そうに声を荒げての挨拶である。
「申し遅れたね、すまない」
全くすまなそうに見えないながらも慇懃な態度で名乗りをあげる。
「私はね、君のお父様。エリフさんと一緒に仕事をしていたものなんだよ。お父上の件は非常に残念だった」
「…あぁ?」
男はイロメムの近くまで近づいてその耳元で囁くように告げる。
「君のお父上には仕事で沢山助けてもらっていたからね。ここの港を公然と使わせてもらったり、エリフさんが仕入れた商品を私達が捌く。そういう関係だったのさ」
男が離れると同時に帽子を深々とかぶり直す。
イロメムには覚えがあった。彼の父親がやらかし、財産を没収されることになった危険な仕事。
(奴隷貿易。バイヤーか)
エリフ男爵が現役だった頃、館には人と金と物が溢れてた。
その頃の彼にとって、家の中は好き勝手できる彼にとっての理想郷だった。
皆が皆彼と当主の機嫌を伺い、気に入ったメイドに手を出そうとお咎めなし、飽きたら新しいメイドも補充できた。
それだけの金をどこから捻出してたのかは、いざカエル家が潰されて、イロメムの両親が処刑される時に知らされた。
直接取引きに関わった連中は悉く処刑。それによって得た利益、財産は生きるのに最低限を残して没収だ。
表向き『違法な取引きがあった』とだけ商人にのみ公表され、彼はカエルの性を隠して市井に放り出された。
当時、彼が街で付き合いのあった連中に褒められた服だけを隠しもち、市井に紛れたのだが、金の無くなった彼からはその悉くが離れていった。
今では街で因縁を吹っかけては財布を奪い取る悪党の一人である。
「なんだ、借金取り立てってー話なら無駄だぞ」
「いいや、担当者一人とルートの一つを失ったのは私たちにとっても痛手だったのは確かだけどね。君にそれを求めたりはしないよ」
「てめぇ…何のために来やがった」
男はわずかに見える口元の端を歪めながら言う。
「私達も本国では面子という物があってね、私たちを国にチクったやつを懲らしめなきゃいけないのさ」
「勝手にやりゃいいじゃねぇか」
好き勝手が許されてただけの彼にとっては、面子も何も関係がない。
故に彼は親が処刑されたことに執着していないのだ。
自分の受け継ぐはずだった、人・金・物。それらが没収されてしまったという点のみが彼にとって重要であり、それ以外は瑣末な問題なのだ。
「言いかえよう、君の生活と財産を奪った奴をドン底に落としてやりたくないかね?」
イロメムの目が少しだけ反応する。
「それだけじゃない、当然成功報酬は払おう。上手くいったら私の本国で一緒に仕事ができるようにしようか。前ほどとは言わないが、それなりに羽振りの良い生活ができるかもしれないぞ?どうだい?」
男の表情は帽子が邪魔で読めない。
何を企んでいるのかを窺い知ることはできないが、彼にとってはそんなことはどうでもよかった。
金が入る。ついでに自分が受け継ぐはずだった財産を奪った者たちをたたき落とせる。
何よりもしかしたらあの生活に近づけるかもしれないという彼にとって魅力的な提案。
「いいぜ、その話乗ろう。具体的にどうすりゃいい」
その前後、思惑も何も思い至るなら警戒してしかるべきだろう。
しかし彼はそんなことにすら重い至らず即答してしまう。
好き勝手に生きてこれてしまった事が、彼から深い思考を取り去ってしまっていたのだ。
「商談は成立だね、詳しい話はこれを読んでくれればいい。読んだら焼き捨ててくれるとベストだ」
「そうすんぜ」
男はそこまで言うと踵を返して長屋を出て行く。
イロメムはその素性も気になったが、敢えて口に出さない。先に手紙の方が気になったからだ。
羊皮紙を開いて中を読む。
そこには目的と方法、やることと報酬についてだけが簡潔に書かれているだけだ。
(オージサマの誕生祝賀祭か、好い気なもんだ。目的は…『人攫いの実働部隊を引き連れての誘拐、身代金の回収。目標はクロマ…』クロマルド家の娘とオネス家の跡取りっ!!)
公表されていない情報、すなわちどの貴族の主導で今回家が取り潰されることになったのかが記されてる。
知ることができなかったその情報に、溜まった鬱憤が吹き出る。
(俺は誕生祭の日に実働部隊を王都案内する事か。クロマルド家の娘、オネス家の跡取!いいぜ、こいつら奴隷にしてやる!野郎は殴り斃してもいいし、女ならひん剥いてもいいか?)
