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継承(サラリーマン)

「こちらの機能はコミット済みです。もう一つタスク仕上げれば多分遅延は取り返しますよね?」


 小鳥遊 楓は何時もの様に何時もの如く仕事に走る。またの名を現実逃避とも言うわけだが。


「流石…相変わらず赤い奴だ」

「3倍出るよう努力しましたから、では最後のタスク拾いますよ」


 都内のソフトウェア企業に就職して早5年、出会いもない男だらけの職場で婚活もせず、仕事と勉強に逃げた。

 気づけば早くも28歳、そろそろ俗に言う所の30喪男(魔法使い)が迫って来ているが、本人に危機感は感じられない。

 縁遠いものとして、割り切ってしまったのが彼の残念な所の一つだ。

 そして引き換えにして得た赤い角ばりの解析能力と理解力、開発能力は、仕事に逃げる更なる理由づけにもなってしまっていた。

 実に悪循環。

 もっとも、別段苦労してまで彼女が欲しいとも思わない絶食系男子であるためか、彼は恋愛する前に枯れているともいえる。

 『一体どこで私の人生は間違ったのでしょうか』と言うのが事あるごとに口に出てしまう言葉。

 そう思いながらも手はマウスを動かし、最後のタスクを開く。

 別の事を考えながらも目は実現すべき機能概要と想定工数、全体のタスク状況を確認していく。

 立派な仕事中毒者、またの名を訓練された社畜とも言う。

 彼が今のプロジェクトに参加して1週間、彼が参加時点で既に1週間遅れの状態だった。

 通常の手段ではこの火は消せないと判断した経営陣は、社内きっての火消し役、楓に白羽の矢を立てたのだ。

 本来であれば引継ぎに環境の把握等含めて1週間はかかるところだが、『まぁお前ならどうにかできるだろう、ボーナス出すから頼むよ』とありがたい(ハタ迷惑な)お言葉を上司にもらいつつ即戦力になってしまう。

