男装聖女は騎士見習い 2
「あいつホントムカつく。なんだよあの言い方!」
「まぁまぁ」
城内にある騎士団寄宿舎の賑やかな食堂で、向かいに座る友人イリアスが苦笑した。
午前中の鍛錬が終わり今はランチタイム。騎士を目指す多くの若者がこの食堂に集まっている。
メニューは日替わりで、それが毎日の楽しみでもあった。
今日は鶏肉の香草焼きとパン。それと色んな野菜の入ったスープだ。
千切ったパンを手に私は続ける。
「なんかあいつ、オレを目の敵にしてないか?」
いつも私だけやたら怒鳴られている気がするのだ。
つい昨日だって私がほんのちょっと休んでいたら「そこ、怠けるな!」と怒鳴られた。他にも休んでいる奴はいたのに、その厳しい視線は私に向けられていた。
――ちなみにトーラでいるとき、私は自分のことを「オレ」と言うようにしている。
念のためだ。
するとイリアスはまさかと笑った。
「そんなことないだろ。ラディス団長は皆に厳しいし。むしろ俺らみたいな下っ端もちゃんと見てくれてるってことだろ」
「そうだけどさ……」
イリアスは私よりひとつ年上でオレンジに近い明るい赤毛と猫のようにつり上がった目が特徴の気のいい奴だ。寄宿舎のルームメイトでもある。
1年前、この寄宿舎に入り相部屋だと聞かされた時には「男と!?」と焦ったが、その相手がこいつで本当に良かったと思っている。いびきが煩いのが玉に瑕だが。
勿論、このイリアスにも私が女であることは秘密だ。
……なぜ私が男に姿を変えてまで騎士見習いとして城内にいるのか。
この城のどこかに、聖女の伝説について記された書物があるらしいのだ。
そのことを知ったのは、私があの男が紹介してくれた食堂兼宿屋で働いているときだった。
ひょっとしたらその本に向こうの世界に帰る方法も記されているかもしれない。
居ても立ってもいられなくなり、すぐさま城に行きたいと思った。
しかし、当然ながら城にはある程度しっかりとした身分がないと入れない。
この異世界の地でこの私がそこまでの身分を得るには騎士が一番手っ取り早かったのだ。
幸か不幸か、いつ隣国との戦が始まってもおかしくないこの国では騎士志願者を広く募っていて、私もすぐに見習いとしてこの寄宿舎に入ることが出来た。無論トーラの姿でだ。
こうしてなんとか城内に入ることは出来たわけだが、肝心のその書物がどこにあるのかわからなかった。
貴重な書物ばかりが保管された秘密の書庫が城内のどこかにあるらしいという情報までは掴んだのだが、騎士見習いという下っ端も下っ端な身分では城内でも入れる範囲は限られる。
やはり正式に騎士となって、堂々とその書庫に入りたかった。
しかし、騎士の称号を得るには何度か行われる昇級試験に受からなければならない。
あの男、ラディスに認めてもらわなければならないのだ。
……ちなみに、これまでに3度昇級試験があったが連続で落ちている。悔しいったらない。
お陰で最近では帰る方法を見つけるという本来の目的よりも、純粋に騎士になりたいという気持ちの方が大きくなっていたりするのだった。
「それより知ってるか? トーラ」
急に、イリアスの顔が興奮気味に輝いた。
「なんだ?」
「聖女様の噂だよ」
「!」
危うく飲み込んだ硬いパンが変なところに入りそうになった。
「う、噂って?」
訊くとイリアスは声をひそめ続けた。
「聖女様は実はとっくにこの国に現れていて、でも事情があって姿を隠してるんだと」
「へぇ……」
当たっている。
出どころが気になる噂だった。
(あいつか?)
私のことを知るのはあのラディスだけだ。
しかし聖女に頼るつもりはないと言っていたあいつが今更その話を誰かにするだろうか。
「そりゃ見つからないはずだよなぁ。……なんでだと思う?」
「え?」
「なんで聖女様は姿を現わさないんだと思う?」
「……面倒そうだから?」
私が答えるとイリアスはガクっと肩を落とした。
「なんだそりゃ。伝説の聖女様が面倒そうなんて考えるわけねーだろうよ」
(実際考えてるんだけどね……)
そう思いながらスープを飲んでいるとイリアスは不服そうに続けた。
「なんだよ、お前は気にならないのか? 聖女様のこと」
「オレは別に、そんなには」
「マジかよ。聖女様だぞ? きっとめちゃくちゃ優しくて美しい方なんだろうなぁ~」
うっとりと視線を天井に向けた友人を見ながら、私は心の中で謝罪した。
(ごめんイリアス、美しくもなんともなくて)
剣道をしている姿を凛々しいと褒められたことはあるが、美しいなんて言われたことはない。
優しいかどうかも微妙なところだ。負けず嫌いだし、昔から男勝りだと言われてきた。
だからトーラの姿でいる間も特に男のふりをする必要はなかった。
素の自分でいればよかったから楽だった。
「見つかったら一度くらいお目にかかりたいよなぁ~」
「……」
(一応、今お前の目の前にいるけどな)
聖女といつも寝食を共にしていると知ったらこいつはどういう反応をするのだろう。
ちょっとだけ気にはなったが、勿論言うつもりはなかった。