逆恨みの相手を見つけた男は、手紙を暖炉に焼べると、その口元が歪む。
「絶って〜地獄見せてやる」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(どうしてこうなった…)
俺はオセルト短剣格闘術オセルト流の師範に次ぐ第2位の武人だ。
名前をノウア・グニーニウと言い、今年で28歳だ。嫁もいれば、息子だっている。
師匠に代わり、弟弟子達を鍛える事も多い。順当に行けば、再来年位には引退した師匠の跡を継ぐ位には自他共に認められている。
「…」
で、冒頭の俺の嘆きの原因はテーブル挟んで正面方向のこの無言の主たちだ。
この世で面と向かって敵対したくない女二人が行儀良く座ってる。
俺はこの状況と、これから待ってる状況の二つを盛大に嘆きたい。
一人は師範の嫁さん。技以外はとことん適当な師範に変わって道場の運営をしている。
道場の財布が握られてるってのも怖い話だが、何より怖いのは女だてらにその実力が高いことだ。
オセルトは元々対人よりも対獣をベースに作られた流派だ。短剣による小回りと速さと反応が物を言う。
故にそこまで筋力がなくとも戦えるし、回り込みが神がかってるこの女は相当にやばい。
殆ど音も無く、気づけば襲われているという所から、フクロウのあだ名を持っている。
正面からならまだしも、不意を突かれたらまず勝てない。
「さて…」
そうして固まってるともう一人の怖え女、イーニス・イルが口を開く。
「再確認の為にももう一度言うわ。ノウアにお願いしたいのは、私の大切な主人達。特にその妹の祭り道中での護衛。二人とも5歳になったばかりね。これは今回限りだし、権力に近づくのが禁止というルールには当てはまらない。期間は今晩のみで、報酬は1200トイ。そこで見たものはその全てを他言無用でというのが条件」
そう、護衛の話自体は良くあるオーソドックスなものだ。
ついでを言うなら、ライオール卿の王城入りに護衛を引っ張っていったことで、屋敷の護衛を除くと、動ける護衛が足らんらしい。
権力に近付くなかれという道場のルールで、クロマルド伯爵家の護衛は受けるべき内容では無い。
しかし、今回はガキでしかも姉妹…要するに家を継がない女児だ。長男だっているってのは少し調べりゃわかる話だし、確かに問題はない。
元々このルールだって意味がないと皆思ってるくらいだ(どうも御前試合で他の武術に負けて弱いって烙印押された最初の師範が切れて作ったとかそういう下らない話らしい。先先代位で払拭したらしいが)このくらいのグレーなんぞ問題にならない。
まぁそれは別にいい。
依頼料も普通1日で400トイ(銀貨1枚)ってーと、今回の報酬は通常の3倍だ。普通の市井なら一週間は余裕で暮らせるだけの生活費が出る。
「…」
好条件なんだからやれよって視線が師範の嫁さんから刺さってくるが、個人的に俺は関わりたくない。
それは目の前のもう一人の怖え女と仕事するって所だ。
こいつは元妹弟子で、入ってきた頃からいろいろ浮いてる奴だった。
貴族に仕えるのが禁止ってこの流派の中で、貴族の娘なんて微妙な奴に仕える立場だった。
その娘ってのが王都の大病院から出るまでの3年だけここで戦い方と鍛え方を学んでた。
女の少ないこの道場だ。こいつが出て行く日に、当時軟派な馬鹿がこいつにちょっかい掛けたって事があった。
なんでもそいつは『主人が女じゃ溜まってんだろ、主人共々さっさとケツ振れ』みたいな馬鹿な事を言ったらしい。
俺が行った時には殆ど決着だったが、その時見たこいつの速さは狂気じみてた。
未熟な馬鹿とはいえ、男が振るう腕と同速で射程外に逃げるヒット&アウェイとか、その時点で見てた奴全員のトラウマだ。
その時の貴族の娘が嫁いだ後、クロマルド家に鞍替えしたって話は風の噂で聞いたが、こいつの目は俺らにトラウマを植えつけた頃から変わってねぇ。
腕の肉付きやここまでの立ち居振る舞いを見る限り鈍っているようにも見えない。
まさか大人の体格で当時のようなデタラメはまさかしないだろうが、底が読めない。
「悪いが引き受ける上で気になってる事聞いていいか?」
「ええ」
「その報酬ってのは口止料も入ってる訳だよな、狙われる理由に繋がったりすんのか?」
口止めってんだから詳細は諦めるしかねぇ。
フクロウが乗り気なら、師範だってどうせ乗り気だろう。俺に拒否権はない。
せめて狙われる理由があるかないかだけは知っておきたかった。それによって護衛の難易度が変わる。
「ないわ、狙われるとすれば同じ貴族か、誘拐くらいね」
返ってきた来た答えも、貴族としては一般的な話だった。
ましてクロマルド家に黒い噂も知る限りないし、民衆の人気も悪くはない。その上学園を運営している手前、先生と仰ぐ奴は結構いる。
貴族であれば民衆が離れるようなことをするとも考えにくいし、解りやすい恨みを買わない分他の貴族よりも護衛は楽じゃないかと思う。
だったら何の口止めなんだよって突っ込みたくてしょうがねえ。
(もっともそんなの聞いたら口止料の意味ないんだけどな)
「ああ…ああ、わかった。問題ない」
全面降伏するしかない。
やる理由ばっか揃って、やらねえ理由が直感てんじゃ断りようがねぇ。
(ホント、俺の味方いねー。)
「日が沈んだらクロマルド邸に。お嬢様達を紹介するわ」
祭りは日中からやってるのに何で夜ってのかは気になったが、まぁ行ってみればわかるだろう。
「そンなら俺はこのまま訓練に戻る…が、お前さんはどうするんだ?」
「王城にお嬢様を迎えに行くわ」
−−−ああ、こいつはやっぱ変わってない。
前の主従に仕えてた時と全く変わってない。いやむしろ悪化している気がする。
(なんだろうね?こいつは忠犬体質でもあるのかね?)
そんなこんなを思いながら弟弟子達を鍛えて時間を潰し、『皆それぞれ随分身軽になってきたなー』とか思ってると屋敷についた。
やっぱ城の周辺は貴族が集まってるだけあって無駄に屋敷がでかい。
祭りでの護衛って事だからって、軽装で来た訳だが、場違い感が半端ねぇ。
「イーニス・イル様から依頼を受けたオルセトのノウアと言います、イーニス様に伝えてくれ…ますか?」
いかん、こんなん俺じゃねぇ…。
かなり久々な敬語だが間違ってないといいんだがなぁ。
小市民な俺には正直厳しい。
「ようこそおいで下さいました。お嬢様を紹介いたしますので、こちらへお越しください」
そう間を置かずにアイツが出てきた。
やべぇ、トリハダもんだよ。
あのニスが敬語だってのも何か裏があんのかって勘ぐりたくなるが、何より怖えのは全く違和感が無いトコだ。
そういうのを抜きにしたアイツの会話が素だと思ってたんだが、敬語が実は素なんじゃねえかと迷う位に違和感がねぇ。
やっぱこいつ従者なんだな。
「お嬢様方、本日の護衛をお連れしました」
あぁ、この部屋か。
どうれ、ニスの主人てのがどんな娘なのか見てみますかね。
「「どうぞ」」
…
……
………
「ノウア?」
「あ!本日護衛を努めさせてもら…いただく、ノウア・グニーニウといいます!」
(やっべぇ噛んだっ!つーかなんだこりゃ!?思考止まったわ!何も考えられなかったとか何年ぶりだよ!?ニスの声に一瞬棘があった気がするけど、こりゃ勘弁しろよ!こんな真っ白な娘見たことねえぞ!?)
「初めまして、私はライオール・クロマルドの長女で、イィリエスと申します」
「私はエィリエスよ。どういう素性の人かはニスさんから聞いてるわ。今日の護衛はお願いするわね」
(…やべ。違和感だらけだぞ…)
死霊の話を聞いた後に墓場で物音を聞いたみたいな不気味さがある。
(長い台詞も噛まねぇどころが全く違和感なく発音してるし、何だこの落ち着きよう?マジで子供か?)