 そうした事を繰り返すうち、本人も望まず火消し役となってしまった。


「このタスク終わらせたら後は全て仕掛中ですよね?私が終わらせますよ?」

「お!マジかっ!明日の納期……いや午前8時まで残り9時間!どうにか終わりが見えてきたっ!おおし後耐久9時間っ!」


 修羅場状態、この業界で言う所のデスマーチが始まり約2週間、事の始まりは仕様変更だったが、愚痴を言っても始まらない。


「さて、最後の作業に取り掛かりましょう、みなさんも後数時間なんとか乗り切りましょう!」


 この残業祭りの1週間もとうとう最終日、どうにか終わらせてマネージャが納品して終わりだ。

 そんな追い詰められている状況だからこそ、彼はあえて陽気に声を出す。

 よくある炎上プロジェクトでは、そろそろナチュラルハイを通り越して少しづつ言葉が消えていく場合が多い。

 倒れる人間が出始まるのはこの辺りからだ。

 だからこそ可能な限り明るく振舞って、モチベーションを下げないようにしようというのが熟練者(しゃちく)の暗黙の了解。


「うっし!俺のこの手が光ってうなるっ!バグを潰せと轟きさけぶっ!」

「よし!この戦いが終わったらこの煙草を吸うんだ!」

「おい誰だ!?死亡フラグ立てやがったの!?」

「大丈夫だ、現実の死亡フラグは大体回収されないんだ」


 だが、メンバーが冗談交じりに返せるうちは、まだギリギリ全員の精神が持つようだ。


「じゃぁ、その死亡フラグをへし折るために頑張ろうや!」


 リーダーのその一言の後、全員がディスプレイに向かい押し黙る。

 全員が全員黙ってディスプレイを向いて、無言でカタカタとキーを叩くのは普通の人が見れば異様な光景だろう。

 楓も最後のモジュールを書き始めた。

 当初の見積もりで1人日、実際にこれまでかかってる工数で言えば2人日という量だ。楓の経験則上はおよそ6時間で済むと踏んでいる。

 そうして手を動かしていると、時折悲鳴に似た叫びが聞こえる。


『うおー!エラー吐いて死にやがった』

『この期に及んで仕様論理矛盾とか勘弁しろよ!制限だ制限!』

『またコンフリかよ!』


 しかし、それが作業を停止させる致命的なものでもない限り、誰一人その声を拾わない。

 拾う余裕等全員すでに存在していないからだ。


―――翌朝午前7時。


「ラストモジュール、何とか上がりました」


 楓は本来16時間時間かかる見込みの機能を6時間で組み終わると、自身の作業の終了を宣言した。

 その一言で開発現場から一気に張りつめた空気が消え去っていく。

 それもその筈だ、彼らは2週間、残業だらけで、特にここ昨日から今日にかけては貫徹で作業を進めていたのだ。

 通常、睡眠時間というのはとても大切で、徹夜した頭で作業をすれば効率は半分近くまで落ちる。

 だからこそ終わらせられる見込みがなければ、泊まり込みは最低の下策であると言える。

 そんな中でも楓は同僚以上の作業をしてしまう所が彼のエースたる所以だった。

 もっとも、彼がなんとかしてしまうが故に営業も反省せずに無茶な要件を呑んでしまうのだが、それで彼を責めるのはお門違いだという事は全員が理解していた。楓自身もだ。


「こっちも終わり、CI も通ってるから多分大丈夫だ、後は営業に出させりゃOK」

「うっしゃあああああ!帰っぺ帰っぺ!」

「タバコタバコ…」

「…今回の戦いも…タフだった」


 それも終わり、開放感に身を包んだ企業戦士たちはしばしの休息を楽しむ。

 既に始発は過ぎており、本来この時間であれば、ぞろぞろと起きて出社準備をするか、遠くに住んでいる人は電車の中のような時間だ。

 勿論深夜残業の果てに、開発の終了をもぎ取った人間たちがそのまま日常業務を開始することはない。


「では私も帰ります。お疲れ様です」


 そう言って楓は帰り支度を始めた。

 全員が緊張感から解放され、楓も酷い眠気が襲ってくるが、帰るまでの辛抱だと頭を振る。

 そうして帰り支度を整えて、鞄を手に机から立ち上がったときだった。


「あ、楓は明日から二課のプロジェクトの火消し頼むわ~」


 出社してきた営業から能天気な声がかかる。

 徹夜明けからの解放感に全力で水を差された形だった。

 周囲のメンバーからは、文字通り可哀相な子を見る目が集中する。


「なんでっ…。」


 楓はあまりのショックに鞄を落とし突っ伏している。

 『今いう事か!?』というのがメンバー(せんゆう)の共通見解だ。

 周りのメンバーも無理もないと暖かい視線を送る一方、声も懸けらずにいる。

 一か月近く残業休出祭りをしたことは確かにあったが、連続火消は楓にとっても流石に初めての経験だった。

 楓自身もショックではある。現実逃避とはいえ、仕事に逃げておきながら、逃げた先も結局過酷であるという現実を突きつけてくる。

 現実なんてクソゲーだという人も居るが、この時ばかりは楓も同意した。


「私は何処で道を誤ったのでしょうか…」


 悲痛すぎる呟きに社員の誰もが声をかけるのをためらう。もちろん能天気だった営業の人間もだ。

 そんな痛すぎる静寂が1分程続くと、一人が立ち上がって楓に声をかける。


「いや、お前はもう今日は帰れ、俺が社長に直訴しとくから」


 そう言って立ち上がったのはプロジェクトリーダーだった。

 楓も感謝の念は抱くものの、主に精神的な体力が限界だったこともあり、結局『ありがとうございます』とだけ呟いてフロアを後にした。


 会社を出て、電車に乗り帰宅まで約1時間の道のりだが、この日の楓にはとても長く感じられた。

 貫徹して体力が落ちているのもそうだが、何より帰り際の一幕が最も響いたといってよい。

 足が重く、歩くのもつらいのはこの条件下であれば当然のことのように思う。

 なんとか引きずるように駅まで歩き、スマホを取り出し、駅の改札をくぐる。

 大量の人が駅から吐き出されるが、進む道は逆方向なので、呑まれる事もない。

 人が掃けてそれなりに空いた電車内に入ると、座席を確保し、電車に揺られながら夢うつつに考える。


(ホント何処で道を誤ったのでしょうか)


