男装聖女と騎士団長の休息 1
「というか、ここは……?」
キョロキョロとその部屋を見回す。
今私たちがいる大きなベッドとチェストくらいしか置いてないシンプルな寝室だ。
分厚いカーテンの向こうが明るくて、もう朝だということはわかったけれど。
「俺の寝室だ」
「ラディスの?」
ということは前に入ったあの部屋の続き部屋だろうか。
しかしなぜ私がラディスの寝室で寝ているのかやっぱり意味がわからない。
「元気そうで安心した」
「え?」
言いながらラディスも起き上がった。
「昨夜、意識を失ったことは覚えているか?」
「意識を? ……あっ」
思い出した。というより思い当たった。
昨夜、13人目の解呪に成功したところまでは覚えているが、そこで記憶がぷつりと途切れている。
「藤花の姿のまま倒れたからな。この部屋に運ぶしかなかったんだ。皆に見られないように運ぶのはなかなか大変だったぞ」
そう説明されて慌てる。
どうやらかなり面倒を掛けてしまったようだ。
「そ、そうだったのか。悪かった」
「いや、謝ることはない。お前は本当によくやってくれた。お陰で今のところひとりの被害者も出ていない」
それを聞いて改めてほっとする。
「心から感謝している。お前がいてくれて本当に助かった」
騎士団長の顔でお礼を言われ、少し照れくさくなった。
「だが、お前には随分と負担をかけてしまった。すまない」
今度は頭を下げられて私はぶんぶんと両手を振る。
「いやいや! 昨日はちょっと気が抜けただけで、今はもう全然平気だし!」
しかしラディスは信じていないようで眉を寄せた。
「本当か? 無理はしていないか?」
「大丈夫だって! 皆が無事で本当に良かったし、それに、これでフェリーツィアに勝てたことになるしな!」
ぐっと拳を握りしめ笑うと、ラディスは目を丸くしてからふっと相好を崩した。
「お前らしいな」
「だって悔しいだろ。あいつの目論見通りになるのは。それで、あいつの行方は?」
ラディスは首を振った。
「門番が言うには、キアノスが倒れる少し前にすぐに戻ると言って城を出たそうだ。下手に追って他に仲間がいるとも限らないからな。悔しいが今は何も出来ん」
「そうだな……」
相手は特別な力を持った『魔女』だ。
それにバラノスに現れた魔女の件もある。仲間はいると考えた方がいい気がした。
「だが、このままで済ますつもりはない」
その緑の目に静かに怒りの炎が揺らめいていて、思わずごくりと喉が鳴ってしまった。
(そりゃ、怒るよな。仲間が皆大変な目に遭ったんだから……)
と、そんな私に気付いたのかラディスが話を変えるように言った。
「それよりお前の、トーラのことだが」
「トーラの?」
「昨夜の一件で、流石にお前に疑念を持った者が多くいると思う」
「!」
そうだ。
昨夜、私はラディスとふたりで解呪に奔走した。
傍から見たら、なんでただの騎士見習いのあいつが団長と? となるのは当然だ。
それに、ラディスとの例の噂もある。
今だって自室には戻らず、こうしてラディスの部屋にいるわけで。
「そこでキアノスと考えたのだが」
「副長と?」
そういえば副長にはもう私が聖女だとバレているのだ。
「トーラには実は医術の心得があることにした」
一瞬、話に付いていけなくて思考が停止した。
「……は? 医術? あることに「した」って……」
「昨夜、解散前に皆にそう説明した。だから手伝ってもらったのだと」
「はあ!?」 と思わず大きな声が出てしまった。
「いやいやいや、私そんな、医術の知識なんて何も持ってないけど!?」
「勿論ハッタリだが、解呪の力や怪我を治す力があるのは事実だろう」
「それは、そうだけど……」
「それに、昨日お前のいた異世界の話を聞くに、この世界よりも随分と文明の進んだ世界のようだ。俺たちの知らない知識を持っているのも確かだろう」
「そ、そうかもしれないけど、でも医術なんて……」
「それが、一番皆が納得する答えだと判断した。勝手にすまない」
「……」
確かに、皆にはキアノス副長のように全てをバラすことはできないけれど……。
私は視線を落とし言う。
「実は……イリアスには本当のことを話そうかと思ってたんだ。副長みたいに」
「あいつに?」
「もう、これ以上嘘を吐いていたくなくて」
「ダメだ」
「え?」
即答され顔を上げると、ラディスが怒ったような不機嫌な顔をしていた。
「で、でも、イリアスだってきっと副長みたいに皆には内緒にしてくれると思うし」
「もしあいつに話すというなら、お前の部屋を変える」
「は!?」
それを聞いて、ついカチンと来てしまった。
「そんなの横暴だろ!」
「お前が女だとわかっている奴と同室にするわけにはいかない」
「なんだよそれ!」
納得行かなくて睨みつけると、ラディスはそんな私からふいと視線を逸らした。
「……俺自身が耐えられない」
「え?」
「それでなくともお前とあいつが同室というのが気に喰わないというのに」
「はあ?」
と、ラディスは私と視線を合わせ必死な顔で続けた。
「惚れた女が毎日別の男と同じ部屋で寝ているんだぞ? 普通に腹が立つだろうが!」
(……は?)
思わずぽかんと口が開いてしまった。
(惚れた女が、別の男と……?)
「本当は今すぐにでもお前を一人部屋にしたいくらいだ。これでも相当我慢しているんだからな!」
そこまで一気に言い切ってから、私の驚いた顔を見て我に返ったらしい。
ラディスはバツが悪そうに手で顔を覆った。
「……すまない。ただの醜い嫉妬だ」
その顔が赤く染まっていて、こちらの顔までじわじわと熱くなってくる。
「だから、頼む。あいつにはこれまで通り黙っていて欲しい」
「……わかった」
こくりと頷いていた。
そんな顔でそこまで言われたら頷くしかなかった。
大事に思われていることがわかって嬉しかったのもある。それと。
(ちょっと可愛いとか、思ってしまった)
イリアスにはまた嘘を吐き続けることになってしまうけれど……。
――と、そのとき彼の目元に酷いクマが出来ていることに気がついた。
「もしかして、昨日から寝てないのか?」
「え? あ、ああ。後始末諸々と報告を済ませて部屋に戻ってきたのがつい先ほどだ。この後また城に戻らねばならんしな」
そうだ。
彼は騎士団長で、危機が去ったからと言ってハイ終わりではないのだ。
「少しでも眠った方が良くないか」
「このくらい大したことはない」
本当に平気だろうか。
確かに体力は私なんかよりずっとあるだろうけれど。
でも、昨夜仲間が何人も死にかけたのだ。
急に彼のメンタルの方が心配になった。
「そうだ。私が癒やしてやるよ!」
「は?」
私は彼の手に自分の手を重ねた。
人を癒すなんて実は試したことはないけれど、昨日呪いを解くことが出来たのだ。
癒すことなんて簡単に出来る気がした。
なのに、ラディスは首を振った。
「いや、いい」
「なんで」
「お前はしばらくあまり力を使わない方がいい」
「でも」
「そのかわり、」
「え……っ」
ぐいとその手を引かれたかと思うと、そのまま抱きしめられた。
「しばらくこうさせてくれ」




