男装聖女はドジを踏む 6
――なんで。
なんでラディスがここにいるんだよ!?
あいつにザフィーリとの件を知られたくなくてここまで来たというのに。
まさかそこで鉢合わせするなんて、運が悪いとしか言いようがない。
あの宿はラディスが紹介してくれた店ではあるけれど、私が働いている間あいつは一度も顔を見せなかった。
それとも私が気付かなかっただけで、実はああしてよく訪れていたのだろうか。
(というか、思わず逃げ出してきちゃったけど、詰んでないかこれ!?)
今逃げられたとしても、あとで確実に質問攻めにされるだろう。
なぜ都にいたのか、なぜその姿なのか、女将さんに一体何の用があったのか。
そうしたら、ザフィーリの件も、私がドジったことも全部話さなければならなくなる。
(最っ悪だ!)
そして、不運は更に続いた。
「――っ!?」
私は急ブレーキをかけるように足を止めた。
なぜか。
大通りの向こうに、見覚えのある銀髪が見えたからだ。
(ザフィーリ……!?)
なんで奴までここに!?
その手に抱えた大きな花束を見て、確実に私に、トーカに会いに来たのだとわかった。
時間的に考えて私と別れてすぐに馬を走らせてきたのだろうか。
(てか、夜まで待てなかったのかよ!?)
どうする……? パニックになりながら考える。
奴は宿に向かっているのだろう。しかし今宿に行かれたらマズイ。まだ女将さんには何も伝えていないし、あそこには今ラディスがいる。
もしザフィーリがラディスに私のことを話したら、もっとややこしいことになってしまう。
(だったら、今ここでザフィーリと会ってしまった方が……)
もしかしたら会った瞬間になんか違ったと気持ちが冷める可能性だってある。
そんなふうに立ち止まったまま逡巡していると、
「!」
ザフィーリとばっちり目が合ってしまった。
その目が大きく見開かれて、すぐさま奴はこちらに駆け寄ってきた。見たことのない嬉しそうな笑みを浮かべて。
「君は、トーカさんだね」
私は目を泳がせながら首を傾げる。
「え、えーと?」
「覚えているかな。昨夜、騎士団の寄宿舎で会った」
「あ、あ〜~」
私がそんな曖昧な返答をすると、ザフィーリはふっと穏やかに笑った。
「大丈夫。事情は君の兄から聞いているよ」
彼は、私の態度がおかしいのは騎士団の規律を破ったことを気にしているのだと勘違いしたようだ。
と、彼は私に頭を下げた。
「昨日は失礼な態度をとってしまってすまなかった。あのときは、つい君の美しさに見惚れてしまって」
そういう恥ずかしいセリフを本人目の前にして言っちゃうんだこいつ、と内心で驚きつつ私は焦りを感じ始めていた。
(なんかやっぱイメージと違ったとかならないのかよ!?)
昨夜は暗がりで、更にはメガネを掛けていなかったから補正がかかって良く見えたのだと思っていたのに。
(じゃあ、ザフィーリはあの一瞬で、本気で私に一目惚れしたってことか……!?)
そう思ったら、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
ザフィーリは顔を上げるとカチリとメガネの位置を直した。
「申し遅れたね。僕は君の兄トーラの友人で、ザフィーリという」
あ、一応ザフィーリの中で私は友人ということになっているんだと頭の隅で思っていると。
「これを、君に」
目の前に綺麗な花束が差し出された。
「君がすぐに実家へ帰ってしまうと聞いてね。どうしてもその前にもう一度会いたくて急いで来たんだ」
「えーと……」
まさか受け取るわけにもいかず、どう断ろうかと考えている間もずっとザフィーリはこちらに熱い眼差しを向けていて。
「それにしても、都に入ってすぐにこうして逢えるなんて、やはり僕と君は運命の糸で結ばれているようだ」
「え」
「急なことで驚くかもしれないけれど、僕は君を一目見た瞬間から」
「これは、どういうことだ」
――!?
そんな低音が背後から聞こえ、びくりと肩が飛び上がった。
恐る恐る振り返ると、案の定そこにいたのは。
「ラ、ラディス団長!?」
そう甲高い声を上げたのはザフィーリだ。
バサッと足元に花束が落ちる。
騎士団長の冷え冷えとした視線に見下ろされ、その顔は可哀想なくらいに青ざめていた。
「な、なぜ、団長がここに」
「こちらで人と会う予定があってな。お前こそ、こんな真っ昼間から女性と逢引きか? 騎士としての職務はどうした」
「いえ、その……」
「申し開きは後で聞こう。さっさと城に戻れ!!」
「は、はいっ!」
ラディスの鋭い怒声にザフィーリはピューッという音が聞こえてきそうな勢いでその場を走り去っていった。
(ザフィーリ……)
なんだかちょっと可哀想になってしまって、せめてもと落ちていた花束を拾おうとしたときだ。
ポンっとその肩に手を置かれ、ヒっと小さく悲鳴が漏れてしまった。
「お前には今話を聞こうか。藤花」
振り返るとめちゃくちゃ怖い笑顔があって、人のことを憐れんでいる場合ではなかったと、私は悟った。