 出勤中のサラリーマンも一部で毎朝考えられてそうな単語だが、朝方の帰り電車でこれを考える人間はきっと1日当たりでも多くはないだろう。

 真面目にこの問いに答えるのであれば、この現状は楓自身が招いたことである。

 会社側も初めは新人に失敗を経験してもらおうと出した課題を、楓は期待されていると思って何とかしようとする。

 そして何とかできてしまうところが不幸の始まりだった。

 そうして繰り返すうちに、経営側も『こいつなら大丈夫だ』と思ってしまったのが分水領。

 だからこそ彼は失敗できるうちに失敗しておくべきだったといえる。

 そしてそれは楓自身も同じ結論に至っている。

 しかし今からそれを実行すれば会社にとっては大打撃だろう。

 しかしここで安易に転職を思い浮かばないあたりが昔ながらの企業戦士(リーマン)。悪く言えば訓練された社畜だった。


(今さら考えた所で戻れる訳ではありませんよね。今日は確かに疲れましたね、家まで眠ったら少しはスッキリするでしょうか?)


 そう考えると思考を停止する。

 パソコンの電源を落とすように楓は眠りについてしまった。

 そして夢現のうちに彼はこの生涯を終えてしまうことになる。


『本日17時頃、○○線内にて男性が倒れているのが見つかり、病院に運ばれましたが心不全の為間もなく死亡ました。警察の発表によりますと、千葉県在住の小鳥遊 楓さん(28)で…』


 日本国内ではお馴染みの、海外では未知の恐怖とも言われる過労死だった。


―――楓?―――


「ああああぁう!」


 赤子のような鳴き声に私は目を覚まします。

 が、目を空けた私には声の主ではなく、見ず知らずの女性の顔がドアップで見えます。

 覗き込むように見ていたようです。

 白い服装なので看護婦さんか何かでしょうか?


 女性と呼ぶべきか女の子と呼ぶべきか悩む位には若く見えます。

 彫りは浅いですが、金色に近い白髪と緑の目をした美少女と呼んで差し支えないでしょう。

 この近距離で美少女に見つめられると、いつもなら間違いなく照れてしまうところですが、体が重く、頭にももやがかかっているかのように体の感覚、視覚も良くありません。

 状況が呑み込めませんが、彼女は私と目が合うと途端に嬉しそうな表情を浮かべます。

 やはり過労か何かで延々寝込んでいたのですね…というか、看護婦さんが覗き込むようなシチュエーションなんてあるんですねぇ。


「ili youk uhks」


 女性がそう話かけてきます。

 どうしたことでしょう?

 出稼ぎの外国人でしょうか?いえ、日本で看護婦してて日本語ができないってことはない筈ですが?

 何か凄まじく眠いですが、子供の泣き声が聞こえる状態の中眠り続けるのも流石に厳しい所でしょう。

 泣き声が聞こえる方を見ると、男性に抱かれた赤子が泣いています。

 男性の髪は茶色く、そう太ってはいなさそうです。

 というのも、とてもぼやけていて大よその輪郭しか見えません。

 抱きかかえられている赤子は黒髪でしょうか?目を凝らしても見えません。

 元々メガネですからね、メガネをかけないことには見えないのも致し方ない。

 肌色の比率から、おそらくは裸の赤ちゃん?粗相でもしてしまったのでしょうか?でも病室でおしめ取り換えるのはどうなんでしょうね?

 面倒ですが、そうしている訳にも行かないでしょう。

 深呼吸をして少し頭のもやを払います。

 さて、この状況は一体どういった訳でしょうか?いえ、それよりここは何処でしょうか?


「おおあおおえう…(約:ここは何処です…)」


 呂律が回っていない。

 脳挫傷で言語野に問題でも出たのでしょうか?

 ですが、そこそこ言葉で思考しているいる以上は、体か自律神経に問題が出たのでしょうか?こちらの可能性の方が高そうですね。

 寝てばかりもいられませんし、上半身を起こしてみましょうか。


「…っ…」


 力を入れても体を起こす気配も感覚もありません。

 え、えー寝た切り生活ですか?父上、母上、ご迷惑おかけして申し訳ございません…?


「…あえ?」


 思わす頭を抱えようと伸ばした手を見て気づきます。

 私の知る手とは明らかに異なります。とても小さい、まるで幼児のような手です。

 まっすぐ片手を前にだして上下左右に振ってみます。目の前の小さな手が震えながら動きます。

 手を握ってみます。視界の先の指が握ります。

 血の気が引きます。

 目も覚めました、ハッキリと。


「まいえうあ…(約:マジですか)」


 声を出すくらいにはショックです。軽く眩暈がします。首を振ろうにも重いです。呂律が回らない理由も分かりました。歯が生えてないんですよね?

