男装聖女と魔女 7
――ヤバイ!
咄嗟に、私は後ろにいるザフィーリを部屋の外へと突き飛ばした。
「なっ!?」
ザフィーリが目を剥きそんな私を見ていた。
――あの黒い煙はきっと私にしか見えていない。
そして、あれは普通の人が触れたらヤバイものだと直感でわかった。
「逃げろ!」
そう叫び、驚いた顔で何か口を開きかけたザフィーリの目の前で私は勢いよく扉を閉めた。
それからすぐに振り返り、後ろ手に鍵を掛けながらイリアスを見つめる。
彼は最早、憤怒の形相でこちらを睨みつけていた。
「イリアス……お前、呪いにやられちまったのか?」
「……」
彼は答えない。
ただ、フー、フー、とまるで手負いの獣のような荒い息を吐いている。
背後のドアノブがガチャガチャと回され、次いでドンドンっと激しく叩かれる。
「トーラ開けるんだ! そいつは正気じゃない!」
ザフィーリも気付いたようだ。
彼の顔つきは明らかにいつもの彼じゃない。
(こんなの、イリアスじゃない)
先程の拒絶の言葉は彼の本心から出たものかもしれないが、違う。これは、今の彼はイリアスじゃない。
きっとこれも呪いの力なのだろう。
魔女の呪いはキアノス副長のように体力を奪うだけではないのだ。
なんて厄介なんだろう。舌打ちをしたい気分だった。
でも、なんとかして彼を助けなくては。
(それが出来るのは聖女の私だけだ……!)
「イリアス、彼女から受け取ったものを渡してくれ」
彼をまっすぐに見つめ手を差し出しながらゆっくりと近寄っていく。
すると、イリアスはシャツの胸ポケットを手で押さえた。
「渡さない。絶対に。これは、俺が聖女様から戴いたものだ」
その仕草を見て、あのポケットに『それ』はあるのだとわかった。
徐々に彼に近づいて行きながら、一応の説得を試みる。
「イリアス、彼女は聖女なんかじゃない。彼女は魔女だ」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「嘘だ。俺は信じない。お前の言うことなんて、俺は信じない!」
ズキリと、その言葉に胸が痛む。
正気ではないかもしれないが、それは彼の本音な気がした。
「イリアス、頼む。オレはお前を助けたいんだ」
「そんなことを言って、これを奪うつもりだろう。絶対に渡すかよ」
やはり、説得は通じないようだった。
……どうする。
飛びかかって力づくで奪うか?
でもイリアスに力で敵うとは思えない。男の、トーラの姿だとしても力の差は歴然としている。
やはり先ほどのキアノス副長のように聖女の力を使うしかないのだろう。
しかし、そのためには元の姿に戻らなくてはならない。
(イリアスの前で、藤花に……)
ぎゅっと手に汗を握る。
彼に、本当は女だということがバレてしまう。
ずっと彼を騙していたことがバレてしまう。
……でも。
そのとき、私の机に先ほど食べ損ねた夕飯のトレーが置かれていることに気付いた。
私が腹を空かせているだろうと、彼がこの部屋まで運んでくれたのだろう。
(……っ、大切な友達の命がかかってんだ。躊躇ってる時間はない)
嫌われたっていい。
辛いけれど、これまで彼を欺いてきた報いだと受け入れよう。
私は覚悟を決め、彼に微笑みかける。
「イリアス、今助けてやるからな」
「……?」
そして、私は一度深呼吸をしてから元の姿へ戻れと念じた。
女の姿へと変わっていく私を見て、イリアスは驚くのではなく気味悪そうに顔を顰めた。
「誰だ、お前……?」
すぐに目を瞑り、私は先ほどキアノス副長の呪いを解いたときのように集中する。
彼の身体に触れてはいないけれど、一か八かだ。
するとあのときのようにイメージが浮かんできて、彼の身体にあの黒煙がぐるぐると巻き付いているのが見えた。
やはり、あの胸ポケットの位置が一番どす黒く歪んでいる。
( 呪いよ、消えろ! )
触れていない分、先ほどよりも強く、強く念じる。
そしてイメージの中で私はその黒煙に手を伸ばした。
途端、イリアスが苦しそうな呻き声を上げた。
「うっ……な、なんだ」
その身体が先ほどの副長のように淡く輝き出したのを見て、私は確信する。
行ける。これでイリアスを助けられる!
( 消えろ。今すぐにイリアスから出ていけ! )
――しかし、そのときだ。
ドンっ! と、背後から大きな音がして、私の集中はそこで途切れた。
「トーラ、何をしている! ここを開けろ!!」
それはラディスの声だった。
おそらく体当たりで開けようとしているのだろう。
すぐにもう一度、部屋が揺れるような大きな音がして背後に視線をやった。――その一瞬の隙を突かれた。
「ぅぐっ!?」
気付けば目前にいたイリアスに首を鷲掴みにされた。
そのまま凄まじい力で宙に持ち上げられたかと思うとモノのように放り投げられた。
「――っ!」
投げられた先は彼のベッドだった。
背中を強く打ち付け息がうまく出来ず喘いでいると、イリアスは私の上に馬乗りになってきてもう一度私の首に手を掛けた。
「く……、イリ、ア……スっ」
苦しい。痛い。苦しい……っ!
私を見下ろす友人の目にはなんの感情も映っていなかった。
ギリギリと容赦なく首に食い込んでくるその両手に、視界が霞んでくる。
(……両手?)
イリアスの両手が今私の首にかかっていることに気付いた私は、彼の胸ポケットに震える手を伸ばす。
なんとか手探りで見つけた小袋をポケットから取り出すとそれを握りつぶしながら私は強く願う。
( 呪いよ、今すぐ消えてなくなれ……! )
「――っぐ、あああああぁぁーー!!」
イリアスが絶叫を上げた。




