王子、悩む
「はあああああああああ…………」
「うっとおしい」
四方の壁を本に埋め尽くされた部屋で、王子は長い長いため息をつく。
そしてそれを、部屋の片隅から聞こえた低い声が両断した。
「……お、お前!僕は王子だ!それを『うっとおしい』とは何だ!?ふ、不敬罪で捕まえてもいいんだぞ!?」
机に伏せていたラスナは、ガバッと顔をあげて声の主に吠えた。
長い黒髪と、同じ色の瞳。
身を包む服もすべて真夜中の黒。
夜の色を身にまとった青年は、王子の言葉など気にした風もなく薄い唇をもう一度開いた。
「うっとおしいものをうっとおしいと言って何が悪いんです?」
「も、もの………」
『もの』呼ばわりされた王子はまた肩を落とし、机に顔を伏せた。
「……………はぁ」
「……………」
「………なぁ、アイン……」
「………………………」
「………………なあなあ……アインー……」
「…………なんです…」
アインと呼びかけられた青年は、しぶしぶといった様子でラスナの方を振り向きもせず応える。
「ラーシュに嫌われた…かも…」
「いつものことです」
「いや、今回は本当に嫌われた、かも…っ」
「………………何を言ったんです…」
「『お前は地味すぎて気がつかなかった』とか…」
「……………」
「僕がアイツに気がつかないはずがないのに…」
「王子……」
「はあ、明日から挨拶してくれなくなったらどうしよう…」
「………王子…」
「いや、ラーシュは優しいからきっと怒ってないだろうけど……呆れられてるかも…」
「……ラスナ…王子」
「そりゃそうだよな…同じ顔してるのに言うに事欠いて『地味』って…意味わからないし…」
「……馬鹿王子」
「お、お前今『馬鹿』って言ったか!?」
「言いました」
「………〜〜〜〜〜〜!!」
さらっと肯定したアインに、ラスナは何も言い返せなかった。
「王子……言っておきますが、彼女にそういう態度を取ると決めたのは貴方でしょう」
「そ、そうだけど……」
「ならば、その愚痴を私に言わないでいただきたい」
「………………」
正論で諭され、ラスナは押し黙る。
「それとも、もう諦めるんですか?」
「いやだ!!」
漆黒の瞳をしっかり見据えて、ラスナは大声で返した。
「絶対、変えてみせるっ!」
言い切ったラスナの翠の瞳は強い意志を持っていた。
「………結構。では、どうぞ貴方の思い通りになさいませ」
「わかった!今ならラーシュは食堂にいるから、一緒にご飯してくる!」
元気よく飛び出していった王子を見て、アインはなんとも言えない気持ちになった。
「……………」
(ミシュラ制度の廃止、ですか)
それは、今まで誰も考えなかったことで。
王族の血を護るものがなくなる、とも言える。
「さて、どこまで変われますかね…」
アインはそう呟くと、本来の仕事の蔵書整理を再開した。