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盗人の日々  作者: 神崎錐
6/25

惨殺

「ふぅ……さすがに、少し疲れたな。」


少し上がった息を落ち着かせつつ、振り返って誰もいないことを確認する。


しかし…どうやらあの扉の夢をきっかけに、少しずつ昔に戻りつつある。

口調は面倒なのでもうかまわないが、一人称だけは、戻さないように気をつけよう。

後々、面倒なことになりかねない。


切り株を見つけ、腰掛ける。


俺は今、スラムの近くにある森にいる。

昔、父親に放り込まれたところだ。

懐かしい。

昔はびくびくしながらも、何とか生き残るためにがんばったものだ。

木々の隙間から見える空を、薄暗い森の中から見上げる。


空は雲に覆われ、少し灰色がかっていた。


ガサリ、と。


比較的近辺の草が揺れる。


見れば、俺とよく追いかけっこをした犬モドキが別種の十匹ほどの群れとともにぎらぎらと目を輝かせてこちらを見ていた。


普段なら、面倒になってさっさと逃げていただろう。

だが、生憎と今の俺は暇人以外の何者でもない。

家無き子といってしまえばそれまでだが。


切り株から立ち上がり、ナイフを取り出していい加減に構える。

そして、俺は無表情のままで犬モドキに言った。



「…来いよ。」



……お前等全員、斬り殺(バラ)してやるから。


その言葉を皮切りに、犬モドキ達は一斉に襲い掛かってきた。


それ以降は……面倒だから省略する。


十分もすれば犬モドキの別種の死屍累々の山ができた。


ちなみに、犬モドキとは未だに戦闘中。


仲間の犬モドキの別種は首を切り落としてあっさり殺ることができたが、リーダー格らしい犬モドキは強く、なかなか攻撃を当てることができない。

かといって近づきすぎると、防御に乏しい自身が即死する。


俺の防御力は、まさに紙といってもいいレベルだ。

いくら犬モドキよりも速いとはいえ、そこを気にしていないと死ぬ。


時折、リーダー格の犬モドキの助っ人として襲い掛かってくる犬モドキの別種を斬り捨てながら、思考する。


何が一番適当な手段か。

相手の弱点はどこか。


犬モドキを見据えつつ、様々な部位に攻撃を仕掛けては引くといういわゆるヒット・アンド・アウェイを繰り返すが、特に不自然な動きは見られない。


少しずつダメージを与えられてはいるようだが、犬モドキの防御力は予想以上に高く、こちらの武器(ナイフ)に限界が近づいてきている。

次の一撃で、おそらく折れるだろう。


体力もかなり削られているようで、正直走って逃げ切れる気がしない。

さて、どうしたものか。


旅に出た早々の生命の危機を前に、俺は不思議と冷静だった。

あの男には内心びくびくと震えていたというのにだ。

おかしなものだ。


そう考えたとたん、少し犬モドキのこちらを見る目が変化した。

その目には戸惑いがある。


どうやら知らぬうちに笑っていたようだ。

戸惑うのも無理は無い。

力でいえば、あちらが上。

本来ならば屠られる側の俺が、笑っているのだから。



