男装聖女は秘密を共有する 4
「トーラ・ターナー」
「え?」
自分の名が呼ばれたことに耳が反応する。
しかし脳の方の反応が遅れた。
――今日は、この数日間行われた昇級試験の合格発表日。
いつもの鍛錬場で合格者の名前が次々発表されていく中、今、私の名前が聞こえた気がしたけれど。
「トーラ・ターナー!」
再び名を呼ばれ、私は聞き間違えではなかったのだと慌てて返事をする。
「はい!」
「一次試験、合格!」
「あ、ありがとうございます!」
思い切り声を張り上げた。
これまで、この場で自分の名が挙がることはなかった。
だから今回初めて自分の名(偽名ではあるが)を呼ばれ、つい反応が遅れてしまったのだ。
(合格……やっと、合格できたんだ!)
「やったな、トーラ」
「おめでとう」
近くに並んでいた仲間から小声でそんな祝いの言葉が飛んでくる。皆、私が何度も試験に落ちていることを知っているからだ。
「ありがとう!」
嬉しくて、嬉しすぎて、今すぐ文字通り空へと舞い上がりたかった。
それをぐっと我慢して、喜びを噛みしめる。
しかし、これはまだ最初の一歩。
まだあと2回試験に合格しなければ騎士にはなれないのだ。
私は大勢の見習いの前に毅然と立つラディス団長の方を見る。
一瞬、まさか空に連れて行っている礼として合格にしてくれたんじゃ……と思ったが、奴はそんなことをする男ではない。ちゃんと私の努力を認めてくれたのだろう。
(今度お礼言わなきゃな)
そんな奴の隣で先ほどからよく通る声で合格者の名を読み上げているのは、ラディス団長の右腕と云われるキアノス副長だ。
長い金髪に空色の瞳をした彼はこの騎士団の中でも一際整った顔をしていて特に女性に人気がある。
先ほどからしかめっ面をしているラディスも整った顔をしている方だと思うが、奴が『イケメン』ならキアノス副長は『美形』だろうか。
ラディスが全く笑わないのに対し、キアノス副長はよく笑う。だから女性だけでなく騎士見習いの中でもキアノス副長は慕われている印象があった。
そんな正反対のふたりだが、ラディス団長とキアノス副長のふたりが並んで都を歩こうものなら都中の女たちが黄色い悲鳴を上げるらしい。私は見たことはないけれど。
「イリアス・マティス!」
そのとき、イリアスの名が挙がった。
私は離れた場所に並ぶ友人の背中を見つめる。
「はい!」
「最終試験、合格! 正式にレヴァンタ王国騎士団への入団を認める!」
瞬間、イリアスの驚きと興奮がここまで伝わってきた気がした。
「ありがとうございます!」
少し上擦ったその声を聞いて、私まで涙が出そうになってしまった。
(良かったな、イリアス)
イリアスの強さや頑張りは私も近くで見て知っているし、友人が夢を叶えたことが素直に嬉しかった。
大分遅れを取ってしまっているが、私も頑張らねばと思った。
「以上!」
「戦のときが迫っている。皆、これまで以上に精進するように!」
そんなラディス団長の言葉でその場は解散となった。
先ずは友人に祝いの言葉を贈ってやらねばとその姿を探していると。
「!?」
突然目の前が真っ暗になったと思ったら強い力で抱きしめられびっくりする。
「イリアス!?」
そう、それは今探していた友人だった。視界の端に映った赤毛でわかった。
彼は私を抱きしめたまま涙声で叫んだ。
「トーラ! 俺やったぞ。騎士になれたんだ!」
「うん。おめでとう、イリアス」
私はその背中をポンポンと叩きながら祝いの言葉を贈る。
するとイリアスは身体を離し満面の笑みで言った。
「お前もやったな、トーラ。合格おめでとう!」
「ありがとう。オレもすぐに追い付くからな!」
「待ってるぞ!」
そうしてふたりで笑い合っていると。
「おめでとうございます。ふたりとも」
「キアノス副長!?」
イリアスがびしっと背筋を伸ばし、私も同じように姿勢を正して彼を見上げた。ラディスほどではないが彼も背が高い。
穏やかな笑みを浮かべ、キアノス副長は言った。
「今後の活躍を期待していますよ、イリアス」
「はい!」
「トーラも、この調子で次の試験も頑張ってくださいね」
「ありがとうございます!」
私たちだけでなく、皆にこうして激励の言葉をかけているのだ。しかも下っ端の私に対してもこの丁寧な言葉遣い。
これもキアノス副長が皆に慕われている理由だろう。
(あいつも、このくらい優しくていいのにな)
なんてことを思っていると。
「キアノス! 何をしている、行くぞ!」
奴の鋭い声が飛んできた。
「ああ、今行くよ。じゃあね」
そして、キアノス副長は私たちに手を振り奴の元へと駆けていった。
そのときだ。
――あ。
ラディスと目が合った。
あれはおそらく『合図』だ。
私が小さく頷くと、奴は背を向け追いついたキアノス副長と共に城の方へと歩いて行った。
前回、空でそんな話をしたのだ。
毎回耳打ちをして伝えるのもいつか誰かに気付かれてしまう可能性がある。
代わりに何かしら合図を送ると。
(丁度良かった。お礼言いたかったし)
と、隣で呆けたような溜息が聞こえた。
「はぁ〜、ほんとカッコイイよなぁ。あのふたり。俺もあんなふうになれっかなぁ」
「さぁ、どうだろうな」
「どうだろうなって」
「ま、頑張れよ。騎士イリアス!」
そう言って私がポンと背中を叩くと、イリアスはニヘラとだらしなく笑った。
「いい響きだなあ、騎士イリアス。俺も女の子にきゃあきゃあ言われっかな!」
「そんな笑い方してたらモテないと思うぞ」
「そ、そっか、騎士らしくキリっとしてなくちゃな!」
急にキリリと眉を上げた友人を見て、私は思わず笑ってしまった。