疾走
走る。走る。走る。
もうここにいるのも疲れた。
ここの人の目は、いつも腐っていた。
大人は、特に酷かった。
すべてに絶望し、全てを諦めたような目をしているもの。
欲に溺れ、悦に浸りきったような目をしているもの。
その目が嫌で、人とはまったくかかわらなかった。
年の近い子供も目が死んでいるものばかりで仲良くしたいと思えず、結局駄目だった。
父親だけが、唯一自分がまともに思えた人間だった。
その父親も、今は亡き人。
金は、もうスった金も合わせれば十分貯まったはずだ。
そう自分に言い聞かせ、スピードを緩めることなく人の間をすり抜ける。
あと少し。
あと少しで、ここの出口に着く。
この世界で始めて命の危険を感じ、錯乱しているのかもしれない。
それでも、早く逃げたかった。
未だ死にたくは無い。
その思いで占められていた。
もう、あの男は来ない。
分かっていても、やはり恐ろしいのだ。
死の恐怖というものは。
嗚呼。嗚呼。
「……憂鬱だ。」
呟いてから、気付く。
これは、昔の自身の口癖だ。
確か父親に矯正され、すっかりなりを潜めていたはずだったが……。
昔に少し戻ったのかもしれない。
そんなことを考えていると、少し気持ちも落ち着いたようだ。
他に考えをめぐらせる余裕もできるほどには戻っている。
そして、思い出すのは、手を斬り飛ばしたときの男の仲間の反応。
斬られた手より、こちらへの驚愕が大きかったように思える。
戦い慣れしていそうだ。
ならば、やはり早めにここから出たほうがいいだろう。
何なら、今日中にでも。
返り血はついていない。
付く前に逃げたからだ。
まあ、逃げなくても返り血を付けずに殺す術は身についているが。
そこまで考え、もしかしなくても、自分はかなり危ない人間なのでは……と少し落ち込んだ。
……嗚呼、憂鬱だ。
ぶりかえしてきた口癖を、今度は心の中で呟く。
それから、俺はスピードを緩めることなく一気にスラムの外まで駆けていった。