男装聖女はドジを踏む 5
(どうしよう……)
ザフィーリが去った後、私はその場でひとり頭を抱えていた。
オレも一緒に行く、と寸前まで出かかったが、そうなると私も外出届けを提出しなければならなくなる。
それはきっと団長にも伝わってしまうはずだ。
……それにしても。
(まさかザフィーリがあんなに積極的な奴だったなんて……)
「妹に会ってどうするつもりだよ」
去り際に訊くと、奴はさらっと答えたのだ。
「無論、交際を申し込むつもりだ」
「!?」
度肝を抜かれるとはこのことだ。
「で、でもあいつ、確かもう心に決めた人がいるとか言ってた気がするけどなぁ」
早々に諦めさせようとそう言ってもみたけれど、ザフィーリはショックを受けるどころか、ふんと鼻で笑った。
「だからなんだと言うんだい。可能性がゼロでない限り、僕は彼女に会えたこの奇跡を、運命を信じる」
……それ以上はもう何も言えなくなってしまった。
(てか、昨夜ちょっと顔を合わせただけだぞ!? いきなり交際申し込むとかありえないだろ!?)
悪いが答えはノーに決まっている。
メガネをかけてちゃんと見てみたら全然思ってたのと違った、となる可能性だって大いにある。それに……。
(一応、心に決めた人がいるってのは本当だし……)
ラディスの顔が頭に浮かんで、私はぶんぶんと顔を横に振った。
……今はあいつのことを考えている場合じゃない。
どうする。
思わず、あの宿の名を出してしまったけれど、勿論行ってもトーカはいないわけで。
ザフィーリはきっと女将さんに「トーカという女性は泊まっていないか」と訊ねるだろう。
現代日本とは違い、この世界で個人情報なんてガバガバだ。
何も知らない女将さんはきっとこう答えるはずだ。
「トーカなら以前ここで働いていたけど田舎に帰るって辞めたよ」
(ダメだーっ!)
私の話と矛盾しまくってしまう。
戻ってきたザフィーリに「どういうことかな」と問われる未来しか見えない。
(……こうなったら、ザフィーリよりも先回りして女将さんに会うしかない!)
変な奴に言い寄られて困ってるとか話せば、女将さんならわかってくれるはずだ。
丁度そのとき、昼休憩を知らせる鐘が辺りに鳴り響いた。
(もうそんな時間か)
ザフィーリが都に行くとしたらおそらく夜だろう。ならば。
(善は急げだ!)
私はこのランチタイムに都に行くことに決めた。
しかしこんな泥だらけの格好で行けるはずがない。
とりあえずは着替えようと足早に自室へと向かっている途中だった。
「トーラ!」
背後から聞こえた大きな声にギクリとする。
「い、イリアス!?」
廊下の向こうから手を振りイリアスがやって来る。
彼が騎士になってから休憩時間が合わなくなったため最近昼飯は別々にとっているのだが。
「ナイスタイミング! 今日はこっちも休憩時間早くてさ、お前これから昼飯だろ? 一緒に食堂行こうぜ」
嬉しそうに誘ってくれるイリアス。
「あ、え、えっと」
「てか、お前泥だらけじゃねーか。さては馬にやられたな?」
「あはははっ、実はそうなんだ。だ、だからさ、これから着替えないとだし、ちょっと汗もかいたから身体を拭きたいし、オレは後から行くよ」
「いいぜ、そんくらいなら待ってるし」
「や、その……」
「ん? どした?」
「~~っ、じ、実は腹の具合が悪くってさ、あんま食欲なくて。だからちょっと横になってたいんだ」
ごめんイリアス! と心の中で謝罪しながらお腹をさする。
途端、イリアスの顔が真剣なものに変わった。
「は? 大丈夫かよ。医務室行くか?」
「あ、や、そこまでじゃないから。ちょっと休んだら午後の鍛錬には出れると思う。だからオレのことは気にせずお前は昼飯食ってこいよ」
笑顔で言うが、優しいイリアスは心配そうにこちらに顔を近づけてきた。
「本当に大丈夫なのか? よく見りゃ顔色悪ィな」
「マジで大丈夫だから! ほら、お前だってそんなに時間ないだろ? 行けって」
そう言って、私はその背中を軽く押しやった。
「……そうか? 無理はすんなよ。ヤバかったら医務室行けよ?」
「ああ!」
私が頷くと、イリアスは私の方を何度も振り返りつつ食堂の方へ向かっていった。
その姿が見えなくなり、ふぅと息を吐いてから私は急いで部屋へと駆けだした。
(なんか、イリアスへの秘密がどんどん増えていってる気がするなぁ)
チクチクと良心が痛むが、今は急がねばならない。
部屋に入るとソッコーで着替え、顔もささっと洗ってから私は部屋を出た。
そしてこの時間人目の付かなそうな場所を探し、念の為フードを被って顔を隠してから元の姿に戻り、私は空へと飛び上がった。
昼間に空を飛ぶのはこれが初めてだ。
徒歩だと都まで1時間程かかるが、空を飛んでいけば10分。
女将さんと話しても30分で戻ってこられるはずだ。
そして都の外れの、これまた人目の付かなそうな場所に降り立った私はすぐさま宿へと向かった。
都にはトーラの姿で何度かイリアスたちと買物に来ているけれど、元の姿で都を歩くのは約1年ぶりとなる。
(女将さん、元気かな)
トーラの姿で会いにいくわけにも行かず、遠目にその姿を確認したのはいつだったろうか。
女将さんはヴィオーラさんといい、40代ほどの気の良いサバサバとした女性だ。
時間があったら色々と話したいけれど、用件だけ話したらすぐに戻らなければならない。
(近況とか訊かれても、男装して騎士目指してます! なんて話せるわけないしなぁ……)
賑やかな大通り沿いにあるその宿が見えてくると、丁度店の前に女将さんの姿があった。
誰かと話しているようだが、その相手はひさしの影になっていてここからではよく見えない。
話し中に申し訳ないけれど仕方がないと、私は少し離れた場所から声を掛けた。
「ヴィオーラさーん!」
女将さんがこちらを振り返り、手を振りながら駆け出すと彼女はその目を大きくした。
「トーカ?」
「……藤花?」
――え?
女将さんとほぼ同時に私の名を呼んだのは、女将さんの話し相手で。
その声を聞いて、心臓が飛び上がった。
その顔を見て、ドッと冷や汗が出た。
格好がいつもに比べて大分ラフだから全然気付かなかった。
「ラ、ラディス……?」
――最っ悪だ。
なんでラディスがここにいるんだ。
「なんで、ここに……」
後退りしながら掠れた声で訊くと、彼の眉間の皴が更に深くなった。
「それはこちらの台詞だ。なぜお前がここにいる」
「……っ」
思わず、私は回れ右をして逃げ出していた。




