男装聖女と新たな不安 1
「しかし、ままならないものだな」
「え?」
再び優しく抱き寄せられる。
「俺は出来ることなら毎日でもお前に会いたいのだが」
それを聞いて胸がきゅんと切なくなった。
「でも、」
「わかっている。お前を守るためにも控えるが、何かあったら遠慮なく言え」
「うん」
その温もりの中で私はこくりと頷く。
キスやそれ以上のことはまだ恥ずかしいけれど、こうしてただくっついているのは安心するし落ち着く。ずっと、こうしていられたら幸せだなと思った。
(……ずっと?)
「――って、今何時だ!?」
私はラディスを突き飛ばす勢いで身体を起こし、きょろきょろと時計を探した。
そしてすぐにこの宿の部屋には時計がなかったことを思い出した。確か一階に振り子時計があったはずだ。
「絶対もう休憩時間過ぎてるし!」
慌ててベッドから降りると、胸元がガバっと開いていることに気づいて私は奴に背を向け慌てて紐を結び直した。
普段トーラの姿でいるとき女物の下着なんてつけていないから勿論この服の下は裸で。
(見られたかも……)
お世辞にも大きいとは言えない自分の胸を見下ろし思い出したように顔が熱くなった。
と、背後から低い声がかかった。
「そういえば、お前まさかここまで飛んできたのか?」
「え?」
振り返ると、奴が眉をひそめていた。
「勿論。帰りも飛んで帰らないと」
「こんな昼間に、誰かに見られでもしたらどうする」
怒るように言いながらラディスもベッドから降りた。
「でも、時間が」
「俺が用事を頼んだことにすればいい」
「だから! そういうのが噂の元になるんだって!」
バタバタと足を踏み鳴らしていると、ラディスは言った。
「せめて途中まではイェラーキに乗っていけ。あいつは速いぞ」
「えっ」
その魅力的過ぎる誘いに、私はピタリと足を止めた。
階下に降りると、その足音を聞きつけたように女将さんがパタパタと厨房の方から現れた。
そして私たちを交互に見つめ心配そうに言った。
「随分と揉めていたようだったけど……」
私の怒鳴り声が聞こえていたのだろう。
恥ずかしくなって私は頭を下げた。
「ごめんなさい! 煩くしてしまって」
「いや、今他のお客は皆外出してるしいいんだけどさ。もう話は済んだのかい?」
「はい!」
私が頷くと女将さんはほっとした顔をした。
「ならトーカ、この後時間があるなら少しゆっくりしていかないかい。久し振りじゃないか」
「あ……ごめんなさい、時間なくて」
「そうなのかい?」
残念そうな女将さんの顔を見て私は言う。
「でもまた絶対、近いうちに来ますので!」
「そうかい? じゃあ、そのときの楽しみにとっておくよ」
「はい! あ、それと……」
私はザフィーリのことを簡単に伝えた。
今日はおそらくもう来ないとは思うけれど、絶対とも限らない。
「トーカのことを訊かれたら、もう帰ったと言えばいいんだね。そんで、この花束は受け取れないからここに置いていったと」
「はい。すみませんがよろしくお願いします」
ザフィーリには悪いが、花束はこの宿に飾ってもらうことにした。
と、花束を手にした女将さんはニヤニヤとした顔で言った。
「モテる女は辛いねぇ」
「や、そういうわけじゃ……」
苦笑していると、女将さんはその間ずっと黙っていたラディスの方を見上げた。
「あんたも、惚れた女は大事にしなよ」
「ああ」
視線を逸らしながらぶっきらぼうに答えたラディスに、女将さんはふふと笑ってから私に耳打ちをした。
「この子が私のとこに女を連れて来るなんて、あんただけなんだから。愛想のない子だけどさ、これからもよろしく頼むよ」
「は、はい」
私はまた顔が赤くなるのを感じながら頷いた。
そうして、私たちは見送りに出てくれた女将さんに手を振りながらその宿を後にした。
