男装聖女はドジを踏む 4
「運命の、人?」
聞き間違えかと訊き返すとザフィーリは大きく頷いた。
「そう。昨夜遅く僕は目覚め、何かに導かれるようにして廊下に出たんだ。すると、そこに彼女は現れた」
唖然とする私の前で、彼は歌い上げるように続けた。
「艶のある長い黒髪、全てを見透かしたような聡明で涼やかな瞳。それでいて、その微笑みはまるで太陽のように眩しかった!」
聞いていて猛烈に恥ずかしくなった。
本当にそれは私のことだろうか……?
絶対に何かとんでもない補正がかかっている気がしてならなかった。
そして、すぐに思い当たった。
(そういやこいつ、昨日メガネかけてなかったな)
納得である。
あのとき廊下は暗かったし、やっぱりちゃんと見えていなかったんだろう。
「その微笑みを見た瞬間に思ったんだ。彼女こそ、僕の運命の人だと!」
「へぇ」
だがそこでザフィーリの表情に影がさした。
「……しかし、彼女はすぐに去っていってしまった」
それを聞いて、私はあれ?と思った。
「何か、話したりはしなかったのか?」
恐る恐る訊ねてみる。
昨夜、私は確かにザフィーリに話しかけた。返事はなかったけれど。
すると彼は溜息をつきながら首を横に振った。
「それが……彼女は僕に何か話しかけてくれたようだったのに、あろうことか、そのとき僕は耳栓をしていたんだよ」
「!」
「僕は静かでないと眠れない性質でね、就寝時はいつも耳栓をしているんだ。だから、彼女の声を聴くことは叶わなかった」
ザフィーリはがっくりと項垂れた。
「……まぁ、聞こえていたとしてもあのときの僕にまともな会話が出来たとは思えないけれどね」
「それは、残念だったな」
そう同情するように言いながら、心の中では「セーフ!」と両手を大きく広げていた。
……しかし、まだ危機を脱したわけではない。
「でもさ、本当にそれ現実だったのか? お前が見た夢だったんじゃ」
「それはない」
苦笑しながら言うと、きっぱりと否定されてしまった。
「そのまま僕は一睡もできず、朝まで起きていたんだからね」
「そ、そっか。でも、この寄宿舎でそんな女見たことないしなぁ」
「……それは本当かい?」
「え?」
彼はメガネの位置をカチリと直し続けた。
「先ほど僕は彼女は去っていってしまったと言ったけれど、僕にはね、彼女は君らの部屋に入っていったように見えたんだ」
「っ!」
どっと冷や汗が出た。
やはり、そこはばっちり見られていたようだ。
「だから、君なら彼女について何か知っているのではと思って、こうして君を呼び出したわけさ」
……どうする。
とりあえずは、しらばっくれるか。
「オレらの部屋に? まさか、見間違えじゃないのか? あ、イリアスにはもう訊いてみたのか?」
すると途端にザフィーリの顔が嫌そうに歪んだ。
「彼にこんな話出来るわけないだろう。可能な限り彼とは会話しないようにしているんだ。お互いのためにね」
「そ、そうか」
本当に仲悪いんだなと思うと同時に、イリアスはこの件について何も知らないのだとわかりホッとする。……しかし。
「それにね、心なしかその人は君に似ていた気がするんだよ」
ギクリとした。
それが顔に出てしまったのかもしれない。
レンズの向こうの目が険しくなった気がした。
「それでね、僕なりに考えてみたんだ。もしかして彼女は……」
ゴクリと思わず喉が鳴る。
「トーラ、君の血縁者なんじゃないのかい?」
「……え?」
またも、呆けた声が出てしまった。
(血縁者……?)
ザフィーリは真面目な顔で続ける。
「そう考えたらとてもしっくりと来たんだ。彼女も君も同じ黒髪で黒い目。君は、なんらかの事情でこっそりと彼女を部屋に匿っているんじゃないのかい?」
「え、えーっと」
確かに、めちゃくちゃ辻褄は合う。すごくそれっぽい。
「しかしそれが真実であるとするならば、君はこの騎士団の規律に反していることになる。僕は一騎士としてそれを団長に報告せねばならない」
「え!?」
それはマズイ。
ラディスにこの件がバレてしまう。確実に迷惑を掛けてしまう!
そんな私の焦りを、別の意味にとったのだろう。
ふぅとザフィーリは息を吐いた。
「やはり、僕の推理は間違っていなかったようだね」
「あ、や、」
……どうする。どうすればいい。
しかし、まさかあれは私本人だとは絶対に言えない。
(もう、その話に乗るしかない!)
私は腹を括りガバっと頭を下げた。
「頼むザフィーリ! このことは黙っていて欲しい!」
「やはりね……」
はぁ、とまた大きな溜息が聞こえた。
「それで、彼女と君との関係は?」
「……あれは、オレの妹だ」
「妹君か。名はなんという?」
「トーカ」
咄嗟にそれしか出てこなかった。
「トーカ。とても良い名だね。それで、なぜ彼女はここに?」
頭を下げたまま、私は脳をフル回転させる。
「オレの実家、ここからすげぇ離れた田舎にあるんだけど、アイツ昨日突然オレに会いにきたんだ。そんで、ここに来るまでの間に路銀を使い果たしちまったっていうから、仕方なく昨晩だけオレの部屋に泊まらせた。勿論、イリアスにも内緒だ」
色々と穴がある気はするが、多分、無理のない話になっているはずだ。
そして私は更に深く頭を下げる。
「だから頼む。今回は見逃してくれ!」
「……もう、彼女はいないということかい?」
「ああ、今朝早く金を持たせて帰らせたからな」
するとザフィーリの手がわなわなと震えていることに気づいた。
「じゃあ、もう僕は彼女に会えないということかい?」
「え? そ、そうだな」
すると、ザフィーリは急にこちらに距離を詰めてきた。
「トーラ、彼女にもう一度会わせてくれないかい?」
「は!? や、無理だから!」
「……なら、昨夜のことは団長に報告させてもらおう」
スっと背を向けさっさと歩き始めたザフィーリを私は慌てて引き止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「……」
ザフィーリが足を止めた。
「わ、わかった。会わせてやる。だから、団長に報告するのだけは勘弁してくれ!」
「……しかし、彼女はもう帰ってしまったんだろう?」
「や、多分まだ都にいると思う。今日は都の宿に泊まるって言ってたし」
「それは本当かい?」
声のトーンが一気に高くなり、彼は再びこちらに詰め寄ってきた。
「なんという宿だい?」
「えーと、確か……」
口から滑り出たのは、私がラディスから紹介されて1年ほど働いていたあの宿の名だった。




