男装聖女と魔女の森 4
「何かは、わからないけど……」
ラディスがそちらに視線を送り、潜めた声で言う。
「俺には何も見えんが……やはり幻術の類か」
「このまま続けてみる」
「頼む」
そうして私は再びそちらの方に向け更に強く念じはじめた。
少し距離はあるが、イリアスの呪いを解こうとしたとき離れていても一応効果はあった。
だからきっと、いけるはずだ。
( 幻術よ、消えろ! )
そして、イリアスたちを返してくれ……!
瞼の向こうで気色悪く蠢いていた闇に、そのとき異変が起こった。
皆の呪いを解いたときと同じだ。
それは嫌がるように大きくうねうねと動き始めたかと思うと、ついには放射状に勢いよく霧散していった。
「――なっ、なんで!?」
私たち以外誰もいないはずの森の中から、そんな甲高い悲鳴が上がった。
「お前は……!」
次いで聞こえたのはラディスの驚いた声だ。
気になり目を開けマントの下からそちらを覗き見て、私も思わず声を上げそうになった。
(フェリーツィア!)
間違いない。
闇に映えるふわふわとした金髪の彼女が驚愕の表情を浮かべ森の中にひとり立っていた。
「く……っ」
「待て!!」
背を向け森の奥へと走り出した彼女をラディスがすぐさま追いかけ私も立ち上がる。
そのときマントが頭からずり落ちてしまい慌ててかぶり直し急いで彼のあとを追おうとした、そのときだった。
「……見つけた……」
「!?」
すぐ背後で聞こえた声に驚き振り返ると、そこにいたのは今逃げていったはずの金髪の彼女、フェリーツィアで。
「……っ!」
声を上げようとして、しかしそれは声にならなかった。
彼女の形のいい唇がにんまりと弧を描くのを見て、次の瞬間私の視界は暗幕が掛かったように闇に閉ざされた。
月明かりも届かない、それは先ほど蠢いていた闇と同じものだ。
(ラディス……!)
それに飲み込まれるようにして、私の意識はそこで途切れた。
――私は闇の中にいた。
(……ここは?)
まだ魔女の森の中だろうか。
何も見えない。
誰も、いない。
「ラディス?」
小さくその名を呼ぶ。
しかし、返事はない。
「誰も、いないのか……?」
言いしれぬ不安の中ゆっくりと足を進めていくと、前方に漸くぼんやりと人影らしきものが見えてきた。
(誰だ……?)
慎重に近づいていくと、見慣れた赤毛に気付いて私は声を上げ駆け寄った。
「イリアス! 無事だったのか!」
「……」
しかし、こちらを振り返った彼は酷く冷めた目をしていた。
「イリアス……?」
首を傾げると彼が小さく口を開いた。
「お前、ずっと俺を騙してたんだな」
「え……」
どきりとする。
軽蔑したような目で彼が続ける。
「一番のダチだって言ってたくせに」
「そ、それは……っ」
「俺が聖女様の話をするのを見て、心の中で笑ってたのか?」
「そんなことない!」
大きく頭を振るが、イリアスはひと言告げた。
「最低だな」
「……っ」
ズキリと胸が痛む。
まただ。
また、何も言えない。何も言い訳できない。
彼の言う通りだから。
そんな私を置いて、彼は背を向け行ってしまう。
私はそれを追いかけることも、声をかけることも出来なかった。
(ごめん……ごめん、イリアス……っ)
闇の中、またひとりになって私は顔を覆った。
「……!」
「……!?」
――誰かの声が聞こえる。
「……のか?」
「……よ!」
言い合うようなその声を聞きながら、私はゆっくりと意識が浮上していくのを感じていた。
今のは夢だったのか。
少しホッとして、でもまだ胸の痛みははっきりと残っていて。
(ほんと、最低だよな……)
……もう、朝なのだろうか。
それにしては瞼の向こうが暗い。今日は天気が悪いのだろうか。
それともまだ夜なのだろうか……?
「だから間違いないよ! この子が聖女だって!」
(!?)
その声で私はハッと目を開けた。
「……あ、起きた」
最初に見えたのはこちらを見下ろす知らない青年だった。
「えっ」
そんな短い声と共に次いで視界に入ってきたのは、先ほど見たふわふわの金髪……。
(フェリーツィア!?)