 決定的です。私は幼児になっています。

 そして改めて周りの状況を確認します。

 木造の部屋?茶色っぽく見えますし恐らくむき出しなのでしょう。

 部屋の大体中心位の位置に私と女性がいて、入り口に近い所に男性と赤子がいます。

 自分の状態は…?横になっていたので気づきませんでしたが抱きかかえられてました。

 しかも女性に抱きかかえられています。それが出来るくらいに軽いのでしょう。


「あー」


 近くにはわずかに血の付いた白い服を着た女性が手を洗っているのが見えます。この人こそ医者なんですよね?

 言葉が出てきません。いえ、言葉にならない以上会話はあきらめましょう。

 状況証拠だけで推察するしかありません。

 第一に私は見るからに赤ん坊。手先は僅かに濡れているものの、間違ってもお風呂の線は無いでしょう。服に血の付いた医師もいますしね。

 『転生』という言葉が脳裏を過ります。

 否定するだけの材料も見当たりませんし、まずは確定で良いでしょう。

 つまり、ここは分娩室か何かで、私とそこの幼児は今さっき産まれたのですね?

 それにしては随分区切りの良い転生です。確か胎児にも聴覚や触覚と僅かながらの意識がある筈なんですけどね?


「oueー?」


 考え込んでいると、女性が声をかけてきます。

 イントネーション的に問いかけ?現状では情報がなさ過ぎて何とも言えませんが。

 まぁ、いずれにせよ転生なのかどうかの検証は後回しです。

 最悪、取り付いた上に乗っ取ってしまった可能性も無いではないですが、不可抗力です。

 前の身体の顛末で何か情報は得られるかもしれませんが、今の私ではやりようがないでしょう。

 状況の検証を再開。

 お産に立ち会うくらいですから、父親はそこの男性で、母親はここの20歳にも満たなそうな女性なのでしょう。

 うーん頭が痛い。はい、理解が追いつきません。


「…あー」


 困ったような表情…にはきっとなっていないのでしょう。

 表情筋がそこまで発達している訳がないのですから。

 案の条と言いますか、こっちの気持ちも知らず、このご両親は満面の笑みを浮かべています。

 『人の気も知らないで』とはまさにこの事ですね。

 そうしていると泣き止んだ赤子を連れて男性がこちらに歩いてきています。

 赤子の方も、簡単に布に包まれているものの、その下は裸のようです。

 まず男性。年齢的には40台?筋肉質ではありませんが、やや細身の身体と、茶色よりの黒髪に白髪がブレンドされた頭。彫りの薄い顔。目が緑でなければ日本人にも見えます。

 服装は袴?にしては形状が華美な気がしますが…所々見たことも無い模様や装飾はされてます。

 オーダーメイドなら仕立てるのに大分かかるでしょう。大分裕福そうですね。

 赤子のほうは黒い髪。男性と違って黒の目です。

 布に包まってはいますが、髪もまだ乾ききっていないようです。

 珍しいですが多分双子なのでしょう。

 ああ、包みがほどけます…よ?


「…!?」


 赤子の姿を間近で見た瞬間の事です。

 驚きのあまり声が出ませんでした。ええ、出る訳もありません。

 近づいてきたその赤子は『男にあるべき部位がなかった』のですから。

 え…えー?今の私って双子ですよね?


「…」


 二卵性双生児であることを祈りつつ私は体の感覚を確かめます。


 …

 ……

 ………え?


 軽く眩暈がします。


 …一卵性?二卵性かもしれませんが、それはもはや重要なことではありません。

 私も”ツイてない状態”です。


 28年連れ添った息子は前の体と何処かにあるのでしょう。そして、もし見つかったところで、どうしようもありません。

 そして新しい私には『ソレ』はなくなってしまいました。

 通算30まで後2年。とうとう魔法使いが確定してしまった訳です。

 神様は『使わない剣なら必要ない』とでもおっしゃるのでしょうか?