「騎士団長様がこんなふうに普通に通りを歩いてて騒ぎにならないのか?」
「は?」
イェラーキを待たせているという街外れまで相変わらず賑やかな大通りを早歩きで進みながら私は訊いた。
「ラディス団長とキアノス副長が並んで歩くと都中の女たちが叫び声を上げるって聞いたことあるんだけど」
するとラディスは呆れたように言った。
「それは凱旋の時の話だろう。こういう格好で普通に歩いていれば誰も俺だとは気づかん」
「そういうもんか?」
「お前だって最初俺がいることに気づかなかっただろう」
「……確かに」
そして私は続けて訊いた。
「女将さんて、お前のなんなんだ?」
やたら親しげだったし、女将さんの「この子」という言い方も気になった。まるで子供扱いだ。
私は知り合いとしか聞いていない。
「彼女はあそこの女将だが、情報屋でもある」
「えっ」
「あそこは夜は酒場になるだろう」
「ああ。酔っ払いの相手がほんと面倒くさくてさぁ」
思い出して顔をしかめていると、ラディスはふっと笑った。
「そういう口の軽くなった客から様々な情報が手に入る。だから、俺はたまにここに情報収集に来ているんだ」
「そうだったのか……って、じゃあやっぱり私が働いていたときもちょくちょく来てたのか?」
「ああ。様子を見に来ていた。お前は全く気づいていなかったみたいだがな」
「う……」
その通りなので何も言えなかった。
……てっきり、紹介したっきり放っておかれたと思っていたけれど。
(そっか、様子見に来てくれてたんだ)
「だから、お前が辞めたと聞かされたときには驚いた」
「あー」
「まさか、その後騎士団に志願してくるとはな」
「ハハハ」
軽く睨まれ誤魔化し笑いをしていると、ラディスは続けた。
「それと、彼女は昔から世話になっている恩人でもある」
「へぇ。昔からって?」
「俺が14かそこらの頃からだ」
「へぇ!」
その頃を思い出したのか穏やかな横顔を見上げ、ちょっとほっこりした。
(今度女将さんと会ったら、その頃の話聞いてみよ)
と、その顔がこちらを向いた。
「そういえば、さっき何か言われていたな」
「え? ああ、愛想のない子だけどよろしく頼むって」
にぃと笑って言うと、ラディスは目を丸くしてから恥ずかしそうに再び前を向いた。
「まったく、いつまで経っても子供扱いだ」
「あはは。……そういえば、ラディスって今何歳なんだ?」
「俺か? 24だ」
「24!?」
思わず大きな声が出てしまった。
てっきりもう30近いと思っていた。
(じゃあ、初めて出会ったときはまだ22だったってことか)
するとラディスは眉を寄せた。
「一体何歳だと思っていたんだ」
「いや、ほら、団長なんてやってるし、もっと上だと思ってた」
するとラディスは息を吐いた。
「だからあまり歳のことは言わないようにしている。それで見下す輩もいるからな」
「そういうもんか?」
「そういうものだ。お前は今19だったか」
「ああ、もうすぐ20歳」
(そっか、もっと離れているかと思ったけど、5歳差なんだ)
向こうの世界だったら、大学生と社会人になりたてくらいのカップルということだ。
普通にありだなと思っていると。
「はじめ見たときは14かそこらだと思った」
「は!?」
「あのときは泣いていたから余計に幼く見えたんだ。そう怒るな」
低く唸っていると、ラディスは話を変えるように言った。
「それより、ヴィオーラから面白い話を聞いたぞ」
「面白い話?」
「隣国バラノスに聖女が現れたそうだ」
「えっ!?」
ぎょっとしてその顔を見ると、ラディスは挑戦的な笑みを浮かべていた。
「やはり、なんらかの陰謀が絡んでいるとみて間違いなさそうだ」
私はごくりと喉を鳴らした。




