男装聖女と魔女の森 2
「ここで、間違いないよな……?」
「間違えるわけないだろ。ちゃんとそこに目印あんし」
私の問いにイリアスが指差した先には確かに拠点の目印にと木の枝にくくり付けていた紐がぶら下がっていた。
森の中も迷わないようにとあれと同じ紐を結びながら進んでいたのだ。
だからやっぱり場所はここで間違いない。
なのにこの場に繋いでいた馬だけがこの場からいなくなったのだ。
「野盗どもか……?」
イリアスの言葉に「まさか!」と私は声を上げる。
「あのイェラーキがそんな簡単に連れ去られるわけないだろ」
そうだ。野盗などの“ならず者”の仕業だったとして、気性の荒いイェラーキがただで連れ去られるとは思えない。
しかしこの場で何か騒ぎがあったような形跡は見当たらない。
「だったら」
「魔女の仕業か」
イリアスの言葉に被るように、ラディスが緑の天井を見上げながら言った。
「俺たちは見られているのかもしれんな」
(見られてる……?)
ぞくりと背筋が冷たくなって私も思わず辺りを見回していた。
先輩たちも焦ったように話し始めた。
「……ど、どうするんだ?」
「どうするもこうするも、馬がいなくなっちまったんじゃ動きようが」
「そうじゃない。もしかしたら次は俺たちが消える番かもしれないんだぞ」
「な、何言ってんだよ。そんなわけが」
「落ち着け」
ラディスが低い声で窘めると、先輩たちは押し黙った。
「これで俺たちがパニックになれば奴らの思うつぼだ。どちらにしてももう日が暮れる。今日はここから動かないほうがいいだろう」
その言葉に反対する者はいなかった。
「だが、これでこの森が当たりだという可能性が高まったな」
愛馬が消えたというのに、ラディスはその口端を僅かに上げていた。
馬たちと共に野営用の荷物も消えてしまったので、その夜は本当にその場で休むだけの野宿となった。
幸い月が明るいお蔭でお互いの表情くらいはわかったが、皆不安を感じているのだろう、誰も喋らずとても静かで、結局そんな空気にいち早く耐えられなくなったのは私だった。
「心配だな、馬たち……」
体育座りの格好で誰にともなく小さく呟く。
誰かひとりでもこの場に残っていれば……そう考えてしまったが、団長であるラディスの前でそんなことは言えなかった。
それに、その残ったひとりも消えてしまっていた可能性だってある。
「みんな無事だといいけど」
「きっと大丈夫だろ」
隣で横になっていたイリアスがこちらを見ていた。
「ほら、例の噂」
「噂?」
「そ、気付いたら別の場所にいたってやつ。きっと馬たちもひょっこり戻って来るさ」
「……そう、だよな」
そうならいいと思った。
イリアスはそんな私に微笑んだあと視線を空に投げた。
「そもそも魔女はなんで俺たち騎士を狙ったんだろうな」
「え?」
「バラノスの騎士団もやられたんだろ?」
「それは……やっぱ国の戦力を削ぐためだろ」
「なんのために?」
「なんのためにって……」
私に訊かれても困ってしまう。
口ごもっていると、イリアスはそのまま続けた。
「うちの騎士団だけだったらバラノスに雇われたんだろうなって想像つくけどさ。両方だぜ?」
「うーん……魔女たちの逆襲、とか?」
冗談交じりに言うと、イリアスだけじゃなく皆が驚いたように私を見た。
「え?」
「逆襲って」
「いや、ほら、魔女は皆から忌避される存在だろ? だから、その仕返しというか……そんな可能性もあるのかなって、思っただけなんだけど」
少しの沈黙のあとでラディスが言った。
「だとしたら、俺たちはそんな奴らのテリトリーに自ら飛び込んでしまったことになるな」
ごくりと誰かが生唾を呑み込む音が聞こえた。
と、そのときロドニーさんが徐に立ち上がった。
「俺、ちょっと用足しに……」
「今ひとりで行動するな」
「あ、じゃあ俺も一緒に行きます」
ラディスに言われハウリーさんが立ち上がった。
そうして先輩ふたりはその場を離れていった。
(大丈夫かな……)
このまま戻って来ないなんてことないよな、と少し心配していると程なくしてふたりとも戻ってきてほっとする。
そのとき私はとあることを思いついてラディスに視線を送った。
ラディスはすぐに私の視線に気付いてくれて、私はそのタイミングで立ち上がる。
「オレもちょっと行ってきます」
「なら俺も行こう」
すぐさまラディスが立ち上がってくれて、私の合図が伝わったのだとわかった。
イリアスが起き上がって私を心配そうに見上げた。
「気を付けろよ」
「ああ」
頷き、私たちはその場を離れた。
「なんだ?」
すぐに訊かれて私は顰めた声で言う。
「やっぱ、オレちょっと空飛んで見てこようかと思って」
「いや、今下手に動くのは危険だ」
「でも何か手がかりが見つかるかもだし」
「ダメだ」
頑なに言われて少しムっとする。
「イェラーキが心配じゃないのかよ!」
「心配に決まっている!」
強い口調に強い口調で返され、でも彼はすぐに謝罪してくれた。
「すまない……」
「いや、オレこそごめん……心配じゃないはずないよな」
イェラーキはラディスの馬なのだから。
私なんかよりも全然心配に決まっている。
でも彼は団長だから、皆の前で動揺を見せたり出来ないだけだ。
「大丈夫だよ、きっと。さっきイリアスも言ってただろ。明日にはひょっこりと現れるって」
「……」
「ラディス?」
その眉根が寄せられたのを見て首を傾げる。
「あいつ、お前の正体に気付いているんじゃないか?」
「え?」
あいつって……と一拍置いてから私はぎょっと目を見開いた。
「え!?」
ラディスが機嫌悪そうに続ける。
「お前を守りたいと言い出したときにそう感じただけだが」
「ま、まさか……」
確かにイリアスの前で変身はしたけれど、でもあのときあいつは正気ではなかったはずで。
「でも、だって、あいつそんなこと一言も」
「だから、お前もその可能性を考えて行動しろ」
睨むように言われて、私は何も返せなかった。
(イリアスが私の正体に気付いてる……?)
「そろそろ戻るぞ」
「う、うん……」
しかし。
皆のいる拠点に戻り、私たちは再び驚愕することになる。
「……っ」
今度は声も出なかった。
――その場には、誰もいなかった。
ついさっきまでいた皆が、4人とも忽然と消えていたのだ。




