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あのパン屋

作者: 火年
掲載日:2026/09/19

盆休みに、久しぶりに地元へ帰った。

駅を出たところで、まず足が止まった。


ロータリーができていた。

昔は駅前といっても、車が何台か停まれば窮屈になるような場所だった。迎えの車は適当に路肩へ寄せ、バスも今ほど整然とはしていなかった。


それが今は、真ん中に植え込みまである。

タクシーが並び、その横を送迎の車がゆっくり回っている。

きれいになったな、と思った。

便利にもなったのだろう。

ただ、自分の知っている駅からは少し遠ざかった気もした。


近くにあるコンビニの上にはいつでも使える24時間のトレーニングジムがあった。

昔あったスーパーは、建物こそ見覚えがあるものの、看板の名前が変わっていた。

名前が変わるだけで、知らない店に見える。

子供の頃は、スーパーも駅も店も、ずっとそこにあるものだと思っていた。


少し歩くと、昔大型のレンタルビデオ屋があったところにも二十四時間営業のトレーニングジムがあった。見たことのないジムだ。

こんなところにもできたのかと思っていると、その先にも小さい24時間のチョコなんととかというトレーニングジムあった。

今回帰ってきてから見ただけで三軒増えている。

昔からあった二軒はまだあるのだろうか。

こんなに必要なのだろうか。

町を歩く人たちが、急にみんな筋肉をつけ始めたようにも見えない。

最近はどこへ行っても、似たようなジムを見る。


この辺りにはチェーンの居酒屋が少ないのは変わっていない。昔は二件あったが一つは個人経営の店に変わっていた。


昔からある焼き鳥屋の前を通る。

昼を少し過ぎたばかりなのに、もう営業しているようだ。前面ガラス張りで中が見える。カウンターだけの焼き鳥屋だ。


中には年配の客が何人か座っている。

自分が学生の頃はどんな人が入っているのか見てもいなかった。当時は興味がなく、見てもいなかったのだろう。当時どんな人がいたのか気になるが一生分からないだろう。

その店には恐らく常連だろうと思える人たちが、カウンターで酒を飲みながら店の人も含め全員で話しているように見えた。

当時からあった店を見ると少し安心する。


さらに家の方に歩くと、駄菓子屋があった場所を通った。

今はもうない。

店があった場所には別の建物が立っていて、知らない人が見れば、そこに駄菓子屋があったとは思わないだろう。

なくなってしまえば、意外なほど何も残らない。


駄菓子屋のことを考えているうちに、子供の頃よく行っていた一軒の店を思い出した。

小学校の頃によく行ったパン屋だった。パン屋だが駄菓子も取り扱っており小学生が通う店になっていた。


特に思い出すのは、市民プールへ行った帰りに、友達と自転車で寄ったことだ。

夏の午後。

濡れた髪。

プールの塩素の匂い。

店の前に自転車を乱雑に並べて、中へ入った。


あの店では、たまご型のアイスをたまに買っていた。

薄いゴム風船のようなものにアイスが詰まっていて、先端を切り、少しずつ溶かしながら吸って食べる。

僕たちは爆弾アイスとか、そんな名前で呼んでいた気がする。

あれは最後まで食べるのが難しかった。

うまく食べれば何事もなく終わる。


けれど、僕の記憶では八割くらいの確率で最後に破裂した。

残っていたアイスが一気に飛び出し、Tシャツがアイスまみれになる。

アイスが食べたいというより、最後まで破裂させずに食べられるか挑戦したくて買っていた気がする。最近はほとんど見かけなくなったが、まだ売っているところもあるらしい。

今のものは改良されて、昔ほど簡単には破れないという。

少しだけ残念な気もした。


瓶のコーラもあった。

小さな瓶だった。

二百ミリリットルくらいだっただろうか。

今の大きなペットボトルと比べると、ずいぶん少ない。

そのコーラに菓子を入れて泡を噴き出させる遊びもしていた。

今ならメントスコーラと呼ぶのだろう。

メントスを入れたこともあった気がする。

ただ、よく使っていたのは、一箱十円で丸いガムが四つくらい入っていた、あの安い当たり付のガムだった。


とにかく何かを瓶の中へ落とすと、泡が勢いよく上がってきた。

いつも泡に負けてせき込んで、Tシャツをコーラまみれにしていた気がする。

それが面白かった。


あの店のコーラには、もう一つ楽しみがあった。

瓶を一本取り、自分でおばちゃんのところへ持っていく。

値段は七十円だったと思う。持ち帰りのときは八十円だったかもしれない。


コーラを買うと、くじを一枚引かせてくれた。

くじには番号だけが書いてある。

カウンターの奥の壁には、番号と当たる金額が貼ってあった。


一番上が五百円。

五百円が当たる番号は、一つしかなかったと思う。

その下にもいくつか金額が並んでいたが、何円が何本だったかはもう覚えていない。

自分が当てた最高額は百円だった。

五百円は一度も当たらなかった。


それでも百円が出たときは、ずいぶん嬉しかったし、友達と大盛り上がりした。

更にコーラを買ってくじを再度引いたり、駄菓子を買っていた気がする。

五百円の番号はいつも壁にあった。

いつか当たるのではないかと思っていた。

結局、一度も当たらなかった。


パン屋だったがその店のパンで食べたことがあるのは10円で買えるパンの耳だけだったかもしれない。

そんなことを歩きながら考えているときふと思った。

あのパン屋はまだあるのだろうか。

三十年以上経っている。

駄菓子屋がなくなっているくらいなのだから、あの店もなくなっていて当然だった。

けれど、なぜか確かめたくなった。


ポケットからスマートフォンを出した。

店の名前を入れて検索する。

すぐに出てきた。

まだ営業していた。

少し驚いた。

写真を見る。

建物も、昔とそれほど変わっていない。

おばちゃんももう年を取ってるんだろうなと想像する。

あれから三十年以上経っているのか。

僕だけが年を取って、おばちゃんだけ昔のままでいるはずがない。


そのまま口コミを開いた。

星は低かった。

一つ星が多い。

パンの具が傷んでいた。

商品の管理がよくない。

カビが生えていた。

似たような苦情がいくつも並んでいた。

しばらく画面を見た。

僕の記憶の中では、そんな店ではなかった。

プールの帰りに寄るパン屋だった。

爆弾アイスを食べて服を汚した店だった。

瓶のコーラを噴き出させた店だった。

五百円が当たるかもしれないと思いながら、くじを引いた店だった。

当時、星を付けられたら間違いなく星五だった。

僕たちは百円を握って店へ行き、駄菓子を買ったり、コーラを飲んだり楽しかった思い出しかない。

スマートフォンの画面を閉じた。


三十年も経てば、いろいろ変わる。

当たり前のことなのだと思う。

それでも地元というものは、自分が離れている間だけ時間を止めていてくれるような気がしていた。

そんなわけはない。

さらに家へ向かって歩くと、昔からあった二軒のスポーツジムが見えてきた。

建物はずいぶんきれいになっていたが、二軒とも変わらずそこにあった。


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