 いえ、この際魔法使いはどうでもいいです。それよりも恐ろしい未来の幻想が私を苦しめます。

 きっと私は今、泣いているのでしょう。声こそ上げていませんが、きっと目元には涙を浮かべています。だって視界が歪んでますから。

 大人になって恋愛、結婚するという事は、相手は男性であるはずで……前世の記憶のある状態で大人になったら彼氏とか出来るのですか?体はともかく頭は男の私が?男と結婚!?

 街角で出会った男性に『ウホッいい男…』とか言うのですか?薔薇の花を咲かせって事なんですか!?

 いや今の性別的にはビジュアル的にアレな事にはならないのかも知れませんが、それでも脳は最大限の拒否感で一杯な訳ですよ。

 たとえ一部で流行の『男の娘』だとしても私にその気はなかった訳ですから、ご容赦願いたいわけです。

 ということは独身を貫くのがほぼ確定。生まれたばかりで喪の二連荘確定。

 いえ、この思考は考えないほうが良いです。いろいろ精神衛生上よくない。

 気を取り直して状況把握。

 会話や質問を諦めるとすれば、今聞いた言葉と、視界から状況を把握するしかなさそうです。

 『ili youk uhks』とは何のことでしょう?先ほどの発言が全く聞き覚えが無い時点でここは他国で決定でしょう。

 少なくとも日本でも英語圏でもありません。中国語の音も語感が異なりますし、大学で聞いた第二外国語のドイツ語でもこのような単語に聞き覚えはありません。

 日本でないどころか、全く意思疎通が出来ない国であることはさすがにショックですね。

 もっとも幼児であれば言葉が通じなくとも致し方ないのでしょうけど。

 翌々考えれば、出産は本来病院で行われるべきで、むき出しの木造の部屋、それも白くもない病室なんて日本に存在しないでしょう。

 女性の衣類は白く、綿か何かでできているように見えます。男性の服も、基本的に綿に染色といった繊維のように見えます。

 男性側の肌を包む布地の面積から、およそ温帯から冷帯近辺なのでしょう。

 民族衣装なのかどうかは分かりませんが、少なくとも欧米各国の一般的な服装には見えません。むしろ中世の高官のように、装飾が多すぎると言っても良いでしょう。

 こうした衣装は図鑑でも見た記憶はありませんし、疑問が深まります。

 そうしてみると、人種も不可解です。母親の白髪となればアルビノを想像しますが、眼球には色素があり、そういった人種であると言われればそうなのでしょう。

 大人二人はどちらも彫はそう深くなく、日本人に近い造形ですが、共通して眼球、肌の色素が薄い。

 色素的には欧米人、むしろ北欧でしょうか?顔のつくりは日本人、そんな人種見た記憶がありません。

 建物の件もそうですが、どうにもアンバランスに感じます。

 出産の場でありながら、病院のようではなく、一方で衣服はそれなりに清潔感を感じる。

 男性は裕福層のような衣装に対し、現状の設備の悪さも目につきます。私の知るどの国でもこのような状況は考えにくいです。

 うーん…。


1. ここは温帯か冷帯に属するどこかの国

2. 人種も現時点で不明、少なくとも知識の上で知っている人種ではない

3. 裕福層の様な出で立ちでありながら、十分な設備があるとは言えない看護体制

4. 子を見る両親の反応から、何らかの特殊な事情があるような気配もない

5. 自身は双子として転生したものと思われる

6. 女になってる...|||orz


 現時点で把握できるのはここまでのように思います。

 では、一応は今後の方針も若干考えておいた方がよさそうです。

 とりあえずは這って動きが取れるようになるまでは、大人しくしておくほか無いでしょう。

 後はなるだけ早い段階で言葉を覚える必要がありそうです。

 であれば、優先度的に


1. 自身の置かれている立場、状況の理解

2. 言葉の習得(これが無くては何の状況も掴めない)

