男装聖女はドジを踏む 2
翌朝、私はのそりとベッドから起き上がり、はぁとため息をついた。
隣のベッドではイリアスがまだ寝息を立てている。
いつもと何も変わらない朝だ。
(夢であって欲しかったけど、夢じゃないよな……)
あの後、部屋にザフィーリの奴が乗り込んでくるのではないかとなかなか眠れなかった。
でも結局いつの間にか寝落ちしたらしい。
……あいつはどう思っただろう。
私たちが部屋に女を連れ込んでいると思っただろうか。
(いや、でも私普通に話しかけちゃったしな)
しかし、あの女とトーラが同一人物だと、そこまでバレてしまっただろうか。
(そういえばラディスの奴、トーラが私だって見てすぐに分かったって言ってたな)
「……」
もしバレてしまったとして、あいつはこれからどうするだろう。
誰かに話してしまうだろうか。
でもザフィーリは大体いつも一人でいて、皆と群れるタイプではない。
仲良い奴もパッと思いつかない。
同室の奴はいるが、そいつも必要最低限の会話しかしたことないと以前言っていた気がする。
……だとしたら。
(話すとしたら、キアノス副長か、ラディスか……?)
話すと言うより、その場合「報告」になるだろうか。
(……ラディスに先に言っておいたほうがいいかな)
いやいやと私は首を振る。
こんな馬鹿なミスで、あいつに迷惑はかけたくない。
それでなくとも団長としての仕事は大変だろうに、あのフェリーツィアという子の件もある。
(……ザフィーリの奴、昨日のことは夢か幻だと思ってくんないかなぁ)
はぁ、とまた大きなため息が漏れていた。
「トーラ?」
「え?」
「なんか元気ないけど大丈夫か? まだ調子悪いのか?」
食堂で目の前に座るイリアスにそう訊かれ、私は慌てて笑顔を作った。
「あ、いや、昨日なかなか寝つけなくてちょっと寝不足なだけ」
いつも通りイリアスと共に食堂に来たのはいいけれど、ザフィーリと出くわしてしまわないかと内心ビクビクしていた。
おそらくあいつはいつも人が少ない時間帯を狙って食堂に来ていて、だからいつもなら会うことはないのだが、この間のように気付いたら近くの席に座っているという可能性もある。
気が抜けなかった。
と、イリアスがこちらに身を乗り出し小さな声で言った。
「もしかして、お前あの話聞いちゃった?」
ギクリとする。
「あの話って?」
平静を装い首を傾げると、イリアスは焦るようにして姿勢を戻した。
「や、知らないならいいんだ」
「よくねーよ、なんだよ」
気になって今度はこっちが身を乗り出すと、イリアスはちょっと逡巡する様子を見せた後でもう一度こちらに身を乗り出した。
「お前、ラディス団長と噂になってんだよ」
「は?」
予想だにしていなかった言葉に一瞬ぽかんとしてしまった。
「う、噂って、何が?」
「だから……」
一応訊くと、イリアスは更に声を潜め続けた。
「お前が、ラディス団長とイイ仲だって」
「なんで!?」
思わず大きな声が出てしまった。
昨夜の件は関係なさそうだが、それはそれで間違ってはいない分大きな焦りを覚えた。
しかし、イリアスの反応からして私が女だとバレたわけではなさそうだ。
ということは、トーラとラディス団長が噂になっているということで。
「どういうことだよ!」
「戻りながら話すよ」
イリアスは周囲を気にしながらトレーを持って立ち上がった。
私も残っていた水を一気に飲み干し立ち上がる。
食器の返却口に向かいながらイリアスは話し始めた。
「お前、昨日ラディス団長とイェラーキを見に行ったんだって?」
「あ、ああ」
「それでだろ。一部の連中がそう言って回ってんだよ。お前が団長に色目を使ってるって」
「色目!? オレは単にイェラーキに会いたかっただけだ!」
「だろうな。お前が馬が好きなことは俺も知ってるし。だから、ただの妬みだろ」
軽く言った後で、イリアスの目が少し真剣さを帯びた。
「勿論俺はそんな馬鹿な噂信じねーけどさ、そういうことを言う奴も中にはいるから気を付けろよ」
それを聞いて、罪悪感でまたズキリと胸が痛んだ。
「……わかった。気を付ける」
しっかりと頷くと、イリアスはいつものように笑った。
――猛省だ。
昨夜の件だってそうだ。
自分の心が浮ついていたから、ああいういつもはしないミスをしたのだ。
漫画やドラマなんかでよくある、恋をした途端に腑抜けになってしまう主人公。リアルでもクラスや部活の仲間でそういう子はいた。
それを見て昔は呆れていたのに、まさに今自分がそうなっているのだと自覚して、私はスっと自分の心が冷めていくのを感じた。
(しばらく、ラディスと会うのは控えよう)
そして。
食器を返却し、そのまま食堂を出たときだった。
「!」
廊下の向こうから銀髪でメガネをかけた男がやってくるのが見えて緊張を覚える。
(ザフィーリ……!)
ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。
なるべく目を合わさないようにすれ違って、ほっとした瞬間だった。
「あとで君に話がある」
「!?」
小さく、でも確かに聞こえたザフィーリの低い声に私は目を見開いた。
「トーラ? どうした」
思わず立ち止まってしまい、先を行っていたイリアスが振り返った。
「や、なんでもない」
私は小走りでイリアスに追いつきまた歩きはじめた。
……後ろは振り返れなかった。