背丈は5〜8歳に見えるが、手も顔も子供の『ぷにっ』って感じじゃねえ。飢えて成長止まったとするにゃ、妙に血色もいい。
立ち居振る舞いもあって、正直子供に見えない。
姉の色(色っぽいなんて話じゃなくて文字通りの色、色彩のほうだ)が余計に異常さを際立たせてる。
ぶっちゃけ人間に見えない。等身大で作った人形だと言われた方がしっくりくる。
それが見本のような動きで挨拶してくるとか、軽くホラーじゃねえかと思う。
(どうすりゃそんな色になんだよ?つーか本当に人か?そういや伝承にあったよな小人族だっけか…)
「ノウア。あんまり私に恥をかかせるな」
「…っ!」
ニス切れさすトコだった。つーか少し切れてた。
(笑顔を貼り付けて小声で脅すとかどんなだよ。)
まず間違いなく、挨拶返せって話だ。固まってたし、大目にみろよと思わなくない。
こんな良くわからない娘みてすぐに反応できるやつがどうかしてると思う。
これだけ整った悪条件が整ってて(何言ってるか意味不明だが、俺もいろいろとっちらかってんだから勘弁してほしい。)まともに仕事ができるかが不安でしょうがねぇ。
「ノウア・クニーニウっていいますっ!よろしゅ…よろしくお願いしますっ!」
「では事前に話ておりました通り、基本的に全員で行動しますが、分かれた場合は私がイィリお嬢様を、ノウアがエィリお嬢様の護衛をすることになります」
「宜しくお願いするわ」
不幸中の幸い(?)か俺は普通の色の娘が担当らしい。
「こちらこそ宜しくおねがいす…します」
「…そんな無理して敬語使わなくても良いわよ」
ふと視線を下げると黒い妹の方が笑いながらそう言ってる。
確かに、俺敬語とか使いなれねぇし、そのまま言葉に甘えさせて貰う。
つーかこの娘、俺の見た目で怯えねぇ。俺は正直強面で、道場でも鍛錬以外で声かけてくるやつは少ない。
(それだけニスを信用してんのか?何考えてんのかわからん。)
「…悪ぃな。その方が良さそーだ。宜しくな、エィリ嬢ちゃんにイィリ嬢ちゃん」
ニスの視線が痛ぇが言葉遣いに関しちゃ勘弁してもらおう。
長年人に支え続けたニスと荒れくれなを武道家を一緒にされても困る。
「うん!じゃ行こう姉さん!」
「そうですね。ですがエィリ、本当に良いのですか?見世物になりますよ?」
「別に良いわ。私も皆前で弾くこともあるしね」
これ本当に姉妹かと疑問に思っちまう。まるで親みたいに見えるのだ。
(…親?ライオール卿は夜会だよな?つーか奥さんは?両親いねーのになんでこいつらこんなに平気なんだ?)
すぐに貴族としての教育じゃないのかと思い当たるが、家を継ぐわけではない、しかも小娘にそれをするかというと怪しい。
「でだ、ニスはその格好で行くのか?」
変な事考える前にごまかし半分で話題を振る。
あれ以上考えてもドツボに嵌るだけな気がする。
「もちろん着替えます。申し訳ございませんお嬢様、少々着替えてまいります」
「はい、でしたら玄関先でお待ちしますね」
双子を引き連れて玄関先へ向かう。
チラ見したこの子らの歩き方も、子供らしいふらつきを全く感じないしっかりした足取りだった。重心もかなり低い。
(本当にこいつら何歳なんだ?背の低い14歳(成人手前)だっつっても信じるぞ俺。)
「お待たせしました、行きましょうかお嬢様」
「そうですね、エィリはまだしも私は目立つから大変だとは思いますが…宜しくお願いします」
そう言って従者に頭をさげる主。
主人が馬鹿丁寧だとか、主従に見えねぇ視線とか諸々!
(あーもう俺頭ん中でも突っ込まねぇぞ)
「あ!姉さんこれかわいー!」
街に出るとエィリ嬢ちゃんはことあるごとに、イィリ嬢ちゃんを引っ張ってで歩き回る。
対照的なのはイィリ嬢ちゃんか?特に騒ぎもせずに色んなトコに視線を向けては興味ありげに見てる。
やっぱ貴族ともなると市井の生活とか知らねぇもんなのかね?
ただ何より、こいつらには驚く程視線が集まる。
当然護衛についてる俺とニスにもだ。
「エィリ、視線とか大丈夫ですか?」
「どうでも良いわ!それよに姉さん、アレなんだろー?」
その中心にいる白い姉ちゃんなんかに集まる視線の量はやばい。
半分以上は見世物の様な視線だろう。それだけでも不快感は半端ない。
しかしこいつら慣れてんのか、そんな視線もどこ吹く風で、腕まで組んで歩いてる。
…極稀にどこぞの色魔の視線に気づいて、双子が驚くが…俺がガン飛ばしてりゃ直ぐにスゴスゴと引っ込む所を見ると、犯罪まで起きる気配はない。
もっともこの視線の数じゃぁ視線をかぎ分けるのは無理だ。
「このお菓子おいしいかも?」
「へぇ、チーズケーキとかもあるんですね」
「姉さん一緒に食べよう!」
こうしてみてる分には年相応に見える。
だがこれまでの姿と併せてみると違和感しか感じない。
どうにもチグハグすぎる。
「いくらでしょうか?」
いつの間にって感じでニスが店主に話しかけてる。
さすがメイド。主人を待たせない。
道場にいた時もその気遣いが出てれば皆の反応だって変わっただろう。
「おおそうだな、一つ8トイで…全員分か?」
財布持ったニスが俺の顔を見てくる。
俺は別にいらないだろ、ケーキなんてのは女子供の食い物だ。
なんで、首をふる。
「3人分です。ついでに主人、飲み物は置いてますか?」
「ああ、フシ茶でよけりゃあるぞ、お嬢ちゃんはオレのがいいか?茶が 1 トイで、オレは2トイでどうだ?」
「フシ茶とオレを二つずつお願いします」
そうオーダーを聞いて店主が算盤を持ち出す。
8トイが3つで20…
「32 トイ。ニス姉、大銅貨2枚でお釣りが銅貨 8 枚ね」
(…速え)
横にいた店主も目ぇ見開いて驚いてる。
商人でもないのにこんな数字に強くてどうすんだこいつら?