3. 可能な限り早く身動きを取れるように訓練する

4. 以前の体の顛末の確認


 以降の要件は後回しにするか、状況を見て決定するほかないと割り切りましょう。

 とりあえず寝ればもう少し意識がはっきりするのかもしれません。


――――???――――


「眠ったのか?」


 娘を抱き、頬が緩むのを必死に抑える男がそこにいた。

 名をライオール・クロマルド≪愛称:ライル≫、年齢にして46歳。この国で唯一の魔術学園、及び研究施設の最高責任者で、実質この国の教育機関のトップと言ってよい。

 その為、直接の領地こそ僅かながら、侯爵の位を持っていた。

 教育者故の知識階級でもある。結果、権力狙い、左と右の見合いを避け、そう言った野心家を避けて相手を探して、気づけばこの歳だった。

 賢者(性に興味がない)と呼ばれた事もあった。

 そんな彼が46歳にして初めての娘が生まれたのだ。

 人目の中でも大喜びして良い場面ではあるが、他の病室を気にしてそう出来ない所が不器用な彼の性格を物語っている。


「本当に可愛いわ、貴方もこんな時くらい嬉しがってもいいと思うわよ?」


 色素の薄い金髪の女性、名前をアイクィル・クロマルド≪愛称:クィル≫が娘が出来た嬉しさと、不器用なままの夫へのほほえましさに呆れた気持ちをごちゃ混ぜに話かける。


「いや、確かにそうなんだが、私にもこういう時どんな顔をしたらいいか分からんのだ」

「まったく貴方は…」


 まったく困っていない表情でクィルは呟く。この夫婦はこれが普通だった。

 馴れ初めから結婚に至るまで、クィルがひたすらに押し続けてここまで来たが、結婚してからも家庭では尻に敷かれているのが実情である。


「ところで、女の子だったら私が名前を付けることになってたけど、双子とは思わなかったし、貴方も名前つけてみる?」


 これはクィルなりの気遣いだ。カマをかけただけで、命名権を譲る気はさらさらない。

 ライルは悪い出来事であれば、早い段階で理性的な判断を下すのだが、感情を伴う出来事、とりわけ『好い』方向の出来事にはパニックを起こす。

 初の子供ということが嬉しかったのか、それとも他の要因かは判らなかったが、クィルの目にはライルがどうして良いのか分からずにフリーズしているように見える。

 こんな時、考えるべき材料を投下してやればそれについて考えを巡らせ、彼のパニックは収まるものであることをクィルは知っている。

 もっとも今回はパニックというほどではないのかも知れないが、混乱しているのは間違いない。


「悩みもしない名前を付けられんよ。まして考えてたのは男子の名前だけだ。何も今日中に無理に考えなくても良いのだぞ?」


 予想に違わず復活した旦那を見て微笑む。


「大丈夫よ、3人までなら考えているもの。後は貴方がそれを一生呼び続けることができるかだけだわ」

「…いや、君なら変な名前はつけるまい。考えてるなら任せるよ」


 夫の方も妻に対する信頼は高い。

 これで夫婦になって僅かに二年。クィルが17歳だというのだから驚きだ。

 この国では、15歳で大人として認められるが、そこから僅かに二年で熟年の夫婦であるかのような信頼関係が生まれている。

 もっとも学生時代のクィルの猛威アタックを含まれば合計6年の付き合いになるわけだが。


「そう。ならこの子はイィリエス、貴方が抱いてるその子はエィリエスが良いと思うの」


 イィリエスもエィリエスも同一の植物の名前だ。

 この国でも割と寒冷地帯の方でのみ咲く花で、雪解けが始まる頃に咲く白い花をイィリエス草、その後、雪解けの終わりの時期に薄黄に染まった姿をエィリエス草と呼び、つい最近までは別々の花で姉妹草と言われていた花だ。


「イィリとエィリ。私もその名前がいいと思う。確か希望の花だったか?この子たちの行く先に希望があれば良いな」

「やっぱり貴方も知ってたのね」


 この草は雪解けに現れ、春を告げる事から、地域によっては希望の象徴とされている。

 ライルは以前にも色が変化する仕組みを、何等かの技術に応用できないかと調査したことがあったのだ。

 その際、植生の調査、地元からの聞き込み等、様々な調査を行っており、そうした暗示等も知る機会があったのだ。

 科学者としてなら捨て置くであろう言われや暗示も、ライルはそれが良い言葉なら覚えるようにしている。

 こうしたロマンチズムが好きだ言うのはクィルの言。


「この子達の希望、どんな希望を見出して育って行くのか楽しみだわ」

「そうだな…」


 こうして楓、改めイィリは見ず知らずの世界で産声を上げた。

初投稿になりますね。

どこまでモチベーションが続くのやら...

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