男装聖女はドジを踏む 3
「あとで君に話がある」
厩舎内を掃除しながら、朝聞いたザフィーリの声が脳内でぐるぐると回っていた。
どうしよう。話ってなんだ。
まぁ十中八九、昨夜の件だろうけれど。
(てか、“あとで”っていつだよ!)
騎士になったばかりのザフィーリは今イリアスと共に城内にいるはずだ。
次にあいつと会う機会があるとしたら昼休憩か、夕飯時だろうか。
しかしそうとも限らない。こちらは城内の様子はわからないが、向こうは私がここにいることを知っているはずで、手が空いた隙にひょっこり現れる可能性は十分にある。
お蔭で朝からずっとそわそわしっぱなしで落ち着かなかった。――そんなときだ。
「ぅわっ!?」
ドンっといきなり背中に強い衝撃を受けて私はそのまま前のめりに倒れた。
瞬間、馬に蹴られたのかと思った。しかしそれならきっともっと強い痛みを感じるはずだ。驚きはしたがそれほどの痛みはなかった。
ただぬかるんだ地べたに倒れたために服が泥だらけになってしまった。顔にも泥が飛んだ気がする。
背後で笑い声が聞こえた気がして、なんだ? と思いながらゆっくりと起き上がって振り返る。
そこには同じ騎士見習いの男がニヤニヤとした笑みを浮かべ立っていた。
(確か、こいつは……)
名前は出てこないが、私よりも後に騎士見習いとして入ってきて、私よりも先に一次試験に受かっていた奴だ。
ガタイが良く、見た目はまるで元いた世界のヤンキーがチンピラのようで、こういう柄の悪い奴も騎士になりたいんだなあと意外に思った記憶がある。
だが今この場にいるということは、この間の昇級試験には合格出来なかったのだろう。
彼の後ろには同じようなタイプの仲間が2人いて、私を見てやっぱりニタニタと笑っていた。
(え? なんだ、これ)
意味がわからず膝をついたままポカンとしていると、その男は言った。
「いいよなぁ、お気に入りはよ」
「は?」
「このまま二次試験も軽〜く突破か?」
それを聞いて私は朝イリアスに言われたことを思い出した。
――そういうことを言う奴も中にはいるから気を付けろよ。
(マジでいるんだ、こういう奴)
怒りよりも、驚きのほうが大きかった。
そいつは私の前に柄悪くしゃがみ込むと、こちらを小馬鹿にするように言った。
「あの冷徹団長を落とした秘訣を教えてくれよ、トーラちゃん」
「……」
呆れて何も言えずにいると、そいつは私の顎をぐいと掴み上げた。
「団長も趣味悪ィよなぁ。確かに男の中じゃ可愛い方かもしんねーけど? 女の方がいいだろうに。それともお前女以上のテクでも持ってんのか?」
またその背後から笑い声が上がる。
「案外、あの冷徹団長もチョロいのな」
下卑た笑いを浮かべそう言った男に、流石にカチンと来た。
自分のことはどう言われようが平気だが、ラディスのことを悪く言われるのは我慢できなかった。
私は男の手をパシっと払って立ち上がる。
「ラディス団長がオレなんか相手にするわけねーだろ。くだらねー勘違いしてんなよな」
「ああ?」
男も立ち上がって私を凄い形相で見下ろした。
「それに、団長が試験に私情を挟むわけねーだろーが。イェラーキが見たいならな、お前だって団長にそう頼めばいいんだ。あの人は言うほど冷徹じゃないし。単にお前がラディス団長にビビってるだけじゃねーの?」
「んだと!?」
男のこめかみにわかりやすく血管が浮き上がった。
「――っ!」
胸ぐらを掴み上げられ、身長差があるためにつま先立ちになる。
このまま殴られるのか。面倒くさいなぁ。ま、あとで聖女の力で治せばいっか。そう考えていると。
「やめたまえ!」
そんな鋭い声が飛んできて厩舎の入り口を見る。
(げっ!?)
そこにいたのは、ザフィーリだった。
男は舌打ちをして私から手を離し、先ほどまで笑っていた仲間も慌てたように掃除の手を再開した。
私が軽く咳き込んでいると、ザフィーリはメガネをくいと中指で持ち上げながら厩舎の中に入ってきた。
「騎士を目指す者が私闘とは実に情けない。何か不満があるのなら僕から団長に報告するが、原因はなんだい?」
レンズの向こうの目が厳しく光っていた。
「い、いや、別に報告するほどじゃ……」
男はそう言うとバツが悪そうに私から離れて行った。
「そうか。なら、トーラ」
名を呼ばれギクリとする。
「話がある。ついて来てくれるかい」
「……わかった」
そうして、私は奴らの視線を感じながらザフィーリと共に厩舎を出た。
「酷い格好だね」
「ハハハ」
前を向いたまま言われて乾いた笑いが漏れた。そして。
「ありがとな。助けてくれて」
一応そうお礼を言う。
あのままだったら、治せるとは言え確実に痛い目に遭っていただろうから。
するとザフィーリはやはりこちらを見ずに素っ気なく言った。
「別に助けたつもりはないな。君を呼びに行ったら丁度あの状況だっただけだ。全く、ああいう輩が騎士を目指すなんて吐き気がするね」
こういう奴だったなと思いながら苦笑する。
(……や、笑ってる場合じゃないな)
これからザフィーリから何を言われるのか。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
そのまま無言でついて行き、彼が足を止めたのはこの時間人気のない寄宿舎の裏手だった。
しかしザフィーリはなかなかこちらを振り向こうとしない。
「で、話ってのは?」
「……昨夜だ」
こちらの方から訊くと、ザフィーリはそう話し始めた。
ぐっと手に汗を握る。
そして彼はこちらを振り返り、大真面目な顔で言った。
「昨夜、僕は運命の人に出会ってしまったんだ」
「…………は?」
大分間を開けて、私の口からはそんな呆けた声が漏れていた。