そうこう考えてるとニスがさっさと金をカウンターに置いてた。
店主も計算が終わったのか、ニスから大銅貨を受け取ると銅貨で釣りを返してる。
枚数は、エィリ嬢ちゃんの言った通り。やっぱ出鱈目ってわけじゃねぇようだ。
「そこのフードコートで頂きましょう」
「うん!」
店内に入って、結構奥の方の席しか空いてない。
入り口近辺は祭りが見えるからか、人気で何処も人が座ってるし、仕方ねぇんだろう。
「…! よ、よかったらこの席使ってください!」
そう言って、何処ぞのカップルが入り口近くの4人席を空けてカウンターに移動した。何をどう見たって気を使われたのだろう。何せ姿見はどうみても護衛付きの貴族だ。
律儀なのか、主従揃ってありがとうと頭を下げてるの見ると、これで貴族なのかどうか思うところはある。俺の勝手な思い込みかも知れないが、民衆が貴族に気を使うのは当然の事だと考えてそうなイメージだったんだが、どうもそことは違うらしい。
服装なんか明らかに上等なものを着て、威圧する様なものでないにしろ明らかな護衛が二人もついてるわけだから、状況証拠的にお偉いさんの娘だってのは間違いない。
とはいえ『権力を傘にきた』訳じゃない。断言できる。やたら目立つ子と視線が合って遠慮したってのが真相に見えて仕方ない。
この腰の低さが余計にそう見せてるのかも知れんが…。
「ノウアさんも座って」
エィリ嬢ちゃんが着席を促してくる。
主従が同じ席に座っていいのか?
ってニスももう座ってるし…。
まぁ楽だし座るか。
「なぁニスよぉ。従者がこれでいいのかよ?」
「問題ないでしょう、お嬢様と私の場合だけはこんなものです」
(おめーももそうは言うがよ、その声に優越感が少し滲んでんぞ)
後継でもない小娘共にアゴで使われる立場でなんでコイツ偉そうなんだと思わなくない。
悪く言えば『子守を押し付けられた』と言えなくねぇ現状だ。
やっぱコイツはコイツで良く判らない。
「姉さん、はい。あーん」
「ものは一緒でしょうに…仕方ありませんね」
嬢ちゃん達は嬢ちゃん達でじゃれあってる。
(なんだかなぁ?色んな意味でチグハグなんだよなぁ?)
子供とは思えない振る舞いをする癖に、今みたいに年相応にじゃれあってる。
貴族の家系の癖に、妙に腰が低い。
子供らしく色々興味を引かれてる割には、物怖じしない。
「あー美味しかったー」
「甘味ものは貴重ですからね」
「お嬢様はあってもなかなか食べませんからね…」
俺が悩んでる内に女性陣は食い終わったらしい。
「それで気づいたのですが、飲食店や炉端で歌う方に目が向きがちですけど、殆どのお店が開いているみたいですね」
「そうなの?姉さん」
「思うに、地方から多くの人が来るイベントなので、土産物を中心に遅くまで開いているんでしょう。そこでですが」
「買い物ですね?お嬢様」
「んーじゃあ私楽器店見たいけどいい?」
(へぇお嬢ちゃん演奏者かなんかなのかね?)
「私は日中出れない分、逆に色々見たい所ですね」
「なら一旦別行動?」
「それが良さそうな気がします。随分色々回りますからね」
日中出れないって何か訳があるんだろう。
こんな日にわざわざ別行動にしなくてもいいだろうにと思わなくないが、俺はあくまで護衛でいる。
(あれだけべったりな姉妹が別行動で寂しかぁないのかね?)
「ノウア、お金を大銅貨で10枚預けるわ。エィリお嬢様をくれぐれもお願いするわね」
ニスが小さく話しかけてくる。
(プレッシャーかけなくてもわかってるよ。わかってるから色々睨むんじゃねぇ)
「いちいち『傷一つつけたら…』とか言わなくても仕事はこなすからよぉ」
「最悪、時間され稼げれば応援に駆けつけるわ」
「期待しねーで待ってんよ、この喧騒の中で気づくなら俺も駆けつけてやんよ」
で、結局別行動となった訳だが…この娘はこれまた行儀いい。
身内が一人もいない癖に怯えた様子も見せない。
(まぁ、だだこねられるよかマシか)
道端で演奏している演奏団に芸人達。
喧騒も結構なものだが、陽気な曲が聞こえる。
エィリ嬢ちゃんも気になるのか、演奏が終わるまでの間立ち止まって聞き入ってた。
そりゃ人も集まるだろう。何せ娯楽なんざ、歌や踊りと見世物、ガキにゃ見せらんねぇトコで娼館と酒場位のもんだ。
祭りとなれば前半分は揃ってんだから、ここで楽しまない理由はねぇ。
「エィリ嬢ちゃん?」
エィリ嬢ちゃんの小っさい手が曲に併せて動く。
食い入るように演奏家連中を眺めてるんだから多分意図してないんだろう。
そうこうしているうちに、演奏が終わってその周囲から拍手とおひねりが飛び交う。
「早く行こう!」
なんか妙なやる気を出したらしい。
楽器屋を見つけると、有無を言わさずにそのまま入っていく。
伝統的な楽器の他に、海外から入ってきた楽器だろう。無駄にでかい置物みてーなやつまである。
そんな中最奥の楽器に手をつける。
(海の外から持ち込まれたやつか…音を出して遊ぶにしても相手が悪いだろ)
手元に横一列規則的な板の列?みてえなのが見えるが正直見たことはない。
ともかく板を押せば音が鳴るんだろう位の事しかわからん。
エィリ嬢ちゃんも板の左に指を置いてそのまま右にズラしてる。
(流れるように音が高くなってくのを聞くと、やっぱ楽器なんだろうな)
その後ちょこちょこと板を押して不揃いな音が聞こえてくる。
まぁ頭がいいっても子供は子供だ。
興味本位に楽器を触って音が出りゃ満足する。そんなもんだ。
「…せーのっ!」
気合を入れたかと思うと、指を楽器に走らせる。
「…嘘だろ」
俺の予測をよそにまともな音楽が聞こえる。
この曲は間違いなく、店の近くで見たあの演奏家たちが弾いてた曲だ。
楽器が明らかに違うがそれだとわかる。
見た目に華やかさはないが、これまで見聞きした楽器とはまた随分違った趣がある。
(まぁ、祭りにそぐわないってのは別にしても…)
「…良いな」
「うぉっ!?」
すぐ側で声が聞こえてビビった。
楽器屋の店主だろうか?
