男装聖女と新たな不安 3
ザフィーリから再び呼び出しが掛かったのはその翌日の昼のことだった。
「昨日は色々と無理を言ってすまなかったね」
昨日と同じ人気のない寄宿舎裏でいきなり謝罪されて、また何を言われるかとビクビクしていた私は驚いた。
(まさか、あのザフィーリから謝られる日が来るなんて)
ラディスが彼にどういう話をしたかはわからないが、余程堪えたのだろう。
罪悪感を覚えるが、トーラとしては知らないふりをしなくてはならない。
「いや。それで、会えたのか? 妹と」
「ああ、会えたよ」
「そうか、良かったじゃないか」
「でも、僕の気持ちは受け取ってもらえなかった」
そうして彼は目を伏せた。
「そ、そうだったのか……」
あの後、彼が宿に行ったのかどうか私にはわからない。でも。
「悪かったな」
そんな謝罪の言葉が口を突いて出ていた。
すると、ふっとザフィーリが苦笑した。
「なぜ君が謝るんだい」
「い、いや、妹が、悪かったなって意味で」
慌ててそう誤魔化すと、彼はもう一度自嘲気味に笑ってから良く晴れた空を見上げた。
「でも僕は後悔はしていないよ。彼女と出逢えた運命に感謝すらしている」
そのすっきりとした顔を見て私は目を大きくした。
(強いな、こいつ)
私が彼の立場だったら、そんなふうに思えるだろうか。
例えそれが一目惚れだったとしても。
私だって自分の恋に……ラディスのことが好きだという気持ちに気付いたのはつい最近のことだ。ザフィーリと大して変わらない。
(もし、ラディスと別れの時が来たら、私は……)
と、そんなことを考えていると、じっと顔を見られていることに気が付いた。
「な、なんだよ」
「いや、やはり兄妹だね。見れば見るほどよく似ている。彼女を思い出すよ」
そのじっとりとした視線に、私は顔が引きつるのを感じた。
(こいつ、実はまだ大分引きずってるんじゃないか!?)
「そ、そうか? そんなに似てないと思うけどな」
内心冷や汗を流しながら答えると、ザフィーリはふっと笑って私から視線を外した。
「そういうわけだから、一応、君には報告をと思ってね。じゃあ、失礼するよ」
そうして背を向け歩き出したザフィーリに私は声を掛ける。
「ザフィーリ」
「なんだい」
「その、……元気、出せよな」
すると奴は振り返らずに答えた。
「ありがとう」
ザフィーリが見えなくなってしまってから、私はひとり溜息を吐いた。
(一件落着、かな)
でも、元は私の不注意が招いたこと。
ザフィーリには本当に悪いことをしてしまった。
(失恋って、辛いんだろうな……)
厩舎の方に戻りながら考える。
私は今の恋が初めてだから、勿論失恋もまだしたことがない。
ラディスが私のことを嫌いになったり、他の子のことを好きになったと考えたら、やっぱりそれだけで胸の辺りがモヤモヤとしてきた。
ラディスに限ってそんなことは……と思うけれど、絶対とは言い切れない。
人の気持ちは変わりやすいと言うし、そうでなければ浮気やら恋愛のもつれから事件に発展、なんてことは起こらないだろう。
それよりもラディスは騎士。しかも騎士団長だ。
戦が始まったら確実に戦場に赴くことになるだろう。
彼は強い。負けるはずがない。そうわかってはいるけれど、戦場では何が起きるかなんてわからない。
もし、彼が帰らぬ人となってしまったら……?
(あ、ダメだ)
想像しただけで喉の奥が苦しくなって、私は大きく首を横に振った。
……でも現状、この異世界では浮気なんかよりそちらのほうがよっぽどあり得る気がした。
と、そこで私はぴたりと足を止めた。
最近、ラディスと恋人と呼べる関係になってからは特にバタバタと日々が過ぎていて、ここが「異世界」だということを忘れかけていたけれど。
(そういえば私、この世界にいつまでいられるんだろう)
元々は帰るために、その方法が書いてあるかもしれない本を探すために騎士を目指したというのに。
出会った頃のラディスの言葉が蘇った。
『 突然来たというなら、突然帰れるかもしれない 』
今、もし突然元いた世界に戻ってしまったら、それこそラディスとはもう二度と会えなくなってしまう。
ラディスだけじゃない。
イリアスやザフィーリ、寄宿舎の仲間たち、お世話になった女将さん、この世界で出逢った全ての人たちにだ。
そう思ったら急に、足元が崩れていくような、そんな不安に襲われた。
もしそうなったとき、果たして私は先ほどのザフィーリのように「出逢えた運命に感謝している」なんて、言えるだろうか……?




