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警察署で一夜を過ごした翌朝。

 高瀬に連れられて乗り込んだ車は、瀬戸大橋を渡り淡路島へ向かっていた。


 瀬戸内の光を反射する水面。潮風が窓から吹き込み、二人は見たことのない景色に目を奪われた。


 やがて車は小高い丘の上に立つ古い建物の前に停まった。

 〈瀬戸内学園〉――外壁には潮風で剥げた跡があったが、庭は手入れされ、色とりどりの花が咲き、空気は清潔だった。下の港には小舟が並び、波の音と(とび)の声がかすかに届いていた。


 「ここがお前たちの新しい居場所だ」


 高瀬の声に続き、玄関に姿を現したのは白髪混じりの女性だった。

 「私はミシェル能登原(のとはら)。この学園の校長です」

 水月の包帯やボロボロの服を見ても、彼女は眉一つ動かさない。


 「案内してください」

 抑揚のない冷たい鉄の様な声だった。


 背後から現れた教師たちがうなずき、二人を建物の奥へと導いた。


 廊下を歩く途中、何人もの生徒とすれ違った。

 全員が同じ紺色の制服を着ていて、すれ違う際にはきちんと端に寄り、一礼する。

 (……みんな礼儀正しい)

 水月は驚き、蓮は背筋を伸ばした。


 だがそのとき、ふいに背後から「ひやっ」と冷たい風が走った。

 「うわっ!」蓮が飛び上がる。

 振り返ると、蓮と同じくらいの年の少年が廊下の端でにやにや笑っていた。

 「なーんや、ビビっとるんか」

 手のひらに淡い光を揺らしながら、肩をすくめて去っていく。


その始終を見ていた白衣を着た大柄な教師が

大河(たいが)! お前次実習室やろ いらんことせんと はよ行け!」


その少年はあわてて走って去っていった。


 「蓮……」水月が呆れた顔を向ける。

 蓮は赤くなりながら「ちょ、ちょっと驚いただけや!」と声を荒げた。


 やがて案内されたのは、六畳ほどの小部屋。清潔な布団と机が整い、窓からは瀬戸内海が広がっている。

 (……寝られる場所があるだけで十分すぎる)

 水月は心の奥で安堵を覚えた。


 だが安心する間もなく、問診と称して二人は別室に連れ出された。


 「最近、他人と違うと感じたことはありますか?」


 教師たちに囲まれ、水月は戸惑いながらも答える。

 「他人と違うかどうかはわかりませんが……何秒か先のことが、頭に浮かぶ事があります。道で車が来るのが、振り返る前にわかるとか」


 教師たちは無言でメモを取る。


 次に蓮に視線が向けられた。

 「君は?」


 蓮は少し考えてから、当たり前のように言った。

 「黒がいる」


 「黒?」

 「小さい頃から右腕にいるんや。痛くもないし、なんもされへん。でも……人が近づくと教えてくれる」


 水月は驚いて弟を見つめる。

 「蓮……何それ……」

 「え? 普通やろ?」


 教員たちはひそひそと囁きあった。


 その後、いくつかの質問がされ、問診は淡々と進んだ。


 「――ふむ わかりました。 お二人とも、問診はこれで終わりです。次に検診の方に行ってちょうだい。」

 ミシェル校長が淡々と告げた。


問診は30分程度だったが、その後、身長、体重、血圧、心電図・・・そして血液検査があった。



 問診や検診を終えて部屋に戻ると、ほどなくしてドアが勢いよく開いた。

 「新入りや!」

 子供たちがわらわらと雪崩れ込み、水月と蓮を取り囲む。


 「どこから来たん?」

 「親は?」

 「なんの能力あるん?」


 矢継ぎ早の質問に水月は押され気味になり、蓮はタジタジになって後ずさる。


 やがて一人が胸を張って言った。

 「オレな、家に放火されて両親死んでしもうたんや」

 別の子も負けじと続ける。

 「ウチなんか親に売られて薬漬けやったんやで!」

 「ボクは実験に使われた!」


 悲惨な過去の“自慢大会”に、水月は呆気にとられた。

 (……ここにいるみんな、普通やないんや)


 だが、笑い合いながら話す彼らの表情には、不思議と暗さはなかった。

 面食らったが、昨日までの自分の事が、ぼやけていくようだった。

(何? ここ。 何が始まるんやろ)

 

