男装聖女と魔女 4
キアノス副長は眉を寄せ怪訝な顔をした。
「本物って……なら、」
「あのフェリーツィアという女は偽物だ」
副長は絶句したように言葉を詰まらせた。
そんなキアノス副長にラディスは頭を下げる。
「すまない。そうとわかっていてお前に世話を任せてしまった」
「……なら、彼女は一体」
顔を上げ、ラディスは嫌悪感を露わに答える。
「あの女は、おそらく魔女だ」
「魔女……そうか、それで呪い」
合点がいったように呟き、キアノス副長はもう一度私の方を見た。
「トーラ、いや、藤花の方が本物の聖女だと断言出来る、その根拠は?」
「え……」
緊張が走る。
男に変身しただけでは信じてもらえなかったみたいだ。
しかし、そりゃそうだと自分で思った。
(だって、誰がどう見たってフェリーツィアの方が聖女様っぽいし)
「今、目の前でその力を見ただろう」
ラディスがそう言ってくれる。でも。
「それこそ魔女の幻術かもしれない。藤花の方が魔女で、君が騙されている可能性はないのかい?」
「キアノス、お前……っ」
一気に険悪なムードになってしまい私は慌てた。
「私も、自分が聖女だなんて未だに信じられません」
キアノス副長の視線がこちらに戻ってくる。
「藤花……?」
ラディスが心配そうに私の名を呼んだ。
――でも、ラディスが私が本物の聖女だと言ってくれたから。
彼が信じてくれたから、私も信じられるようになった。
私はそこでもう一度橘藤花の姿に戻った。
「でも、私が別の世界から突然この世界にやって来てしまったのは紛れもない事実です」
するとキアノス副長は目を細めた。
「聖女は異世界から現れる、か。君がいた世界とは、どんなところだい?」
「えっ」
予想外の問いに戸惑う。
(どんなところ……?)
のほほんと生きていただけなので、改めてその世界のことを説明しろと言われると難しい。
「えっと、私が住んでいたのは日本という国なんですが……なんといったらいいか……この世界と比べると色々なものが便利? です」
「へえ? 例えば?」
まず頭に浮かんだのはスマホだった。
「スマホと言って、こんな小さくて薄い機械で遠く離れた人と会話が出来たり、ゲームが出来たり、動画が見れたりします」
今ここに現物があったらどんなにいいかと思いながらジェスチャーを交えながら説明する。
「遠く離れた人と? それは確かに便利だね。『ドウガ』とはなんだい?」
「動く絵と言いますか、例えば今このときの私たちの姿や会話をそのまま残して、いつでもそれを見返すことが出来たり」
「そんなことが可能なのかい?」
「はい! ……あ、でもその仕組みについては私もよくはわかってなくて……」
きちんと説明できないことがもどかしかった。
(もっと色々ちゃんと勉強しておけば良かった……!)
「他には?」
「えーと……あ、馬の代わりに自動車や電車という乗り物があって、それに乗れば馬よりも早く移動できます。あ、あと飛行機という乗り物は500人とかいっぺんに空を飛んで遠い国へ行くことが出来ます」
「500人いっぺんに? そんな乗り物があったら戦のとき便利だなぁ」
「あっ、宇宙まで行く乗り物もあります!」
「ウチュウ?」
「空の、もっともっと上です」
天井を指差し私は少し興奮気味に続ける。
信じてもらうために必死だった。
「それに乗って月に行った人もいます!」
「月って、空の月かい?」
「はい!」
「それは凄いね。私も行ってみたいなぁ。それで、もっと他には?」
「え、えっと……」
「お前、楽しんでるだろう」
隣から呆れたような声が聞こえてきて私はぴたりと考えるのをやめた。
「……え?」
「だって、普通に興味深いだろう。まるで夢物語だ。ラディスは気にならないのかい?」
「気にはなるが……今する話ではないだろう」
私がぽかんとしていると、副長は私の方を見て悪びれ無くにこりと笑った。
「ごめんね。最初から疑ってなんかないよ。ラディスが君を本物だと言うなら、君が本物の聖女様に間違いないんだろう。ただちょっと試させてもらった」
それを聞いて私はかくんと肩を下ろす。
……緊張して損してしまったかもしれない。
(なんか、キアノス副長のイメージが変わったかも……)
穏やかで優しいイメージだったけれど、どうもそれだけではなさそうだ。
「でもそんな便利な世界から来たのなら、この世界は酷く不便じゃないかい?」
そう訊かれて、私は苦笑する。
「正直、慣れるまでは色々と大変でした」
「だろうね。早く帰りたいだろうに」
「ハハ……でも、帰り方がわからなくて」
「そうなんだ? 聖女様も大変なんだね」
「あ、でも、今はこの世界で騎士になるという目標があるので!」
ぐっと拳を握って言うと、キアノス副長はふっと笑った。
「聖女様が騎士を目指す、か」
副長はちらりと横目でラディスの方を見た。
「ラディスが君に夢中になる気持ちがわかった気がするよ」
「え?」
「な、何を……っ」
慌てたような声を上げたラディスと目が合うと、彼はバツが悪そうに私から視線を逸らした。
その耳が赤くなっていることに気付いて私は驚く。
「ずっと不思議に思っていたんだ。冷徹と謳われた騎士団長殿がやたらとひとりの見習いを気にかけているものだから。やっと謎が解けてすっきりしたよ」
それを聞いて、私もなんだか顔が熱くなってきた。
……キアノス副長にもそのことはバレていたらしい。
「それで? 君たちはどこまで行ってる関係なのかな?」
「どっ、どこにも行ってませんが!?」
思わず、そんなおかしな答えが口から出てしまっていた。
するとキアノス副長はぶはっと吹き出した。
「アハハハっ、どこにもって……っ」
「キアノス、これ以上揶揄うのはやめろ」
「ごめん、ごめん」
頗る不機嫌そうなラディスに窘められ、キアノス副長はふぅと息を吐いた。
「じゃあ、そろそろ真面目な話に移ろうか」
キアノス副長の目がそこで変わった。
「それで、偽物の聖女様をどうするつもりだい? ラディス。君のことだから、もう何か考えがあるんだろう?」