聴き入ってる場合じゃねぇな。護衛しとこう。
(やっぱ店の中か)
外は外で賑わってるせいか、聞きつけて入ってくる奴はいない。
もともと店内にいた連中だけは皆手を止めて聴き入ってる。
やっぱり皆気になるんだろう。
曲が終わったのか、嬢ちゃんの指が板から離れる。
「すげえなエィリ嬢ちゃんどんだけ練習してんだよ」
思ったことが口に出た。
意図しねえで出てくるとか結構久々だな。
「ああ本当だ。その歳でそこまで弾ける子は見たことないよ」
「本当ね」
「吟遊詩人形無しだなこりゃ」
一曲終わると皆口々に『良かった』と口にしている。
「なあ、お嬢ちゃん。良かったら一緒に演奏しねえか?今度はもっと派手なやつ!」
外で楽器を弾いてた一団が気づけば和の中に混じって声をかける。
嬢ちゃんもニンマリ笑ってる。
「面白そうだわ」
そりゃこの空気ならそうくるだろうな。
一人声をかけると後は直ぐだった。
俺も俺もと気づけば5人、店側も宣伝になるからとわざわざ楽器を店の外でセッティングする気合の入れようだ。
つーかあの楽器むちゃくちゃ重い。車輪があっても運ぶのは今回限りにしておきたいところだ。
「打ち合わせも何もないけど即興?」
「それが祭りの醍醐味だろーが!」
「誰が出だし行くのよ?」
「そりゃ一番経験ねー最年少に合わせんのが年長の務めだろ」
「うっしゃ、トップバッターだエィリちゃん。後は俺らが適当に合わせるから頼んだぜー」
顔ぶれは5人、なんか馬鹿でかい楽器の嬢ちゃんと、笛の男に弓みてえな楽器を持った女、撥を持った五絃の楽器を持つ男だ。
「うん、頑張るわ!」
本人も乗り気らしい。
嬢ちゃんが楽器にその小さな指を置いて弾き始める。
今度はさっきと違ってテンポが早くてノリがいい。
しかし、メロディって訳じゃなくて、単調なパターンを繰り返してる。何がしたいんだか…。
「こりゃ驚いた、心得てんのか。んじゃお言葉に甘えてっと」
二人、三人目と楽器を手にして演奏を始める。
やっぱ5人でやると随分派手だな。
さっきより色んな音が混ざって聞きごたえがあるんだが、何がどうとか俺には言いようがない。
それぞれ好き勝手引いてる気がするのになんでこんな自然に聞こえるのかね?
「んじゃそれぞれカデンツァ演ろうか、一人2小節。右回り。OK?」
長かったか遅かったかはいまひとつ解らねえが、しばらくして笛の男が言い出した。何をする気なんだか?
弾いてた連中の全員が首を縦に振る。
「いくわよっ!」
最初の一人は弓みてーな楽器を持った女だ。
その間は他のやつは音を小さく単調なものに化ける。
(なるほど、それぞれの『見せ場』ってやつか)
ついで笛の男と続いて、終わった者から楽器を手放していく。
(なんか暗黙のルールみてーなもんあんのかね?)
最後にリーダーシップをとってた笛の男が最後を飾って演奏が終了する。
途端に、拍手や歓声が上がる。
良くわからねぇが、楽しかったのは本当だろう。
一通り演奏も終わり、楽器を片付け、楽屋から解散した直後の事だ。
「エィリちゃん、だっけ?貴方が全体のリズムをとってくれたお陰で合わせやすかったわ。リーダーはどう思う?」
「あー俺も思った。ちっと音が弱い気もしたけどいい仕事してたぜ。なぁ、俺らこの街のイイシュタリ・ホールの専属で演ってる演奏団なんだけどよ、うちの団員になんねぇか?」
残って片付けに参加した二人がエィリ嬢ちゃんに声をかけてた。
すでに観客はハケてて、祭りも終わりと来りゃ、一気に人が減る。確かに話をするにはいい頃合いだ。
やはり演奏家の団体なんだろう。
身形もかなり上等な所を見ると、旅芸人って訳じゃなさそうだ。
「お誘いいただきましてありがとうございます。ですが、申し訳ございませんがご期待に添えるのは難しいと思います」
「ああ、貴族ってなら大丈夫だぜ?ウチはほとんど貴族の娘か次男三男だからさ」
妙に身形がいいと思ったらそういう面もあるのか。
あっちもやっぱりそう思ってたんだとおもうと、ちっと驚く。
翌々考えりゃ、楽器なんて高価の物は演奏家の家系じゃなきゃ貴族でもないと手に入らないか。
「お父様も姉様も、私が学校を出ずにいるのはきっと許しませんので」
「まぁ。確かに学園は出ないと厳しいか。つってももうすぐ卒業位だろ?」
ああ、お前もかリーダー。
お前も見誤ったか。俺もそうだ。でもな。
「いえ、今年から一般教養部に入学します」
「「…は?」」
「私はまだ5歳になったばかりですので」
「…冗談?9歳位じゃなくて?」
「違いますよ」
まぁ気持ちはよく分かる。俺も一般教養前とは思えない。
「…あ、うん。3年後かぁ」
「私、今これだけ有望なら待つのもアリだと思うけど?」
「だなぁ」
それでも諦めないって、やっぱりそれだけ有望なのか。
いや、音楽に限らず有望かもしれない。
足腰は相当なもんだし、頭の回転だってかなり早ぇ。
間違いなく才女になる。確かに有望か。
「じゃぁ改めて、エィリちゃん。君が卒業する位になったら、また改めてスカウトさせてもらってもいいかな?」
「はい。その時どうなるかはわかりませんが、もっと練習して頑張ります」
「よかった。その時に連絡したいんだけど、名前を教えてくれないか?」
「はい、私はエィリエス・クロマルド。クロマルド家の次女です」
「へぇ、クロマルドの…っ!」
「あぶねっ!」
急遽飛んできた2本のモノを財布で叩き落とした。
よく見ればそれは針だ。
暗闇の中で見落とさなくて、しかも弾けたとか結構奇跡だろう。
「おい!」
飛んできた方向を見ると、ご丁寧に黒い服を着た連中が6人と、それを従えるように無駄に身形のいい…ってか体格ってーか腹回りのいい野郎が一人。
こいつは特に友好とは言い難い表情をしてる。
「なぁガキ、てめぇ今クロマルドつったか?」
「…ひっ!!」
エィリ嬢ちゃんは身構えてるだけで、小さく悲鳴漏らしたのは後ろの楽団連中か。
「言ったよなぁ!ライルん所のクソガキなんだよなぁ!探したぜぇ?俺はなぁ、テメーのせいでえらい目見たカエル男爵家の跡取りだ、落とし前を徴収しにわざわざ来てやったんだよ!」
うわ、ついてねえ。貴族のいざこざかよ。
男爵ってのが響いたのか、どいつもこいつも逃げ始めるし勘弁しろよ。
しかもカエル家って最近聞かなくなったが結構黒い噂が立ってた貴族だよな。
こんな名乗りを堂々と上げられちゃ、市井は勿論、下手すりゃ衛兵だって止まるしかない。
変に怪我でも負わせようものなら最悪、首が(物理的に)飛んじまう。
「あの小さいのがそうだ、行けおめえら」
しかも言いたいことだけ言っていきなりおっ始めやがった。
男が足を踏み出す。明らかに鍛えてない足取りだ。野郎の一声で、黒服共が散開する。
距離は約15歩位か?