そして……俺はこの(.)を逃すほど、甘くも無い。


俺は素早く犬モドキの背後に周り、首筋に思いっきりナイフを突き立てた。



「グルアァアァァーーーー!!」



森に犬モドキの悲鳴が響き渡る。


犬モドキの首からは血が勢いよく噴出していた。


やがて。


犬モドキは死んだ。


当然ともいえるだろう。

首を斬られれば、たいていの生物は死ぬ。


犬モドキの死体に突き刺さったままの折れたナイフの刃を見つけ、なんとなく今自身が手にしているナイフの柄と見る。


獲物(ナイフ)は折れて使い物にならなくなってしまったが、これもかなり長い間使用していた。

寿命だったと割り切るしかない。


だが、これも数少ない父親の形見だ。

使えなくなったとしても、持っていくべきだろう。



柄をとりあえず鞄に仕舞い、犬の死体に近づき、傷口を見る。

傷口からは、犬モドキの血に塗れた、折れたナイフの刃が少しだけ覗いている。

俺は犬モドキの傷口に指を突っ込み、自身の手を滑らせる血に苦戦しながらも何とか引っこ抜いた。


布切れを取り出し、ナイフの刃と指についた血を拭く。

そして、折れたナイフの刃とと柄をとりあえず鞘に収め、鞄に仕舞った。

布切れは血塗れになったので捨てた。


その一連の動作を終えてあたりを見渡し、そっとため息をつく。

周囲はまさに、地獄絵図。

首を切り落とされたモノは、それはそれはグロテスクだった。

特に断面が。

何のかは言わないが。


まあ、実のところ言いたいのはそういうことではなく……血の匂いにつられ、何が寄ってくるかも分からないということだ。


俺は今、かなり体力を消耗している。

この状態でもう一戦は、少し……いや、かなりきついものがある。

だから、できるだけ早くこの場を離れる必要があった。


何時の間にか踏んでいた犬モドキの血液を足元の草に擦り付ける。

この血の匂いが元で得体の知れぬ何かと交戦することとなったら洒落にならない。

せめて匂いの元はできるだけ薄めたほうがいいだろう。

ただの気休めだということは、他ならぬ自分自身がよく理解しているわけだが。



「おい、そこの人間」



それにしても……犬に苦戦する自分も大概だ。

たとえ犬モドキ(...)であっても、犬は犬なのに。

犬モドキの別種は弱かったが。



「おい、聞こえないのか。こっちを向け」




やはり、この世界の食物連鎖の事情は前の世界と根本から違うのかもしれない。

となると、やはり自身の直感だけが頼りとなる。

どうやら経験上、この直感はこちらに敵意を持ち、なおかつこちらが相手に対してまったく勝つ要素が無いと死の恐怖という直感が出てこないようだ。今日、あの男と犬モドキを見て確信した。



「おい、だからこっちを向け。人間ごときが俺を無視するか」



あの男というと、やはりあの判断ミスを思い出す。

…もう少し、人の気配に敏感にならないといけないな。



「おい、いい加減にこっちに向け。お前、殺されたいのか?」



しかし……そうなると、効果的な修行方を考えなければいけない。

何がいいだろうか?いっそのこと毎日野宿をして気配の違いを体で感じ取れるようにするか?

