男装聖女は感謝される 1
「トーラ!」
「え?」
イリアスと共に食堂に入った途端あちこちから名を呼ばれたかと思うと、顔見知りの奴らが一気にこちらに駆け寄ってきた。
「もう大丈夫なのかよ、トーラ」
「マジで大変だったな」
「お前がいてくれてホント助かったよ」
「え、えっと……」
戸惑っているとイリアスが小さく私に耳打ちした。
「今お前はこのレヴァンタ騎士団を救った超有名人だからな」
「えっ」
「トーラ、本当にありがとな」
「すげぇよトーラ!」
皆に称賛されて少し照れくさくなって「いやあ」と苦笑していると。
「トーラにそんな才能があったなんてなぁ。俺もどっか調子悪くなったら今度診てもらっていいか?」
「俺も俺も!」
そんなふうに言われて今度は焦ってしまう。
「いや、でもほんと大したことは出来ないんだ。今回はマジで運が良かっただけでさ」
さっきイリアスにも言った台詞を繰り返す。
すると、見習いのひとりが言った。
「でも言われてみればさ、たまにトーラそういうとこあったよな」
「え?」
「俺が頭痛かった時に、ここ冷やすと楽になるかもよって言われてさ」
米神を押さえ彼は続けた。
「そしたらマジで良くなったんだよ」
「そ、そんなことオレ言ったっけ?」
昔、片頭痛が酷かったときにネットで調べた方法だ。
更にもうひとり、同期の奴が声を上げた。
「あー、それなら俺もだ。腹が痛くてヤバかったときにさ、へそより上か下かって訊かれたから上だって答えたらそりゃ腹じゃなくて胃だ、ホットミルクでも飲んでちょっと横になってりゃ良くなるって、ほんとに治って驚いたもんな」
それも、自分が胃が痛くなったときによくやっていたことだ。
確か施設にいた頃、誰かに教わったのだ。
(マジで、向こうのちょっとした知識が役に立ってたんだな)
ラディスの言ったとおりだ。
「やっぱすげーよ、トーラ」
「トーラがいれば俺らは安泰だな」
と、そんなときだ。
「トーラ!」
聞き覚えのあるデカい声に「げっ」と思いながら視線をやれば、案の定あの腹の立つチンピラ風の男が仲間を引き連れてこちらにやってくるではないか。
なんの用だと嫌な顔をしていると、奴は私の前まで来てガバっと頭を下げた。
「これまですまなかった!」
「……へ?」
まさかの謝罪に私が気の抜けた声を返すと、顔を上げ奴は続けた。
「昨日、俺のダチがおめえの世話になった」
彼の視線の先には、確かに昨日解呪した覚えのある若い騎士の男がいた。
確か一番暴れて大変だった奴だ。
その彼が私に頭を下げる。
「昨日は本当にありがとうございました。君がいなかったらと思うと、本当にぞっとする」
タイプは大分違うが、どうやら彼とチンピラ男は友達らしい。
そしていつも私を嘲笑っていたチンピラ男が、真面目な顔で言った。
「これまでのことを詫びてぇ。本当に悪かったと思ってる。殴ってもらっても構わねぇ。いや、むしろ気が済むまで殴ってくれ」
「いやいや、殴らねーよ! そこまで酷いことされてないし!」
私は慌てて答える。
確かにムカついてはいたけれど、何も殴るほどではない。
「いや、それじゃあ俺の気が済まねぇ。気にせずやっちまってくれ」
「いや、だから」
「んじゃーさ、代わりに俺が殴っていいか?」
「は?」
そう言って私たちの間に入ってきたのはイリアスだ。
「トーラからちらっと話聞いてムカついてたんだよなぁ。お前かぁ、トーラ突き飛ばしたり嫌がらせしてた奴ってのは」
イリアスが怖い笑顔でバキバキ指を鳴らしながら言うと、流石のチンピラ男も顔を引き攣らせた。
