男装聖女と魔女 8
イリアスの手から解放され私は激しく咳き込みながら、涙目で彼を見上げる。
「うあっ、ぐぅうああ……っ!」
頭を抱え悶え苦しんでいる彼の腿に手を当て、私は目を瞑り再び集中する。
( 呪いよ、消えろ! )
イメージの中で彼に渦巻く黒煙に触れながら強く、祈るように念じる。
「――っ!?」
するとイリアスの身体は一度硬直し、ガクンっと糸が切れたようにそのまま私の上に倒れ込んできた。
「イリアス……?」
私の胸の上でぴくりとも動かない友人に一瞬最悪な事態を思い浮かべるが、少しして規則正しい呼吸音が聞こえてきて、ふぅと息を吐く。
――なんとかなったみたいだ。
ドカッ! とそのとき凄まじい音と共に部屋の扉が開かれた。
「藤花……っ!?」
ラディスは、ベッドの上の私たちを見て大きく目を見開いた。
「ラディス……」
力が抜けてこの体勢から動けそうにないが、私は彼を安心させるように微笑む。
するとラディスは大股で部屋の中に入ってくると私の上のイリアスの首根っこを掴んでポイっと床に投げ捨てた。
「あっ!」
「あっ、じゃない! お前は何をやっているんだ!」
怒鳴られながらベッドから起こされそのまま強く抱きしめられた。
……どうやら心配をかけてしまったらしい。
そういえば、合流するまで何もするなと言われていたことを思い出し一応謝る。
「ご、ごめん。イリアスの奴、呪いにやられて正気じゃなくなってたからさ、早くなんとかしなきゃと思って」
「……っ、お前は、大丈夫なのか?」
身体を離したラディスの視線が、私の首元でぴたと止まる。
ヤバっと私は顔が引きつるのを感じた。
あれだけ強く絞められたのだ。イリアスの手の跡がまだ残っているのかもしれない。
震える大きな手が私の首に触れる。
「まさか、」
「あ、あ~、……ほんのちょっとだけ首絞められちゃって」
アハハと空笑いしながら言うと、ラディスの顔が驚きや怒り、心配や安堵などもう色んな感情が複雑に絡み合ったような可笑しなことになった。
「〜〜っ、こっの、馬鹿者がっ!!」
もう一度強く怒鳴られ、再び思い切り抱きしめられる。
「馬鹿ってことはないだろ。ちゃんとうまくいったし」
「そういう問題ではない!」
と、そこで私はハっとする。
「そ、そういえば、ザフィーリは?」
彼に今の藤花の姿を見られるのは、イリアスよりマズイ。
私は……トーカは、もう田舎に帰ったことになっている。
(それに、こんなラディスから抱きしめられているところなんて見られたら……)
恐る恐る視線を向けるが蝶番が外れ半壊したドアの向こうには誰もいなかった。
「あいつには、他の仲間の様子を見に行くように言った」
「そうか……」
ほっとした、そのときだ。
「うっ……」
床からイリアスの呻き声が聞こえて私は再び慌てる。
キアノス副長も呪いを解いた後はすぐに気がついたようだった。
私はラディスの身体を引き剥がそうと力を入れるが彼の腕は全く緩まない。
「ラディス!」
「……」
「イリアスに見られるから!」
「見せてやればいい」
「はぁ!?」
私は焦りまくり、とにかくトーラの姿に戻ることにした。
(だって、もしかしたらイリアスの奴覚えてないかもだし!)
先ほど藤花の姿に戻ったときの彼の反応は、正気のものではなかった。
腕の中で私の身体が一回り大きくなったことに気づいたのだろう。
ラディスは小さく舌打ちをして漸く私の身体を離してくれた。
「……あれ? なんで、俺……?」
むくりと床から起き上がったイリアスが周囲を見回し、その視線がまずラディスを見つけた。
「らっ、ラディス団長!?」
びしっとその場で勢いよく立ち上がったイリアスを見て、改めてほっと安堵する。
(いつものイリアスだ……)
呪いは完全に消え去ったみたいだ。
そして、イリアスは次いで私を見下ろした。
「トーラ……?」
その目には戸惑いの色がありありと浮かんでいて、これはどっちの反応だろうかと私はとりあえず苦笑いを浮かべた。
「イリアス、大丈夫か?」
「え? えっと、俺、一体何を……?」
私たちを交互に見つめ首を傾げたイリアスを見て、これは全部覚えていなさそうだと胸を撫でおろす。
でも同時に、またこのまま彼を騙し続けることになるのかと複雑な思いがした。
「お前は魔女の呪いに侵されていたんだ」
ラディスがベッドから立ち上がりながら冷たく言い放った。
イリアスが目を瞬く。
「魔女の、呪い?」
「そうだ。聖女からお守りを受け取っただろう」
「え? あ、はい……」
私をちらりと見ながらバツが悪そうに頷くイリアス。
「あの女は聖女ではなく実は魔女で、お前が受け取ったものは呪いの媒体となるものだ」
「!?」
イリアスが目を丸くした。
「そして、お前はこのトーラを殺そうとした」
「なっ!?」
「お、おいっ」
イリアスがショックを受けたようにこちらを見下ろし私は慌てた。
(言わなくてもいいことを……!)
ラディスを睨みつけるが、彼はこちらを見てはいなかった。
「俺が、トーラを……?」
「そうだ」
「だ、大丈夫だから! なんともないから!」
言いながら思わず、首の跡を隠そうと手をやったのが失敗だった。
彼の目がその場所を見て大きく見開かれる。
「それ、俺が、やったのか……?」
「あ、いや、だからお前のせいじゃなくて、呪いのせいだから! 気にするなって!」
そう笑いながら言うが、しかしイリアスはその場で膝をついて頭を下げた。
「ごめんトーラ! 許してくれ!」
「いやいやいや、だから大丈夫だって!」
「大丈夫ではないだろう」
「ラディス!」
もう一度彼を睨み上げてから、私はまだうまく力の入らない足でなんとかベッドから降りイリアスの肩に手をやった。
「イリアス、本当に大丈夫だから。顔を上げてくれ」
「トーラ……でも、俺、とんでもないことを……」
「イリアス! 今はそれどこじゃないんだ!」
私が強く言うと、イリアスは漸く顔を上げた。
私は真剣に続ける。
「呪いにやられてるのはお前だけじゃない。副長が倒れたのもそのせいだったんだ。聖女様にお守りをもらった奴ら皆が危ない」
「え……?」
「お前の他にいないか? お守りをもらった奴」
「何人か、知ってるけど」
「!?」
私は驚きラディスの方を見上げた。
ラディスは苦い顔で頷いた。
「イリアス、そいつらのところに今すぐ案内してくれ」