…それも少し難しい気がする。それに、毎日追い剥ぎじみた輩に狙われるかもしれない。

それも面倒だ。なら友人に…そもそもいなかった。

嗚呼……少しくらいは交友関係を作るべきだったのか…。



「だああああぁぁあぁ!!!いい加減にしろ!!」



「!?」




突如として、俺の背後から大音量の叫び声が聞こえてきた。

なんだ?いったい。

そう思い、振り返る。

そこには。



「やっとこっちを向いたか。」



感じの悪い奴だ、と言うその男は、半透明で気配がまったく無かった。



「…何?……幽霊?」



「違う!俺は精霊だ!!」



どうやら違ったようだ。

まあ、幽霊なら幽霊で感情を少なからず感じることができるはずだし、精霊というのも嘘ではないだろう。↑過去に(この世界で)実際に遭遇済み。



「で……精霊が、俺に何のよう?」



「お前…いや、もういい。お前……」



精霊は地獄絵図と化している辺りをちらりと見、言葉を続ける。



「お前がこいつらを、殺したのか?」



そう尋ねられ、俺は肯定する。



「うん、そう。襲ってきたから、殺りかえした。」



そう返答すると、精霊は一瞬渋い顔をした。

殺すことに、あまりいい感情を抱いていないらしい。

当然といえば当然だ。

殺しにいい感情を抱いているなんて、快楽殺人犯くらいだろう。

どんな神経の持ち主も、大抵は無意識に嫌うものだ。



「そうか。こいつらは俺の領域を勝手に踏み荒らしていたからな……正直、かなり助かった」



「ふーん……そっか。」



そういうと、精霊はずっこけたように姿勢を変える。

空中に浮いている状態で、どうやればあんなことができるのだろうか。

疑問は尽きない。



「おま……いや、もう何も言うまい。とにかく、俺はお前があいつらを殲滅してくれた礼として、俺の力の範囲内でお前の願いを叶えてやろうということだ。……わかったか?」



ああ、なるほど。

しかし……精霊には倒せなかったのか、あの犬モドキ。

普通、できるなら自分で殲滅するだろうしな……。

いや、面倒で倒さなかったの間違いか。

この精霊は妙にプライドが高そうだ。そんなことをしたくなかったのだろう。



「うん。わかった。」



「(本当に分かったのか?)……そうか。では問うが……お前は何を望む?」



「(何が欲しいかか…別に特には……いや、あれだな)。俺は……」




そして少し間を開けて、口に出した。




「ナイフが欲しい」



「……は?」



「だから、ナイフ」



少し放心しているようなので念押しするようにもう一度言うと、精霊はようやく正気に戻った。




「…ナイフ?お前そんなもんでいいのか?」



「(それだけ?ならもう少し楽もしたいし……)…じゃあ、刃こぼれも錆びもしない砥石いらずのナイフが欲しい」



そう言い切ると、精霊はあきれたような目で見る。



「……はあ。…この俺にそんなことを望んだのは、お前が初めてだ。」



「前例が無ければ、作ればいい」



違う?と首を傾ける。

無論、無表情のままで。

そういうと、精霊は面白いといわんばかりに顔を歪めはじめ、ついには耐え切れなくなって声を上げて笑い始めた。

……何が面白いのだろうか。

それより、俺は一刻も早くこの場から逃げなければいけないというのに。




「あっはははは……面白い。本当に、お前のような奴は初めてだ。…よし、お前の望みどおり、ナイフをやろう。…………ほれ」



「ん。ありがとう」



精霊が投げてよこしたナイフを片手で取る。

鞘も柄もシンプルなデザインで、そこかしこに刻んである模様のような文字のところはよく分からないが、おそらく飾りのようなものなのだろう。

鞘を抜くと、まるで濡れているようなという表現が当てはまる見事な刃が覗く。

これは随分とよく切れそうなナイフだ。



「そのナイフは大抵のものを斬る事ができる俺の自慢のナイフだ。ついでに、お前の肉体的疲労も取っておいたぞ。ま、精々頑張れよ!」



「……うん。バイバイ」



そう返答すると、精霊は霧のように消えた。

……幻を見ていた気分になるが、ちゃっかりとナイフが手に収まっているところを見ると、現実だと認識するしか無い。




ナイフを鞘に収め、鞄に仕舞う。

もう鞄は許容量ギリギリだ。

他の物を仕舞う余裕は無さそうだ。


そんなことを考えつつ、ちらり、と周囲に意識を傾ける。

複数の生き物の気配をそこかしこに感じた。

どうやら囲まれているようだ。


さて……精霊は、俺の体から肉体的疲労を取ったといっていた。

その言葉が真実かは分からないが……実際に体が軽く感じるところを見ると、嘘ではないのだろう。

とすれば……逃げるか。面倒だし。


結果的にそう結論を出すと、早速逃げるのに最適な包囲の穴を探る。

穴はまるでざるの様にあるのに気付き、一つ溜息を漏らす。

早く気付いとけよ、自分。(ここまで考えを巡らせるのに有した時間は一秒にも満たない)。


そうと決まれば、あまり長居することも無い。

そう考え、駆け出そうとした。



「……あれ?子供?」



その時、突然背後から声が聞こえた。


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