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男装聖女は秘密を共有する 3


「やはり気持ちがいいな」

「だろー?」


 再び、私たちは空にいた。

 今日は月がほぼ真ん円でこの間より大分視界が明るい。その分星は見えにくかったが絶景に変わりはなかった。

 ラディスは2回目にして慣れたのか、前回よりも私の手を握る力が優しかった。


「でも悪かったな。結構待っただろ? 同室の奴が寝てからと思ったんだけど今日に限ってなかなか寝てくれなくてさ」


 イリアスがいびきをかき始めたのを見計らって部屋を抜け出したのだが、急いで寄宿舎の端っこにある武器庫裏に行くとラディスは特に苛ついた様子なく私を待っていた。

 もしかしたら1、2時間待たせてしまったかもしれないのにだ。

 

「いや、構わない」


 景色を眺めながら穏やかな顔で言った奴を見て、私はふと思っていることを口にしていた。


「ほんと、昼間とは別人みたいだな」

「は?」

「いつもはあんなに怒鳴ってるのに、今は静かだなぁと」


 するとラディスは眉を寄せた。


「それは、」

「あー、わかってる。騎士団長の立場があるもんな。……ただ、ちょっと勿体ないなぁと」

「勿体ない?」


 私は少し迷ってから続ける。


「いつもそんなふうに穏やかな顔してればさ、もっと皆に好かれるっていうか、もっと接しやすいのになぁと」


 『冷徹騎士団長』なんて言われなくて済むのにと、そう思ったのだ。

 はぁと奴は溜息を吐いた。


「俺が皆に好かれてどうする」

「え?」

「確かに、俺のことが気に食わなくて去っていく奴は多い。が、俺に怒鳴られた程度で辞める奴は戦場でも真っ先に逃げ出すか殺されるかだ」


 今は真っ黒に見える広大な森の向こう、遠くバラノスの方向を見つめた奴を見て私は目を瞬く。


「……わざと怒鳴ってるってことか?」

「好きで怒鳴っていると思うか?」


 ちょっと思ってた、とは言えなかった。


(そうだったのか……)


 いざ戦場となれば団長として皆の命を預かるわけだから厳しくして当然かもしれない。

 しかし本意でなく普段から皆に厳しく接しているのだとしたら、それはきっと相当のストレスだろう。


(私に頼んでまでこうして空に来たがる気持ちもわかるかも)


「じゃあ、そんな騎士団長さんが今こうして私と空飛んでるなんてバレたら大変だな!」

「バレたら処刑だろうな」

「えっ!?」


 物騒な言葉が出てきてぎょっとする。


「聖女を隠匿していた罪人として」

「罪人て、そんな大したことかよ!?」


 私が言うと、ラディスは呆れたような顔をした。


「お前は己の存在の重要性をわかっていないのか」

「いや、まぁ、探されてるのは知ってるけど……。でも、ならなんで私をつき出さないんだ?」

「最初に言っただろう。俺は聖女の力に頼るつもりはない」

「でも今こうして」

「戦に関してだ」


 私のツッコミを想定していたのか、軽く睨まれた。


「なのにお前は騎士になりたいと城に入ってきた。……全く、理解できん」


 はぁ~と先ほどよりも重くて長い溜息を吐かれて私はハハと苦笑する。


 こいつにしてみたら、戦に巻き込まれるから城には来るなと警告したのに、まさかの方向から私が巻き込まれに来たわけだから溜息も吐きたくなるだろう。


 そのとき、ふと訊きたかったことを思い出した。


「そういえば、最初っから私に気付いてたって言ってたけど、なんでわかったんだ?」


 この間も訊いた気がするが確か答えはもらっていない。

 すると奴はふいと視線を外し、言った。


「見ればわかる」

「男になってるのに?」

「ああ」


 確かにベースは私だから面影くらいはあるだろうけれど、わかるものだろうかと首を傾げていると。


「同室の、イリアスだったか。奴にもバレていないのだな」

「勿論、言えるわけないだろ」

「もう一年になるか? よくこれまでバレなかったな」

「ふふん、私の男のフリは完璧だからな! ……まぁ、騙してるわけだから良い気はしないけど」


 そう言って寄宿舎の方を見下ろす。

 友人は今も何も知らずデカイいびきをかきながら気持ち良く寝ているはずだ。


 イリアスのことは信頼しているし、あいつも私のことを信頼してくれている。

 それがわかるごとに罪悪感は増していく。

 しかし、今更言えるわけがない。

 きっと言ってしまったら確実に今の関係は壊れてしまうだろう。

 だから、絶対にバレるわけにはいかない。


「好きなのか?」

「へ?」


 顔を上げると、月明かりに照らされた深い緑が私を見ていた。


「あの男のことを好いているのか?」


 一瞬ぽかんとしてしまってから、ぶんぶんと繋いでいない方の手を振る。


「まさか! 違う違う。ただ凄く気のイイ奴だから、時々申し訳なくなるんだ」

「……そうか」


 ラディスは真ん円に近い月を見上げ続けた。


「お互い、バレるわけには行かないということだな」

「だな」


 私もその視線を追って頷く。

 少しの沈黙のあと、奴はぽつりと呟いた。


「月が綺麗だ」

「そうだな。……えっ!?」

「どうした?」


 私が変な声を発したせいでラディスが驚いたようにこちらを見た。


「いや、えっと」


 ――瞬間、あの有名な「月が綺麗ですね」の意味を思い出してしまったのだ。

 でもすぐにそんなわけがないと思い直す。

 ここは異世界で、その言葉の意味をこの男が知るわけがないのだ。


(こいつが、好きとかなんとか言うからだ!)


「なんでもないなんでもない! うん、今日の月はとびきり綺麗に見えるよな!」


 そう慌てて誤魔化し、私はもう一度煌々と輝く月を見上げたのだった。




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