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男装聖女は秘密を共有する 1


「俺もその力で共に飛ぶことは出来ないだろうか」


 もう一度問われて私は若干戸惑いながら答える。


「えっと、いや、試したことがないから……」


 ひとりで飛ぶのはもう慣れたものだが、誰かにこの力を使ったことはないからわからない。


(というか、聖女の力には頼らないんじゃなかったのかよ)


 そうツッコミたかったが言える雰囲気ではなかった。

 と、ラディスは徐に席を立った。そのままゆっくりとした足取りでこちらにやってくる。


「な、なに?」


 元の女の姿で目の前に立たれると、やっぱりデカいと感じる。多分190以上あるんじゃないだろうか。

 ちなみに私がこの異世界にやってくる前、高2の健康診断で計ったときは確か165だった。

 男になると少し身長が伸びるらしく、それでも170ちょい。

 こいつの場合、その上体格もがっちりしているから正直かなりの圧があった。


「なら試してみよう」

「えっ」


 すっと右手が差し出されて、私はその手と奴の顔とを交互に見た。


「手を取れば共に飛べないか?」

「あ、あぁ」


 そういうことかと私はラディスの手をおずおずと握った。……大きくて硬い手だ。


「じゃあ、やってみる」

「ああ」


 返事と共にぐっと握り返されて、私はいつものように一度目を瞑り心の中で念じる。


( 浮け )


 ふわりとすぐに身体が重力を無視して浮き上がるのがわかった。

 次いで。


「うおっ」


 そんな低い声がすぐ間近で聞こえた。

 見れば、奴の両足も15cmほど床面を離れていた。この部屋の天井が低かったら頭をぶつけていたかもしれないと少しヒヤリとした。


 重さや負担は特に感じない。

 また新たに聖女の力の可能性を知ることが出来て私も嬉しくなった。


「行けるみたいだな!」

「あ、あぁ」


 流石のラディス団長も自分の足元を見下ろし驚いたようにその目をパチパチ瞬いていて、普段の奴からは考えられないその様子に笑いそうになってしまった。


「少し移動してみるよ」

「わかった」


 手を握ったまま、ふよふよと部屋の中を移動してみる。

 特に問題はなさそうだ。……それにしても。


(なんか、ダンスのエスコートでもしてるみたいだ)


 いつもとは完全に立場が逆転していて、すこぶる気分が良かった。

 調子に乗って訊いてみる。


「どうする? このまま外に行ってみるか?」

「え?」


 先ほどまでこいつが座っていた机の後ろにある大きな窓を指差す。

 今はカーテンが閉められているが、その向こうはバルコニーになっているはずだ。

 2階にあるこの団長の部屋を外から見上げたことがあるから確かだ。


「夜空を飛び回るの、最っ高に気持ち良いんだ!」


 にぃっと笑って言うと奴の目が期待に見開かれた。

 しかし、それは一瞬で。


「いや、しかし」

「怖いのか?」


 そう訊くとその眉間にいつものように皴が寄ってしまった。


「違う。他の者に見られたらと」

「あ~、でももう暗いし、部屋の灯りを消しちゃえば見えないだろ」

「……お前、まさかいつもそうやって部屋を抜け出しているのか?」


 じろりと睨まれ、しまったと思う。

 まんまと墓穴を掘ってしまった。


「い、いつもじゃない! たま~にだ、ホント、たま~に!」


 私がそう弁解するとラディスは、はぁと息を吐いた。


「下ろしてくれ」

「え?」

「……灯りを消す」


 渋面で彼は言った。



 そして。

 全ての燭台の灯りを消し真っ暗になった部屋から私たちはこっそりとバルコニーに出た。

 一応周囲を確認するが人目はないようだ。


「よし、行くか」


 小声で言って、隣にいるラディスに手を差し出す。


「手、離すなよ」

「わかっている」


 やはり緊張しているのだろう、先ほどより強く握り返された。

 一度深呼吸して、目を瞑る。


( 飛べ )


 途端、先ほどよりも勢いよく足元が浮き上がった。

 そのまま何かに引っ張り上げられるように私たちは夜空へと跳躍した。

 一人増えてもいつもと変わらない。私の身体はぐんぐん空高く昇っていく。

 今日はまた星が一段と綺麗に見える気がした。三日月がほぼ真上に出ている。

 頬に当たる夜風が気持ち良くて、これこれ~とひとり悦に入っていると。


「おい! どこまで行く気だ!?」

「え?」


 ふと見下ろすと、私の手を握るラディスが焦ったような顔をしていた。

 私はそこで上昇するのを止めて謝る。


「悪い。久しぶりだったからつい、いつもの調子で」

「まったく……」


 またその眉間に皴が寄ってしまったのを見て私は慌てて言う。


「でもほら、最高だろ! 見ろよ、この絶景!」


 満天の星を指差すと、ラディスも空を仰ぎ満更でもないような顔をした。


「あぁ。昼間なら、もっと遠くまで見渡せるだろうな」

「まぁな。でも夜空だって綺麗だろ?」

「あぁ」


 それから奴は足元を見た。

 城や寄宿舎、少し離れた都の灯りがこちらも夜空の星のように見えてなかなか絶景だ。


「落ちたら最後だな」

「……怖いか?」


 一応訊いてみる。

 初めて空を飛んで怖がらせていたら申し訳ない。


「平気だ。……幼い頃、鳥に憧れていた」

「へ?」


 もう一度夜空を見上げ、そんなことを言い出したラディスに私は小さく驚く。


(こいつにもそんな頃があったのか)


 意外に思うと同時に急に親近感を覚えた。


「あんなふうに自由に空を飛べたらと、夢見ていた」

「じゃあ、今日その夢が叶ったな!」


 笑顔で言うと、奴は一度驚いたように私を見て、それからふっと目を伏せた。


「自由とは言えないが……まぁ、そうだな。感謝する」

「!?」


 感謝!?

 あの冷徹ラディス騎士団長が、私に、“感謝”……!?


 びっくりし過ぎて何も言えなかった。

 今日はなんだかこんなことばっかりだ。

 そして更にぎょっと驚くことを奴は言ったのだ。

 

「また、連れてきてもらえるか?」

「えっ!」

「これは、確かに癖になる」


 心なしか奴が微笑んだように見えて、私は今日一番の興奮を覚えた。


「だっろ!? うん、またいつでも連れてきてやるよ!」



 ――こうして、この日私とラディスは誰にも言えない秘密を共有したのだった。




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