男装聖女は騎士見習い 4
そして、その夜。
ラディスの部屋の前に立ち、私はなかなかノックの手を出せずにいた。
この緊張感には覚えがあった。
中学の頃、担任教師から職員室に来いといきなり呼び出しを食らったときも、こうして職員室のドアの前に立ちなかなかノックすることが出来なかったのだ。
そのときは結局大した用ではなくて、安堵と共になんだよと少し腹が立ったのだけど。
だが今回はそのときとはまた少し緊張の質が異なっていて。
(イリアスが変なことを言うからだ)
「お前、もしかしてラディス団長に気に入られたんじゃねーの?」
「は?」
先ほど、食堂で夕飯を食べていたときのことだ。
イリアスが妙な顔つきで言ったのだ。
ちなみに今夜の夕飯のメニューはオートミールのミルク粥。豆や野菜と一緒にトロトロに煮込まれていて美味しかった。
「ほらお前言ってただろ、目の敵にされてるって」
「言ったけど、でもお前そんなわけないって」
「あのときはそう思ったけどさ、でも夜に自室に呼び出しって流石に意味深過ぎないか?」
「意味深? ……って、はぁ!?」
その意味に気づいて思わず声がひっくり返ってしまった。
「いや、だって、オレ男だぞ!?」
スプーンを置いて自分を指差す。
そうだ、今私はトーラで、見た目は完全に男なのだ。
あいつも男で、だからそんなことあるわけない。
するとイリアスは私の顔を指差した。
「でもお前童顔だし、ありえなくないだろ」
「ど、童顔!?」
そんなの初めて言われた。
そういえば日本人は外国人から幼く見られると聞いたことがあるけれど、この異世界でもそうなのだろうか。
「いや、でも、だからって……」
私が困惑していると、イリアスが急に優しい微笑みを浮かべた。
「頑張れよ、トーラ」
「何をだよ!」
思わず強く突っ込んでいた。
(……あの男、そういう趣味があるのか?)
ラディスに迫られる自分、いや、トーラを想像して渋面になり、私はぶんぶんと首を振った。
(いやいや、あの男がそんなことで呼び出すわけないだろ)
この一年ほど、部下目線であいつの人となりを見てきたが、まさに噂通りの『冷徹騎士団長』。
イリアスの言う通り誰に対しても厳しく常に怒鳴り声を上げ、優しい言葉を掛けたり笑ったりしたところなんて一度も見たことがない。
皆、よくそんな男の元で頑張っているものだと思う。……自分含め。
現代の日本なら確実にパワハラで訴えられているだろう。
だがそれは、奴の強さが確かだからなのだ。
カリスマ性があるというのだろうか、騎士見習いのほとんどがラディス団長に少なからず憧れの気持ちを抱いている。イリアスだってその一人だ。
私も一度だけ、騎士たちがその技量を競う競技会で奴の戦いぶりを観たことがあるが、不覚にも目を奪われた。
皆が奴に憧れる気持ちがわかった気がした。
2年前、私がこの世界に来てすぐに一度勃発した隣国バラノスとの小規模な争いでも奴は大活躍したそうだ。
その功績を称えられ、今の騎士団長の座に着いたのだと聞いている。
そんな奴がだ。
まさか、そんなくだらない理由で私を呼び出すわけがない。
それよりも私が恐れているのは。
(まさか、私の正体がバレた?)
そんなはずはないと思いながらも、嫌な予感がした。
もしバレていた場合、何を言われるのだろう。
(聖女として名乗りをあげろ?)
その力には頼らないと言っていたけれど、忠誠を誓っている国王の困り様を見て流石に黙っていられなくなったのだろうか……?
――そんなことをアレコレ考えているうちに結構な時間が経っていたようで。
「いつまでそこにいる気だ」
「!」
そんな苛ついた声が扉の向こうから聞こえてきてビクッと両肩が上がってしまった。
……気配で気づかれていたみたいだ。いつからだろう。恥ずかしいったらない。
「早く入れ」
「……失礼します」
一度大きく深呼吸をしてから、私は目の前の両開きの扉を開いた。
騎士団長の部屋は思っていたより狭かった。
勝手に豪華絢爛な部屋を想像していたが意外と質素で物もそんなに置いていない。
(それでも私たちの部屋よりは広いな)
そしてこの部屋の主であるラディスは正面にある机の向こうに座っていた。
書き物の最中だったのか、私が扉を閉め背筋を伸ばし気をつけの姿勢で立つと奴はペンを置きこちらに視線をやった。
「……」
「……」
そのまま、ただじっと見つめられて顔が引きつる。
「……なんのご用でしょうか?」
訊くと、奴は漸く口を開いた。
「それはこちらの台詞だな」
「は?」
……どういう意味だろうか。
そっちが呼んだくせに。
「お前は何のために此処にいる」
「ええと……?」
「なぜ騎士になる道を選んだんだ」
「そ、それは」
質問の意図がわからずに戸惑っていると、その緑の目がすっと細められた。
「一体何を企んでいる。……聖女よ」
ざわっと全身が総毛立った。
(やっぱり、バレてる……!?)