男装聖女は騎士見習い 5
深い緑に見つめられ、だらだらと冷や汗が出てくるのを感じた。
――なんで。
聖女の変身の力は完璧のはず。
同室のイリアスにだって一年共同生活をしていてバレていないのに、一体なんで。
「……なんのことでしょうか?」
一先ず、しらばっくれることにする。
……まだバレたと決まったわけじゃない。
今や国を挙げて聖女探しをしているのだ。例の噂もある。
男女問わず怪しい人物全員に鎌をかけている可能性だってある。
「聖女って、オレは見ての通り男ですが?」
「……確かに、どう見ても男だな」
「ですよね? なのに聖女って」
「だから、何を企んでいるのかと訊いている」
冷たい視線を受けて、汗ばんだ手を握る。
(どうする? このまま白を切るか?)
「企むって……オレは団長も御存知の通り、騎士になるため日々努力しているだけですが」
はぁ、とラディスは大きな溜息を吐いた。
「野盗ごときでピーピー泣いていたお前が騎士になどなれるはずがない」
「あのときは色々突然過ぎてちょっとパニックになっていただけだ!」
そう声を上げてからハっとする。
ふん、と奴が馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「認めたな」
「ぐっ……」
奥歯を噛む。
思い出したくもない失態を蒸し返されて思わず素が出てしまった。
しかしこれではっきりした。
怪しい人物全員に声をかけていたわけではない。こいつは私の正体をわかった上で私をこの場に呼び出したのだ。
「……なんで、わかったんだ」
敬語で話すのが急に馬鹿らしくなった。
バレてしまった以上、やはりこの寄宿舎から追い出されるのだろうか。
折角一年ほど頑張って来たのに、一度も試験に受からないまま終わりなのか。
「質問をしているのはこちらだ。城に入り込んで一体何を企んでいる」
「……聖女が騎士を目指したらいけないのか」
睨みつけながら言うと、ラディスの片眉がぴくりと跳ねた。
「本気で騎士になりたくてここにいると?」
「悪いかよ」
本来の目的は違ったが、今は本気で騎士になりたいと思っているし、今その道が途絶えそうで本気で悔しいと思っている。この気持ちは嘘ではない。
「……なぜだ」
「は?」
「なぜ騎士の道を目指す」
隠すことでもないので私は正直に答えることにする。
「向こうの世界でも小さな頃から『剣道』って剣術を習ってて、この世界でも自分の力を試してみたかったから」
「お前には聖女の力があるだろう」
「聖女の力は反則みたいなものだし。まぁ、その力で男にはなってるけど、自分の力で騎士になりたいと思ったんだ」
「……それも、やはり聖女の力なのか?」
ラディスが私の身体を見ながら言った。
私も自分の身体を見下ろし頷く。
「ああ、凄いよな。どこからどう見ても完璧な男だろ?」
「元の姿に戻ってみろ」
「……わかった」
私はふっと一度全身の力を抜いてから心で「戻れ」と念じる。
すると全身が淡く輝きだし、その光が消えたときには元の女の姿に戻っていた。
さっぱりと短かった髪も、元の長い髪に戻っている。
「見事なものだな」
「……いつから気付いてたんだ? 私だって」
「お前が見習いとして入って来た時だ」
(最初っからかよ!)
そこで私はハっとする。
もし最初から気付いていたのだとしたら。
「まさか私の正体を知ってて、わざと昇級試験落としてたのか!?」
「それはない。単にお前が未熟だからだ」
「……あ、そう」
それはそれでショックで肩を落とす。
「お前の剣には妙な癖がある」
「え?」
「幼い頃から剣術を習っていたと言ったな」
「あ、ああ。一応、向こうじゃ結構強い方だったんだ」
負け惜しみにしか聞こえないが言うと奴は続けた。
「基本は出来ている。体幹もしっかりしている」
「え……」
――まさか、今、褒められた?
あの冷徹騎士団長が、褒めた?
私がぽかんと口を開けていると彼は続けた。
「だが俺たち騎士の扱う剣とは違う。お前のそれは人を殺さない剣だ」
どきりとする。
それは、薄々感じていた。
剣道はあくまで競技。スポーツだ。
今私が騎士見習いとして鍛錬を積んでいるのは、戦で人を殺すための剣。
「その癖が抜けない限り、昇級試験には受からないと思え」
「……はい」
低く返事をしてから、ふと気付いて顔を上げる。
「え?」
「なんだ」
「や、えっと……私、まだ此処に居ていいんですか?」
「騎士になりたいのだろう?」
「は、はい!」
思わず声を張り上げ返事をしていた。
てっきり追い出されるものだと思っていたが、まだ居ていいのだとわかって興奮を覚える。
(なんだよ、こいつ思ったよりいい奴じゃん!?)
「他には何が出来る」
「え?」
「聖女の力でだ」
「あー、傷を治したり、空を飛んだりとか?」
「空を?」
初めて驚いたようにラディスが目を見開いたのを見て、私は得意になって胸を張る。
「凄いだろう。私の一番のお気に入りだ!」
「俺も飛べるか?」
「は?」
その緑の目が、子供のようにキラキラと輝いて見えるのは私の気のせいだろうか……?