男装聖女と新たな不安 4
――その日、私は悪夢を見た。
「藤花、早く帰ってきて」
「どこ行っちゃったんだよ」
そう泣いているのは向こうの世界の友人たちだった。高校でいつも一緒にいた皆だ。
部活の仲間たちもいる。
「橘先輩……」
「藤花、皆で全国行くんじゃなかったの?」
(そうだ。私は……)
そんな皆の方に足を向けようとして。
「藤花」
背後から名を呼ばれた。
振り返ると、ラディスがいた。
そして、イリアスや騎士見習いの仲間たちがいた。
私はそこで動けなくなってしまった。
1年前の私だったら、すぐさま向こうの世界の友達の元へ駆け出していただろう。
でも今は――。
「なんで? こんなに心配してるのに」
「帰ってきてくれないの?」
友達が泣いているのに動けない。
この世界で出逢った人たちも、悲しそうな顔で私を見ている。
「藤花、帰ってしまうのか?」
ラディスにそう問われて、何か言わなければと口を開く。
でも、声が出ない。どう答えればいいのかわからない。
(――私は、)
ハっと、そこで目が覚めた。
見慣れた天井を見て、夢だとわかりほっと息を吐く。
……なんて嫌な夢だろう。
昨日考えていたことがモロに出てしまったようだ。
――私がこの世界に来て早2年。
来たばかりの頃は、あの宿で向こうの世界の夢をよく見ていた気がする。いつの間にかあまり見なくなっていたけれど。
(皆、どうしてるかな……)
あれから2年だ。友人たちは高校を卒業して、今は大学生か専門生だろうか。
部活の仲間たちとは全国に行こうと約束していたのに結局果たせなかった。きっと、迷惑をかけてしまったに違いない。
あの頃慕ってくれていた後輩たちも、もう引退した頃だろうか。
こんなことを考えたってどうしようもないのに、急に自分だけ置いていかれたような寂しさを覚えた。
「……はぁ、最悪だ」
「何が最悪なんだ?」
「!?」
声のした方を向けば、イリアスがベッドに横になったままこちらを見ていた。
「ご、ごめん、起こしちまったか?」
窓の外はまだ暗い。
起きるには大分早い時間だ。
「なんかすげぇ魘されてっからさ。嫌な夢でも見たのか?」
「えっ……オレ、もしかして寝言とか言ってた?」
何か余計なことを口走らなかっただろうかと焦る。
「寝言っつーか、苦しそうに唸ってた」
「そ、そっか。マジでごめん」
ほっとしつつ苦笑する。
「どんな夢見てたんだよ」
「えーと、」
……言えるわけがない。
向こうの友達と、お前たちとの間で迷っていた、なんて。
「あんまり、覚えてない」
「なんだよ。ま、夢なんてそんなもんだよな。気にしないでもう少し寝ろよ」
そうして彼は仰向けになって目を瞑った。
「……イリアスはさ、」
気が付いたら、そう口が動いていた。
イリアスがもう一度目を開けてこちらを見た。
「ん?」
「……や、やっぱ、なんでもない」
「なんだよ、気になんだろ」
少し迷って、でも思い切って私はあとを続けた。
「もし、もしな。オレがいきなりいなくなったら、イリアスはどうする?」
なんでもないことのように笑顔で、少し冗談めかして訊いてみる。すると。
「は?」
案の定、イリアスはぽかんと口を開けた。
そりゃそうだと、言ってしまってから後悔した。
(何言ってんだ、私)
彼にはさっぱり意味がわからないだろう。
やっぱり今の無し、そう慌てて言おうとして。
「そんなの、探すに決まってんだろ」
イリアスは怒ったように眉を寄せていた。
「え?」
「めちゃくちゃ探しまくって、絶対連れ戻す」
そんな予想外の答えに、一瞬喉が詰まってしまったかのように声が出なくなった。
「――そ、そっか」
やっと出た声は大分かすれてしまったけれど。
(そっか、探してくれるのか……)
じわりと胸のあたりが温かくなった。
先ほどまで感じていた寂しさが、少し和らいだ気がした。
と、イリアスが呆れたように溜息を吐いた。
「んだよ、そんなに怖い夢だったのか? 俺が子守唄でも歌ってやろうか」
「い、いいよ。……ありがとな、イリアス」
お礼を言うと、イリアスはにっと笑ってから再び天井に顔を向け目を瞑った。
私も寝返りを打って、もう一度目を瞑る。
(向こうの友達も、こっちで出来た友達も、どっちも同じくらい大切なんだから選ぶなんて出来るわけないよな)
なぜかこの異世界に来てしまった私。
いつ帰れるのかも、いつまでここに居られるのかも全くわからない。
でも、わからないことで悩むのは時間の無駄な気がしてきた。
だったら、この世界にいられる奇跡のような時間を悔いなく楽しんだ方が絶対にいいに決まっている。
(あ。でも例の聖女の本には帰り方が書いてあるのかな)
その書物がこの城のどこかに本当にあるのなら、やっぱり読んでみたい。
もしそれに帰り方が書いてあったなら、それから自分がどうしたいのか改めて考えればいい。
(今度、ラディスに訊いてみよう)
騎士団長の彼なら、その秘密の書庫の場所を知っているかもしれない。
そうと決めたら漸く気持ちが落ち着いて、また眠気がやってきた。
朝が来れば、また大好きな馬の世話が私を待っている。睡眠は出来るだけしっかりとっておかなければ。
今度は、嫌な夢は見ずに済みそうだった。