視線は全部俺を向いてる。怯えるやつなら後からどうとでも調理できるだろうし、先に護衛も無力化するというのは正しい。
多分…てか間違いなくこっちの方があぶねぇ。
「おい演奏家!さっさと離れろ!邪魔だ!」
「…!」
派手に名乗ったからには、無関係のやつまで巻き込むことはないんだろう。
邪魔なやつにはとっとと退散してもらわないと俺が困る。
演奏家たちは首肯すると、屁っ放り腰で逃げ始めた。ダセェ。
本気の殺意を受けてパニックでも起こしたんだろう。
「往くぞっ!」
オルセト流は元々獣を相手に戦う流派だ。
獣を相手にする時最も重要なのは、避けて、虚をつく事。必要なのは速さと柔軟さと、不意打ちのセンス。
まずは、だいぶ距離のあるうちから護衛対象を敢えて放置しての先制攻撃。
「ッア!」
相手の予想を裏切った事で、相手が反応できない所を肘鉄。顎を撃ち抜いた。
なんか嫌な音がしたが歯が数本折れたか何かしたのだろう。頭を揺さぶったのが効いたのかすぐに崩れ落ちた。
手応えから言ってまともに立つには時間がかかるはずだ。まずは一人。
こんだけの距離を詰めた甲斐があったってもんだ。
「…シッ!」
二人ほど援護に来たが、完全に無視してお嬢ちゃんの方に走る。
人質に取られるとか勘弁願いたいし、不意打ちならまだしもまともに相手をしたら時間がかかる。
一旦護衛対象から離れた事で相手に比べれば差があるだろう。だが多分大丈夫だ。俺の足なら追いつける。
嬢ちゃんにめがけて走るやつを横合いから掌底で殴り飛ばす。
俺の質量を肩代わりした男はそのまま数メートル転がって止まる。二人目だ。
嬢ちゃんまで後3歩って距離。結構ギリだな。
「さぁてっ」
急停止して素早く振り向くと、嬢ちゃんに向かって走る他の連中が立ち止まって警戒している。
割といい判断だが、いろいろ面倒もある。
4人も残って、かつこれだけ距離が近いと、さっきみたいな真似はできねぇ。
丁度いい路地もねえし、戦いづらいにも程がある。
「…!」
無言のまま黒服がナイフを構えて襲いかかってきた。
さすがに無手でやるにも限界だし、こっちもナイフを抜く。
変に避けちゃ嬢ちゃんに当たるかもしれんので、必死になって弾く、もしくはいなす。
当然弾けば隙だって生まれるが、そんなん下手に手ぇ出せば他のやつに刺されかねない。
「メンドクせぇ!」
不意打ちならまだしも、それなりに場数踏んでんのか、いまいち攻めきれない。
「クク…」
この黒服共口元がニヤ付いてやがる。
(まさかっ!)
エィリの前に豚貴族が立つ。
4人を前に意識しきれなかったコイツが漏れた。
「てめぇみてーなガキはひん剥かれてどr…」
言い切る前に豚貴族の顔面、左顎に膝が打ち込まれる。
鈍い音と同時に、乾いた音もした気がする。
その衝撃がかなりのものだったのか、豚貴族は1メートルほど転がり動かなくなった。
突然の出来事で一瞬動きの止まった黒服の一人に詰め寄ると、ナイフを首に突き立てる。
三人目。
っつーか余所見すんな馬鹿め。
「ブッ…」
声の代わりに血を吐き出したその男から離れると、双子の前に陣取る。
膝蹴りをした本人は、バランスが取れなかったのか、そのまま一度地面にころがり、足を震わせながら立ち上がる。
「私の娘にクズが触れるとか冗談もほどほどにしてください!」
イィリ嬢ちゃんのその赤い瞳に、怒りと殺意の光がある。
ぱっと見スッゲェ苦しそうだ。額には油汗すら浮かんでる。
体格が明らかに違う豚を吹っ飛ばす威力の蹴りをした後だ、膝か足の骨を痛めたのかもしれない。
骨がイってんのを無理したらとんでもねぇ激痛だろう。
にも関わらず泣きもしねぇで、エィリ嬢ちゃんを優先するって女の執念てのは怖い。
てーか一体何処からそんな速度で飛んできたんだ…意味が解んねぇ。
「ぐ…ブフォ…ッ!」
構えてるとニスが黒服の横合いからナイフを突き立ててる。
明らかに肺に到達してるのが見て取れるな。完全に致命傷だ。
四人目。
悪あがきとばかりに男がナイフを持った手を振るう。
それをニスは切っ先と同速で飛び退く。
(こいつ、まさかまだこんな戦い方出来んのか!)
