男装聖女と新たな不安 2
小高い丘の上に聳える城へと続く街道の外れに、ラディスの愛馬イェラーキは繋がれていた。
「イェラーキ、待たせたな」
イェラーキはラディスを見ると待ってましたとばかりに前足で何度も地面をかいて鼻を鳴らした。
「イェラーキ、私もまた乗せてくれるか?」
私がお願いすると返事をするように頭を上下に振ってくれた。
ラディスはイェラーキの首を撫ぜた後、慣れた様子でひょいとその背に跨り私を見下ろした。
「乗馬訓練はまだだったな」
頷くと、手が差し出された。
「引っ張り上げてやるから、鐙に足をひっかけて上がってこい」
「わ、わかった」
その手を取り、少しの緊張を覚える。
鐙まで結構高い。うまく乗れるだろうか。
「無理そうなら、また下から持ち上げてやろうか?」
「大丈夫だ!」
2年前のことを揶揄われたのだとわかり私はムッとしてその手をぐっと強く握り締めた。
ラディスが「行くぞ」と言って引っ張り上げてくれたタイミングに合わせ片足を鐙にひっかけながら勢いよくイェラーキの背に跨る。
(出来た!)
一気に視線が高くなって、このカッコいい馬にまた乗れたことに興奮を覚える。
どうだと得意になって後ろを振り向くと、ラディスは口を押さえ肩を震わせた。
「な、なに笑ってんだよ!」
「いや、すまん。ちゃんと乗れて良かったな」
なんだか馬鹿にされた気がして、私はふんと前に向き直りイェラーキの鬣を撫ぜた。
「よろしくな、イェラーキ」
「乗馬訓練の最初の難関は馬への飛び乗りだ」
「え?」
飛び乗り……おそらく先ほどのラディスのような乗り方だろう。
ラディスは背があるし随分簡単そうに見えたけれど、今の私より少し背の高くなったトーラでも難しそうだ。
「頑張れよ」
「ああ」
私は真剣に頷いた。
(ヤッバ……!)
イェラーキはラディスの言う通りとにかく速かった。
緑の景色がビュンビュン後ろに流れていく。
ドドッドドッという規則正しい振動が全身に響く。
胸がいっぱいで言葉が出てこなかった。
「大人しいが、大丈夫か?」
「なんか、感無量っていうか……」
するとラディスが後ろでふっと笑うのがわかった。
「そうか。この感覚を覚えておくといい」
私は頷いて、まっすぐに前を見た。
今手綱を握っているのはラディスだけれど、自分も騎士になればこうして自分で馬を走らせることが出来るのだ。
改めて早く騎士になりたいと思った。
……しかし。
興奮が収まってきた頃だ。
(ヤバイ……お尻めっちゃ痛い)
乗馬にお尻の痛みは付きものだと聞いてはいたけれど、一度気になってしまったらもうダメだった。
結局我慢ができなくなって私はラディスを振り返った。
「ごめんラディス、一旦止めてくれ!」
「どうした?」
「そ、その……」
速度が緩んでいくのを感じながら、どう言おうか迷っていると。
「ああ、尻が痛くなったか」
「!」
はっきりと言われて顔が熱くなった。
「姿勢が悪いとそうなるんだ。まぁその辺はこれからちゃんと」
「わ、私はここから飛んでいくから!」
「は?」
その脚が止まると私はイェラーキの首を撫でながら「ありがとう」とお礼を言って、そのままふわりと浮き上がった。
「お、おい」
「大丈夫! 見られないように顔隠してくし。じゃ、またな!」
こちらを見上げたラディスに手を振って私は逃げるように空高く飛び上がった。
(も~~カッコ悪過ぎだし痛いし最悪だーー!)
聞いてはいたけれど、まさかここまで痛いとは思わなかった。今もまだヒリヒリとしている。
憧れていた乗馬にこんな落とし穴があるなんて。
これからの乗馬訓練が一気に不安になってきてしまった。
(トーラの姿だったら、少しはマシだったりするのかな……)
それから城の近くまで辿り着いた私はフードで顔を隠し城内の人目のなさそうな場所に降り立った。
そして周囲を確認してからこっそりと聖女の力でお尻の痛みを治した。こんなことに奇跡の力を使ってしまい、なんだか物凄い罪悪感を覚えた。
トーラの姿に戻ってから急いで厩舎へ向かうと、案の定先輩騎士に遅いと怒られた。
でも腹が痛くてトイレにこもっていたと話したら意外にもあっさりと許してもらえた。
どうやら私があのチンピラ風の奴らに絡まれたことを誰かから聞いたようで、「あいつらには厳重注意しておいた」と言われた。
あいつらに絡まれたせいで私が腹を痛めたと思われたということで、それはそれでなんだか癪だったが、それで納得してもらえたならと特に否定はしなかった。
そして、その夜のことだ。
「腹の具合はもういいのか?」
食堂でイリアスに訊かれ私は笑顔で頷いた。
今日の夕飯はパンと具沢山ミルクシチューだ。
「もう大丈夫。昼間は悪かったな。折角誘ってくれたのに」
するとイリアスは首を横に振ってから言いにくそうに続けた。
「なんか、お前今日ザフィーリに助けられたんだって?」
「!?」
シチューを口にした途端に言われ、危うくむせそうになった。
(噂広がるの早すぎだろ!?)
そんな私の反応を見て、イリアスは不機嫌そうな顔をした。
「気をつけろって言ったろ?」
「や、マジでいきなり過ぎて何も出来なかったっつーか」
「何されたんだよ」
「いや、ただ背中押されてすっ転んだだけ。別になんともなかったから」
「じゃあ、やっぱ昼間泥だらけだったのって……」
「あー、うん、実はそう」
「んだよ、そうならそうと言えよ。そしたら俺だって何か出来たかもしれねーのに」
不貞腐れたように口を尖らせたイリアスに私は苦笑する。
「ありがとな。でもほんと大丈夫だから」
「でも腹壊したんだろ」
「や、それは、偶然っていうか、あんま関係ない」
「そうなのか? てか、ザフィーリの奴はなんで厩舎になんて行ったんだよ」
ぎくりとする。
「さ、さぁ?」
「そうそう、アイツ今日午後遅刻してきた上に、その後もなんかずっとぼーっとしててさ、あげく団長に呼び出し食らったんだぜ」
「そうだったのか」
動揺が顔に出ないように気を付けながら私は相槌を打つ。
と、イリアスがシチューをスプーンですくいながら言った。
「らしくねーっつーかさ、何なんだろうな」
「それは心配だな」
「べ、別に俺は心配なんてしてねーけどな」
慌てたようにパクパクとシチューを食べ始めたイリアスを見て少し心が温かくなった。
(ラディスの奴、うまくやってくれたかな……)
それに昼間聞いたバラノスの聖女の話も気になった。
何か陰謀が絡んでいると彼は言っていたけれど。
(陰謀……やっぱ戦争絡みなのかな)
騎士にはなりたいけれど、戦争はやっぱり怖いし嫌だ。
矛盾しているのはわかっているけれど、どちらも本心で。
言い知れぬ不安を拭うように、私は目の前の温かい料理を胃に収めていった。