チンピラ男の方が図体はデカいが、彼はまだ私と同じ見習い。正式な騎士となったイリアスのことをちゃんと上に見ているのだろう。
私は慌てて止めに入る。
「イリアス! ほんとにもう全然気にしてねーから! こんなとこ団長にでも見られたらお前もヤバイだろ!? いいって、この話はこれで終わり。な!?」
イリアスを宥めつつ、私はチンピラ男に笑顔で言った。
「お前もさ、友達が無事で本当によかったな!」
「トーラ、おめえ……っ」
チンピラ男が急に目を潤ませ顔を赤くしたかと思うと、いきなり凄い力で抱きしめてきてビックリする。
「マジで良い奴じゃねーか! 俺は感動したぜ!」
「ぐ、ぐるし……っ」
「おいこらトーラに触んな!」
イリアスがそう怒鳴り筋肉隆々な腕から私を救い出してくれた。
げほっと少し咳き込んでいると、イリアスはチンピラ男をマジな顔で睨み上げた。
「お前、トーラを潰す気か?」
「わ、悪かったよ。つい力が入っちまって。――そ、そういうわけだから、これからもよろしく頼むな。トーラ!」
「あ、ああ」
イリアスから逃げるように仲間とともに行ってしまったチンピラ男を見送って、私はふうと息を吐く。
周囲にいた奴らもほっとした表情だ。
イリアスだけがふんっと鼻息荒くまだそちらの方を睨みつけていて、私はその背中をぽんと叩いた。
「ありがとな。でも、お前も熱くなり過ぎだし」
「だってよ……」
ぶすっとした顔でイリアスが何か言いかけたそのときだ。
「でもさ、あの聖女様がまさか魔女だったなんてなぁ……」
誰かのため息混じりのその一言で、一気にその場にいた皆が俯いてしまった。
「見事に騙されて、俺等バカみたいだよな……」
みんなあんなに彼女に憧れていたのだ。
それがまさか魔女で、皆を呪おうとしていただなんてそりゃショックだろう。
「本物の聖女様は、一体どこにいるんだろうな」
そんな声が聞こえてきてギクリとする。
「聖女様がいたらさ、呪いなんて簡単にパーっと治してくれたんだろうし」
(簡単にパーっとってわけにはいかなかったけどな……)
私だって皆を騙しているのだ。胸が痛む。
「俺はさ、もう聖女様を待つのはやめた」
「え?」
皆がイリアスを見た。
「聖女様に傾倒してさ、聖女様がいれば俺達は大丈夫だって油断がそもそもいけなかったんだ。今回のことで俺は反省したよ」
「イリアス……」
「だから俺はさ、聖女様がいてもいなくても関係ない強い騎士になるって決めた」
その真面目でまっすぐな顔を見て、皆言葉を失ったようだった。
いつものようにそんな彼を茶化す奴もいない。しかし。
「君にしては、マトモなことを言うじゃないか」
その声はザフィーリだった。
いつからいたのか、皆の後ろで珍しく機嫌良さそうに口端を上げている。
それを見てイリアスは少し恥ずかしそうに嫌な顔をした。
「ザフィーリ……いたのかよ」
「僕も同意見だ。今回の件でわかっていることはひとつ。トーラがいなかったら僕たちは終わっていたってことだ」
その言葉に、ごくりと誰かが唾を飲み込んだ。
「……そう、だよな」
「ほんとだよ」
「マジでありがとな、トーラ」
また皆の視線と感謝が私に集中して、焦ってしまった。
そんな騒がしい朝が過ぎ、さぁ今日も馬の世話だと意気込んで厩舎に向かっている時だ。
「トーラ!」
「ラディス、団長!」
彼が急いだ様子で私の元へと駆けてくる。
その様子を見て魔女のことで何か新しい情報でも入ったのだろうかと緊張が走る。
――しかし。
「王陛下がお呼びだ。一緒に城へ来てくれ」
「……えっ!?」
一拍置いて、私の口から素っ頓狂な声が漏れていた。




