男装聖女は騎士団長に愛される 5
イリアスがいびきをかき始めてからこっそりと部屋を抜け出し、少しの緊張を覚えながら武器庫裏へ行くと、先に来ていたラディスが私を見て優しく目を細めた。
つい先日いくら待っても彼が現れなかったことを思い出し、その姿を見ただけでぽっと灯がともったように心が温かくなった。
「お待たせ」
「いや」
そんな会話も、なんだかデートの待ち合わせのようだと思ってしまった。
でも、ラディスがこちらに近づいてくるとやっぱりドキドキと胸の鼓動が早くなるのを感じた。
(まずいな、こんなになるもんなのか?)
正直、これまで少女漫画によくある「ドキドキ」とか「トクン」とか、そういう擬音は大袈裟な誇張表現だと思っていた。
剣道の試合前や騎士の昇級試験前も勿論緊張はするけれど、それとは全然違う。
この間の胸のざわめきといい、まさか自分の胸がこんなにも騒がしくなるなんて思いもしなかった。
(これが、恋ってやつなのか)
今からこんなで大丈夫なのかと緊張を通り越して少し不安になってきた。
それを誤魔化すために、私は早々に目をつむり先ず元の姿に戻った。
「よし、行こうか!」
「……」
いつものように手を差し出すが、ラディスがその手をなかなか握ってこなくて首をかしげる。
「どうした?」
「本当に、もう身体は平気なのか?」
「え? あぁ、もう平気平気!」
笑いながら頷くが、ラディスはなんだか納得できていない様子だ。
「……試してみるか」
「え?」
小さく言うなりラディスは急にこちらに距離を詰めてきた。
ドキッとまた胸が大きく鳴って、直後、まだ力を使っていないのに身体がふわりと浮いた。
――へ?
「この状態で飛ぶことは出来ないか?」
間近で聞こえた声の方を見上げれば、すぐそこにラディスの端正な顔があって。
「へぁ!?」
思わずそんな変な声が出てしまっていた。
私は、ラディスにしっかりと抱えられていたのだ。
(こ、これって、噂の『お姫様だっこ』ってやつ……!?)
勿論初めての体験であるし、自分の人生においてお姫様だっこなんて絶対に縁のないものだと思っていた。
(か、勘弁してくれーー!)
昨日抱きしめられたときもそうだったけれど、今この距離はマズイ!
ラディスの温もりが、密着した逞しい胸や腕から伝わってくる。
私の胸はドキドキを通り越してもうバクバク、このまま爆発してしまうんじゃないかと思うほどだ。
そんな私の動揺を知ってか知らずか、ラディスは平然と続ける。
「どこかが触れ合っていればいいと思うのだが。それに、この方がお前の負担が少ないだろう」
身体の負担は確かに少ないかもしれないが、心の方の負担がデカすぎる!
でも「ドキドキするから嫌だ」なんて、そんな恥ずかしいこと言えるわけがない。
「で、でも、お、重いだろ!?」
「俺を誰だと思っている。むしろ、2年前にも思ったがお前はもっと食ったほうがいい」
「……2年前?」
急に2年前の話が出てきて頭に疑問符が浮かぶ。……なんだか嫌な予感がした。
「イェラーキにお前を乗せたときだ。あまりの軽さに不安になったほどだ」
「!?」
そのとき、すっかり抜け落ちていた記憶がふいに蘇った。
てっきり引っ張り上げてくれたものと思い込んでいたが、違う。
ラディスは座り込んで泣きじゃくっていた私の脇腹を掴んで子供のように抱え上げ、自分よりも先にイェラーキの背に乗せてくれたのだ。
しかし私のことだ。その間ただ大人しくしていたとは思えない。きっとめちゃくちゃに抵抗したはずだ。
だから「一苦労だった」とラディスも言っていたではないか。
(ああああ思い出したくなかった~~!)
2年間封印されていた己の格好悪すぎる過去が新たに掘り返されて私は心の中で悶絶した。
お陰で胸のドキドキは治まったけれど、情けないやら恥ずかしいやらですぐそこにある整った顔を直視することが出来なかった。
赤面どころじゃない、全身赤くなっている気がして今が夜で本当に良かったと思った。
「それに、飛んでしまえばいつものように重さは感じなくなるだろう」
「そ、そうだな。まずはちょっと浮いてみるか」
「ああ」
目をつむり、なんとか無理やり集中する。
( 浮け )
すると、いつものようにちゃんと身体が浮き上がる感覚がした。
ラディスが自分の足元を見下ろし満足そうに頷く。
「問題なさそうだな」
「じゃあ、このまま飛ぶよ」
「ああ」
そして、私たちはいつもとは大分違う格好で夜空へと飛び上がったのだった。




