男装聖女は騎士団長に愛される 4
その厩舎は先ほどの厩舎に比べると小さかったが、どことなく高級感があった。
ちなみにここに来るまでの間、他の見習いたちが羨ましげにこちらを見ていたが「俺も」と団長に声をかける勇気のある者はいないようだった。
ちょっと申し訳ない気もしたが、イェラーキに会いたい気持ちのほうが勝ってしまった。
厩舎の中に入ってすぐに、ラディスが声を上げた。
「イェラーキ、来たぞ」
すると、中にいたその立派な黒い馬は嬉しそうに前脚で地面を掻いて鼻を鳴らした。
やっぱり特別凛々しくカッコ良くて私は入口に立ったまま見惚れてしまった。
しっかりとお世話されているのだろう、黒の毛並みがピカピカと光っている。
(2年前、あの子に乗ったんだよな)
なのに、ほとんど覚えていないことが悔しかった。
イェラーキを撫でていたラディスがそんな私の方を振り返った。
「入ってこないのか」
「えっと、オレが近づいても平気ですか?」
近づけるのはラディスだけだと先日先輩が言っていたのを思い出したのだ。
「ゆっくり入ってこい」
頷いてゆっくりと近づいていくと、その真っ黒な瞳が私を捕らえた。耳もしっかりとこちらを向いていてドキドキする。
でも暴れ出したり威嚇したりする様子はない。
そのままラディスの隣に並ぶ。
イェラーキが目を細め私のことをじっと見つめていて、小さく声をかけてみた。
「イェラーキ、久しぶり……と言っても、姿も違うしわからないか」
あのとき私は女の姿だった。格好も今とは随分違うし、声だって違う。
「手を出してみろ」
「え?」
言われた通り自分の手を出してみるとイェラーキはその手に鼻を近づけてきた。
そしてそのままベロンっと大きな舌で舐められてびっくりする。
「な、舐めっ」
興奮しながら隣を見るとラディスは笑いを堪えるように口元を押さえながら言った。
「こいつは頭もいいが鼻もいいからな。お前のことをちゃんと覚えているんだろう」
「!」
それを聞いて嬉しくなった私はもう一度イェラーキの方を見た。
「あのときは乗せてくれてありがとう、イェラーキ」
誰がどこで聞いているのかわからないから小声でお礼を言う。
すると、ちゃんと伝わったのか返事をするようにイェラーキは首を上下に振ってくれた。
胸がいっぱいになって思わずはぁとため息が漏れていた。
「やっぱかっこいいなぁ。オレも早く馬に乗れるようになりたい」
「好きなのか? 馬が」
訊かれて大きく頷く。
「かっこいいし可愛いし、昔から馬に乗るのが夢だったんだ」
「なら、こいつに乗れて夢が叶ったわけか」
「あー、でも実はあのときのこと、ほとんど覚えてなくて」
そう苦笑する。
「だろうな。あのとき泣いているお前をこいつに乗せるのは一苦労だった」
「だっ、て……」
一気に顔が熱くなって、思わず大きな声が出そうになってしまった。
……正直、あのときどうやってイェラーキに乗ったのかさえも全然覚えていない。
多分、なんとかして引っ張り上げてくれたのだとは思うけれど。本当に情けないったらない。
と、ラディスは言った。
「また機会かあれば乗せてやる。こいつも喜ぶだろう」
「! うん!」
そんな機会がいつ巡ってくるかわからないけれど、私は大きく頷いていた。
「……今夜、抜けられるか?」
「え?」
「まだやめておくか。病み上がりだものな」
空へのお誘いだとわかって、私は首を横に振る。
「いや、こっちも丁度話したいことがあったんだ」
するとラディスは心なしか嬉しそうに微笑んだ。
そんな、普通はなかなか見ることができないだろう彼の特別な顔にぽっと心があたたかくなった。
「もう行け。皆が不審がる」
「そうだな、わかった。またな、イェラーキ!」
そうして私はイェラーキとラディスに手を振りその厩舎を出た。
(なんか、昨日のことが夢みたいだ)
元いた厩舎に駆け足で戻りながら私は昨日のことを思い出していた。
熱のせいで所々記憶がぼんやりとしていて現実味がないけれど、でもあれは夢なんかじゃない。
私たちは昨日、確かにお互いの気持ちを伝え合ったのだ。
(これって、両想いってことだよな)
じわじわと今更ながら喜びがこみ上げてきた。
両想い。なんていい響きだろう。うっかり口元が緩みそうになる。
(ってことは、私たち一応、恋人同士ってことになるのか?)
恋人同士、カップル、彼氏彼女。……どれもなんだかしっくりこないけれど、でもきっとそういうことだろう。
そこまで考えて、私はぴたりと足を止めた。
(ってことは、だ。今夜ふたりきりで会うのって、一応デートってことになるのか……?)
これまで恋人がいたことがないので勿論デートの経験もない。
デートと言えば、カップルが手を繋いで色んな場所に遊びにいくイメージだ。
手は何度も繋いでいるし、きっと、多分、いつものようにただ空で話をするだけだろうけれど。でも。
(……なんか、ちょっと緊張してきたかも)