その時、後ろの方に立っていた背の高い、水月と同じくらいの歳の女の子が水月の前に出て

「名前はなんて言うの? 私は生来東子(しょうらいとうこ)って言うの。中学1年よ。」

(標準語や……初めて聞いた)


「うちは久遠水月。こっちは弟の蓮、私も中1。弟は小3」


「同じだね 水月ちゃん。蓮君は小3か。大河と一緒だね! 二人とも、よろしくね」


「あ、うん よろしく……」


 ふと時計を見ると夕方の5時半だった、正午頃に到着したはずだったが。

 窓の外には瀬戸内海が赤く染まり、波がきらめいていた。


 その時、水月のお腹が鳴った。

 水月はとたんに赤くなって恥ずかしそうに(うつむ)いた。


「ふふ 水月ちゃん、そろそろ夕食だから食堂に行こう、蓮君も」

 そうして東子は蓮の手を引っ張って歩き出した。


食堂に足を踏み入れると、ざわざわと子供たちの声が響いた。

 木の長机がいくつも並び、三十人ほどの子供たちが座っている。制服姿の上級生が配膳を手伝い、教師が列を監督していた。

 食事は質素だったが、焼き魚の香りと温かい味噌汁の匂いが広がっていて、水月は胸の奥がじんわりと熱くなる。


 (ここは……ご飯を、ちゃんと食べさせてくれるんや)


 蓮は椅子に座るとすぐに味噌汁をすすり、「あったかい!」と目を輝かせた。


しかしその瞬間、子供たち全員が静まり返った。


水月が周りを見ると、全員が手を合わせている。

「いただきます!」

全員の声。

(しまった!! 蓮のバカ!)


食事が始まると 

周りの子たちも「新入りやんな」と興味津々にのぞき込んでくる。


 その中から、昼間廊下でちょっかいをかけてきた少年が歩み寄ってきた。

 「……お前、名前なんていうん?」

 大きな声でもなく、ただぶっきらぼうに。


 蓮は口にご飯粒をつけたまま「……くおん、蓮や」と答える。

 「ふーん。変わった名前やな。おれは大河、鈴木大河」

 そう言うと、ニヤッと笑って蓮の肩を軽く小突いた。


 「やめてよ、大河。蓮君が怖がるでしょ」

 東子が眉をひそめるが、大河は気にせず魚をかじりながら隣に腰を下ろした。

 「お前、なんか力あるんか?」

 蓮はきょとんとして、「黒がいる」なんて言えずに黙り込む。

 「……なんや、まだ内緒か」

 そう言って笑う大河の目は、ただの悪ガキではなく、どこか試すような光を帯びていた。


 食事も終盤に差し掛かる頃、校長のミシェルがパンパンと手をたたいた。

「はい 皆さん、ご存じかと思いますが、今日から新しいお友達が加わる事になりました。久遠水月さんと久遠蓮さんです。2人とも、挨拶を」


すると全員の視線は2人に注がれた。


水月は立ち上がり、蓮に立つよう催促した。


「大阪から来ました、久遠水月です。中学1年です。こっちは弟の蓮です。小学3年です。これからよろしくお願いします。」

水月は頭を下げ、蓮も姉の真似をして頭を下げた。


拍手の中、二人は着席した。


ミシェル校長に視線を送ると、彼女は少し頷き、微笑みを反した。



 食事を終えて部屋に戻ると、窓の外には紫色に染まった瀬戸内海が広がっていた。

 遠くを行く船の光を眺めながら、水月は小さく呟く。

 「私ら……ここで生きていくんやな」


 蓮は布団に潜り込みながら、ぽつりとこぼした。

 「姉ちゃん……黒も、一緒にいる。この前姉ちゃんがおっさんに襲われた時、黒が見つけてくれたんや。僕を引っ張って連れて行ってくれたんや」

 「……蓮」

 「黒は怖くないで。ただ、ずっとおるんや」


 水月は弟の寝顔を見つめながら、強く心に刻んだ。

 (この子は普通やない。でも、それでも私が守る、そして黒……なんなんやろ)


 同じころ、校長室ではミシェル能登原と数名の教員が話をしている。

 「……久遠水月。久遠蓮。あの子たちの血液中に因子の反応がありました。」

 「そう、やっぱり。明日からあの子たちの能力の特定と専用のカリキュラムを構築していかないとね」

 淡々とした声が、静かな部屋に響いた。

 


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