男装聖女は秘密を共有する 2
「トーラ、身体は平気か?」
「え?」
翌朝、食堂のいつもの席で向かいに座るイリアスが思い切るようにして言った。
千切った硬いパンをポタージュスープに浸しながら私は首を傾げる。
「別に、平気だけど?」
昨夜自室に戻るとすでにイリアスは寝ていて、私も良い気分で早々に自分のベッドに入り眠りについた。
だから別に寝不足なわけでもないし、いつも通りスッキリ起きられた。
イリアスはそれを聞くと酷くほっとしたような顔をして、更に妙に優しい声で続けた。
「そうか。まぁ、無理はするなよ。辛かったら俺が医務室から薬もらってきてやるからな」
「……? や、だから平気だって。薬ってなんのだよ」
そう訊いてからパンを口に入れると、イリアスは気マズそうに私から視線を外しボソボソと呟くように言った。
「その、男同士は大変だっていうし、塗り薬とかやっぱあった方がいいかと」
「――ぅぐっ!?」
やっとイリアスの言っている意味がわかって私はパンを思いっきり喉に詰まらせた。
「げほっ、ごほっ!」
「お、おい、マジで大丈夫かトーラ」
焦るように席から立ち上がり大袈裟に心配するイリアス。
「ち、ちが、」
「やっぱ血が出てるのか!?」
「ちっがーーう!!」
私はごくりとパンを飲み込んでから、大きな声で否定した。
お蔭で食堂の視線を一気に浴びてしまい、私は肩を縮こませ小声で続けた。
「全っ然、そういうのじゃなかったから!」
「そうなのか?」
「当ったり前だろ!」
色んな意味で顔が熱い。
まったく、朝起きた時からなんだか浮かない顔をしているなぁとは思っていたが、まさかそんなことを考えていたなんて。
勘弁して欲しい。
「じゃあ、何してたんだよ。部屋の灯りまで消してよ」
疑いの眼差しを向けられギクリとする。
「見てたのかよ!?」
「見てたっていうか、気になって外から団長の部屋を見上げたら暗かったから……」
私たちが空を飛んでいるときだろうか、どうやらその場面を見られたわけではないようで、私は動揺を隠しながら答える。
「単に、アドバイスをもらっただけだ」
「アドバイス?」
「オレがなかなか昇級出来ないから、そのアドバイスだ」
「ラディス団長が? お前に?」
それはそれで驚いたようだが、嘘ではない。私だって驚いた。
「団長もオレを見ててイライラしたんじゃないのか? なんか根本的なとこが間違ってるって言われて。それでわざわざ呼び出したみたいだ」
「それでなんで灯りを消したんだ?」
「それは、暗くても相手の気配を感じ取れるようにって……」
内心焦りつつ適当にそれっぽいデタラメを言うと、それでもイリアスは納得してくれたようだった。
椅子の背もたれに寄りかかり、ふぅ~と長い溜息を吐いた。
「そういうことだったのか~、あ~良かった〜。昨日お前が部屋に戻ってきたとき、俺どういう顔をしていいかわからなくってさ、思わず寝たふりしちまったっつーの」
「なんだ、あのとき起きてたのか」
「あぁ。友達が大変な目に遭ったかもしれないってのに俺は何もしてやれないって、自己嫌悪にまで陥ってたんだからな」
「イリアス……お前、本当にイイ奴だな」
ちょっと感動してしまった。
同時に良心がチクチクと痛んだ。
(嘘ついてごめんな、イリアス……)
「なんだよ照れんだろ。でもそうだよな。あのラディス団長がそんな卑劣なことするわけないよな!」
いつもの調子でカラカラと笑い出したイリアスと一緒に笑う。
「ていうか、オレだってそんなことになったら全力で逃げるっつーの」
「だよなぁ。はぁ〜色々想像して変な扉開きそうになった自分を殴りてぇ〜」
「ハハっ、どんな想像してたか知らんが今オレが殴ってやろうか?」
「じょ、冗談だって! じゃあ、次の昇級試験は受かりそうだな!」
身を乗り出し急に真剣な目をして言われて、私はぐっと拳を握った。
「あぁ。今度こそ、絶対受かってみせる!」
「頑張れよ、トーラ」
「お前もな、イリアス」
次の試験は一ヶ月後。
ちなみにイリアスは既にニ度昇級試験に受かっていて、次の最終試験に受かれば正式に騎士になれるのだ。
私たちはテーブルの上でコツンと拳をぶつけ合い、にっと笑い合った。
――それから、ラディスが私に対し少しは優しくなったかというと、そんなことは全く無く。
「おいそこ! 誰が止まっていいと言った、走れ!」
「すみませんっ!」
「そんな動きではすぐにやられるぞ! 隙を作るな!」
「はいっ!」
スパルタなのは相変わらずで、やっぱこいつムカツクと思いつつも一ヶ月後の試験に向け私は負けじと日々努力していた。
本当にあまりにも以前と変わらなすぎて、あの夜の出来事は夢だったのだろうか……? そう思い始めた頃だった。
「今夜、武器庫の裏で待つ」
「え」
その日の鍛練が終わったタイミングで、この間のように通りすがりに小さく耳打ちをされた。
間違いなく、今夜また空へ連れていけという呼び出しだろう。
(やっぱ、夢じゃなかったんだ)
そう思うと同時、妙に心が浮き立つのを感じた。