男装聖女と魔女 6
つい先程まで食堂で一緒だったイリアスを思い出す。
普通に元気そうだったし、きっと大丈夫のはずだ。
もしサシェを受け取っていたら、ワケを話して捨てろと言えばいい。
私が聖女だとは言えないが、彼女が魔女だという話はもうしても構わないはずだ。
食堂と部屋どちらに行こうか迷って、先ずはここから近い食堂に駆け込んだ。
食堂にはもうちらほらとしか人は残っておらず、先ほど座っていた席にイリアスはいなかった。
私のトレーもなくなっていて、きっとイリアスが片付けてくれたのだろう。
結局夕飯はほとんど食べ損ねてしまったが、今はそれどころではない。
部屋の方に行こうと思ったそのときだ。
「君の分はさっきイリアスが部屋に持っていったようだよ」
「ザフィーリ」
入口近くのテーブルで彼がひとり静かに食事をとっていた。
そして私は彼も騎士だということを思い出し、慌ててそのテーブルに駆け寄った。
「ザフィーリ!」
「なんだい。血相を変えて」
「お前、最近聖女様から何かもらわなかったか!?」
「は?」
「サシェとか、なんかお守りだとか言って」
怪訝そうに眉を潜め、彼は首を振った。
「いや、何ももらっていないけどね」
それを聞いてホッとする。
「な、ならいいんだ」
「なんだい。今度は聖女様からの贈り物で揉めているのかい? 全く、君らも飽きないね」
「違うんだよ!」
思わずテーブルにバンっと手をつき大きな声を上げていた。
ザフィーリが驚いたように料理を口に運ぶ手を止めた。
「それが実は呪いで! そのせいで今日キアノス副長が倒れたんだ!」
「……どういうことだい?」
一応少し声を潜めて、私は続ける。
「彼女は聖女なんかじゃない。魔女だったんだ」
「君は……自分が何を言っているのかわかっているのかい」
その顔が不愉快そうに歪む。
すぐには信じられないだろう。当然だ。でも私は彼を真剣に見つめ続ける。
「今、団長と副長が動いてる。多分、もう彼女は城にいない。彼女の狙いは騎士だ。副長はなんとか助かったけど、もし他にもそのサシェを受け取った奴がいたら、そいつの命が危ないんだ!」
私の真剣さが伝わったのだろう。徐々にザフィーリの顔色が変わっていくのがわかった。
「ザフィーリ、誰かが彼女から何か受け取っているところを見たとか、最近急に元気がなくなった奴とか騎士の中にいないか?」
「いや、僕の周りには……」
首を振りかけた彼が、ピタリと動きを止めた。
「そういえば少し前に、イリアスが聖女様と話しているのを見かけたけれど」
「!?」
ゾワッと全身に鳥肌が立った。
私はすぐさま踵を返し走り出そうとして。
「待て!」
「え?」
「僕も一緒に行くよ」
そう言って、彼はトレーを持って立ち上がった。
「君が嘘をついているようには見えないし、ゆっくり食事をしている場合ではなさそうだ」
急いで返却口へと向かう彼の背中に、私は「ありがとう」とお礼を言った。
そして、私はザフィーリと共に自室へと急いだ。
「イリアス!」
バンっと勢いよく扉を開けると、着替え中だったらしいイリアスが驚いた様子でこちらを見た。
「な、なんだよ。びっくりすんだろ」
シャツ一枚のラフな格好になってクローゼットを閉めた彼は、私の後ろに立つザフィーリを見てあからさまに嫌な顔をした。
「なんでお前らが一緒に……」
「イリアス! お前、聖女様から何かもらったのか!?」
「え?」
ぎくりと彼の顔が強張るのを私は見逃さなかった。
そんな彼に詰め寄る。
「もらったんだな!?」
「や、えっと……」
「それ、今どこにあるんだ!?」
「な、なんだよ、そんなに怒ることないだろ?」
「怒ってるんじゃない! どこにあるのかって聞いてんだよ!」
すると、イリアスは急にムッとしたような顔をした。
「確かに隠してたのは悪かったけどさ、そんな目くじら立てなくたっていいだろ?」
「そうじゃなくて、」
「てか、お前だって俺に隠し事してんじゃねーか」
「え?」
じとりと睨まれて、私は目を瞬く。
「え? じゃねーよ。また団長から直々に呼び出されてよ。あの後大変だったんだからな。流石の俺ももう庇いきれねーって」
「そ、それは……」
今はそんな話をしている場合じゃないのに、親友の見たことのない冷たい表情に口が急にうまく動かなくなった。
はぁ、と大きなため息を吐いて、彼は私から視線を逸らした。
「もう俺、お前のことがわかんなくなってきた」
「イリアス……?」
「友達としてお前のこと信じたいのにさ、お前の方が俺に隠し事してるんじゃ、信じたくても信じられねーよ」
そんな拒絶の言葉を聞いて、スっと胃のあたりが冷たくなった。
彼にたくさんの隠し事をしているのは事実で、何も言い訳出来ない。
「ご、ごめん……」
思わず出ていた小さな謝罪の言葉に、イリアスがもう一度ため息を漏らす。
「謝られてもな……」
「話の途中で悪いけれど、今はそんな場合じゃないのでは?」
そう私の背後で呆れた声がした。ザフィーリだ。
「あ?」
「それで、君がその聖女様から受け取ったものはどこにあるんだい」
「なんでお前にそんなこと教えなきゃならねーんだよ」
不機嫌を隠さずにイリアスが答える。
「彼が言うには、それを持っていると危険みたいだよ」
「はぁ?」
それを聞いて私は顔を上げる。
そうだ。今はまずイリアスが受け取ったサシェを、『呪い』をなんとかしなくてはならない。
「そうなんだ。イリアス。それをオレに渡してほしい。お前が持っていたら危ないんだ」
「危ない? ……俺は聖女様からお守りだって戴いたんだけどな」
「お守りなんかじゃない。それは呪いのアイテムなんだ!」
途端、イリアスの顔が怒りに歪んだ。
「……お前らふたりで共謀して、俺からこれを奪おうとしてんのか?」
「え?」
「は?」
私とザフィーリの声が被った。
そんな私たちの前で、イリアスの顔つきが別人のように変わっていく。
「これは俺が聖女様からもらったもんだ。お前らに渡してたまるかよ!」
その怒声と共に、あの禍々しい黒煙が彼の身体から勢いよく噴き出すのを見た。