敵と向かい合ってなければ天を仰いで盛大に呆れを表現したいところだ。
そんな反応速度あるなら見切るなりなんなり、もう少し小さく避けようとは思わないもんか…。
しかしこれで完全に天秤は俺らに傾いた。
「イッフォル!」
「ダー!」
残った二人が突然しゃべりだすが、どう考えてもこの国の言葉じゃねぇ。
懐から出した拳大の玉を地面に叩きつけると白い粉が辺りを漂う。
煙とかじゃなく粉塵だ。
「このくれえ…っておい!」
一番近くに居たニスが巻き込まれて倒れる。
(クソが!毒薬か何かか!)
迷わず口元を袖で覆い、吸わないようにする。
粉塵の先で異国人二人が逃げていくのが見える。
「ん…」
背後で倒れる音がする。
ふと見るとイィリ嬢ちゃんが倒れこむ瞬間が見えた。
「姉…さん…?」
ふと見ると、粉塵の中でエィリ嬢ちゃんのいる一画だけ粉塵が渦を巻いていた。
(なんだこれ?)
その渦も少しづつ力を失うが、その時点で嬢ちゃんたちの周囲に粉塵は無くなってた。
あの風の渦がそれを吹き飛ばしたのは間違いない。
あとはその渦の外側に積もったものがあるだけだ。
しかしそんな都合良く風なぞ吹く訳がねえ。
(まじか…魔法使いなんぞ初めて見たわ)
明らかに章術。だが肝心の器具がない。
意識を失う間際まで魔法使ってたのかこいつ!
(何つぅ執念だ…)
「姉さんを守らなきゃ、姉さんの敵は全部…」
不穏なセリフが聞こえて来る。
倒れこんだやつらを放置もできないし、今更正面を走ってる奴らを追いかける選択肢はない。
たとえ命じられても俺は追うことはしない。
「全部っ…やっつける!」
その声が聞こえた直後、とんでもない突風が背後から吹き荒れる。
粉塵だけじゃなく、小さな砂利や砂までもまとめて上空ではなく正面に吹き付ける。
通りに沿って直線上に吹く風なんて見た記憶がない。
周りの建物が軋み、窓のある建物が凄まじい音を立てる。
(やべぇ、立ってらんねぇ…)
伏せても体が引きづられそうになる。
ふとニスを見ると、意識がないのか風にあおられて転がりそうになってる。
「ああくそ!」
煽られるのを覚悟で体を起こしてニスに追いすがり、覆いかぶさる。
「う…」
唸ってるってことぁ死んでる訳じゃなさそうだ。
通りの先を眺めると、逃げてた二人が倒れるのが見える。
風に煽られて転倒とか普段ならねーわと思うけど、これは仕方ない。
遠目に見て白い粉塵が倒れた所から舞ってるのが見えたし、あいつら自分の毒でも食らってねえか?
因みに嬢ちゃんの方は風が強すぎて向けない。
そっから10秒か20秒か…突風の割には長い間吹き続けてるが…
「流石に止んだ…か?」
風の音で聞こえなかったが、エィリ嬢ちゃんが泣き出す声が聞こえる。
ニスを叩いて起こしてやろうかとも考えたが、やめておく。
薬の類ですぐ起きる事はないだろうし、今起きたら俺が終わる。
「ああそりゃそうだな」
これは機密契約するわけだ。
これほどの魔女がバレたら大荒れするのは目に見えてる。
心無いやつに見つかれば迷わず『兵器』扱いだろうし、仲間内でもいいとこ化け物扱いだ。
靡かなきゃ処断だってされかねない。
これだけの事があった訳だ、すぐにでも衛兵は来るだろうな。
(でもこうして泣いてる子供を兵士に差し出すとかありえねぇよな)
ごまかすのはそう難しい話ではなさそうな気がする。なにせ突風どころか台風一歩手前だ。
まさかこの状況を子供が起こしたことだとは誰も思うまい。
詰所で報告はさけられないが、天変地異で通すしか…てか天変地異としか説明できないだろ。
触らぬ神に祟りなしだ。
「…関わりたくねぇおっかねえ女が四天王になったよ…」
うち三人に関わることはもうほぼ無いだろうから別に構いやしないが、この後に待ち受けるだろう報告だけが気が重かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「街の被害は、看板が吹き飛ぶ、物が倒れる等の被害が十件。台風に比べれば微々たる物です。民間人では強風で転び、怪我をしたというのが報告内で三名、間者は二名が死亡、八名が捕縛。うち四名はオネス家の周囲を張っていた所を捉えました。同時に故カエル男爵家の者、イロメム氏を捉えています。こいつは歯を折っただけです」
「そうか…クロマルドの方はどうだ?」
秘書の報告を受けて、トーリィ・オネス、現宰相はその先を促す。
口元を隠してはいるが、それで隠せるほど彼の落胆は小さくない。
警備とはいえ街に被害が出れば、国庫からの支援が必要となるし、何より他国の人間が問題を起こしたのだ。
ただの商人や雇われならそれらを処断して終わりとなるが、国家が関わってれば外交問題になる。
カードとして切ることも考えられるが、これが市井に漏れれば下手すれば排斥運動になりかね無い。
駆けつけた衛兵には箝口令を厳命したが、扱いは慎重にしなければならない。
「はい、イーニスさんは薬で気絶し、現在は回復しています。謎の薬ですが、後遺症はなさそうです。イィリエス様は足の骨を折る重傷。およそ3週間は安静とのことでした。エィリエス様に怪我はなく、現在はイーニスさんと共にイィリエス様に連れ添ってます」
「護衛の方は?」
「雇われてた護衛ですが、ノウア・グニーニウという男性で、身元はオルセトの道場に問い合わせたところ確認が取れました。報告の内容はお聞きになりますか?」
「…頼む」
一瞬聞くべきかで頭を迷わせるが、思い直して改めて聞く。
得られた証言は四人分、間者とカエル家の者からはまだ取れてい無いとの事だ。
間者は黙秘を決め込んでおり、カエル家の者は話す度証言がぶれるそうだ。トカゲの尻尾にされた可能性が高いとみられてる。
そんな一方的な証言を聞いてどこまで真相が見えてくるかは疑問だ。
「はい、では報告致します。まず日が落ちた後、クロマルド別邸を出発。このとき護衛がライオール卿に付いていった事により、イーニス様がノウア氏に護衛を依頼しました。彼はイーニスさんの同門だったそうです。その後ライアス通りの喫茶店で別れたそうです。イィリエス様の証言で、鐘が8回なる前との事でしたので、亥時前です」
ここで一旦報告を区切る。
別行動でいたため、個別に報告するしかないのだ。
「イィリエス様とイーニスさんはこの後、隣の通り『シフィル通り』で南向かいに店を見て回っていたそうです。これは本人の証言と、居合わせた多数の目撃者から確実だと思われます。特徴的ですからね、イィリエス様は。亥時の鐘の後、悲鳴を聞いてそこへ向かったそうです。これは居合わせた民間人の話ですが、喧騒でそんなものは聞こえなかったと証言しています。ですが、同時刻にエィリエス様側で居合わせた演奏家が少し悲鳴を上げたとの報告もありますので、あながち嘘であったとも言い切れません」
(ライルの奴が言っておった『感情共有』か。間違いなく、エィリちゃんの警戒心に反応したのじゃろうな)
「一方のエィリ様ですが、こちらは『ライアス通り』をそのまま南下して、楽器の専門店に入ったそうです。その後外で演奏会を始めてますね。これも詰所に駆け込んできた演奏家の証言と一致しています。尚、この先は証言者が極端に少なくなります。イロメム氏が『男爵だ』と宣言したそうで、巻き込まれるのを嫌ったのでしょう。一般に粛清の事を公表しなかったのは失敗だったかもしれません」
(確かにそうじゃ。或いは、『奴隷の件には関わってなかった』という言に関わらず、粛清すべきだったのやもしれぬ。少なくとも人となりは調べておくべきじゃったな)
多くのシワの刻まれた眉間でそのシワが深くなる。
それは彼の甘さに対する反省を意味するものだった。
「それで襲われた中で、間者を二名を無力化、一名を殺害しています。もう一名は駆けつけたイーニスさんに殺害されていますね。このとき駆けつけたイィリエス様がエィリエス様の盾になって、イロメム氏の蹴りを防いだそうです。大腿骨骨折ですから、余程のものだったのでしょう。同氏は逆上したイーニスさんに殴りつけられ、昏倒します。その後残った間者が何らかの薬を撒き散らし逃走。エィリエス様、イーニスさん両名が気絶してます。昏倒させる類の粉末だったそうですが、先の報告の通り、国内でそうした薬は報告がありませんでした」
報告に嘘が混じる。少女とは言え足の骨を折るほどの膝蹴りがあったのだがノウアはこれを伏せた。
そもそもここからしてノウアが説明出来ないのだ。
子供は軽い。普通に考えれば全力で体当たりされたところで、たたらを踏むか転ぶ位だ。
しかしあの時イィリは間違いなく相手を蹴り飛ばしたのだ。
それに必要なのは速度。どう遅く見積もっても大人の全力疾走位には速度が欲しい。
だがそれを成したのは子供で、そもそも大の大人の頭の位置までどうすれば飛び上がるのかという話だ。
女性の腕力で投げてもそうは行かない、やれる筈がないのだ。
ーーー章術以外では。
なら、隠すならニスがやった事にするしかない。そしてニスは武術の心得もある。適役だった。
蹴られた本人の口から漏れる可能性はあるが、不意打ちだったのだから恐らく大丈夫だという打算もある。
(副作用が少なく、気を失わせる薬か…それがあれば手術も随分楽になるのだがのう…)
そして医療機関のトップという肩書きが、彼の意識を誘導。一つの嘘が完成する。
「その後、強い下降する風が現場に吹き荒れたそうです。便宜上下降気流と呼称しますが、この下降気流が…」
「待て、わしも随分な歳じゃがそんなものは聞いた事もないのじゃが?」
「私もありません。しかし、実際これは発生しています。ライアス通りの地面には、現場を中心に広がるように風が流れた後もあり、上から吹き付けたと考えるよりありません」
「…むぅ。章術の疑いは」
「私も疑いましたが、あり得ないそうです。当事者たちは器具を所持しておりませんでしたし、仮に魔法だとしても、章術研究棟の報告では『魔獣ですらこの規模の記録はなく、個人でこれだけの現象を起こすのはおよそ不可能』との解答を得ています」
(イィリちゃんなら裏技も…いや昏倒していたのが確かならそれも無理じゃ…やはり自然現象かのう?)
「色々信じがたい所もありますが、報告は以上となります」
「…うーむ。確かに報告は受け取ったわい。以後、連中の調査に進展があれば持って参れ」
「かしこまりました、では失礼いたします」
戸が閉まると同時に、深いため息を吐き出す。
それは様々な意味で面倒事が増えたという意味である。
家の取り潰しが大々的には行われていなかった以上、『王子の誕生祭で、貴族が他の貴族に牙を向いた』と表向きは見えてしまう。
そうなれば、民衆の不安も煽られたり、貴族間でも声の大きな連中がまた騒がしくなるのが目に映る。
有り体に言ってスキャンダルである。
他にも海の外、異国からの要人への干渉という意味であるならば、大陸側であったイザコザはある程度の収束を見せた可能性がある。
覇権を盤石にした上で海外に進出してきたのか、はたまた商会といった組織が暴走したのか。
どちらにせよ備えも用意しなければならない。
「…なぁライルよ、色々と厄介になってきおったぞ?」
色々と書状を書きながらつぶやいた言葉は、誰にも拾われることもなくその反響を消していった。
名前の元ネタ。
ノウア・クニーニウ → nor gninniw → no winning
咬ませ犬
イロメム・カエル → yromem kael → Memory Leak
メモリを食いつぶすバグ
「人は資源だよな→資源を食いつぶすバグ」の発想で。
今更思うが、外患誘致で、「脆弱性(vulnerability)」でもよかったかもしれません。
エリフ・カエル → elif kael → File Leak → File Pointer Leak
ファイルが編集できない状態になってしまうバグ
「子がバグなら悪役のこいつもバグだよな、Leak 系で有名なのはこれか?」