男装騎士は騎士団長に愛される 2
――ひとりの男としてお前に惚れたんだ。
深い緑に見つめられながら、その言葉を何度も心の中で反芻して。
それでなくても高い体温が更に上昇した気がした。
そんな私に彼は言う。
「改めて、お前の気持ちを聞かせて欲しい」
「わ、私は……」
口を開いて、でも、そういえば自分の気持ちを全く考えていなかったことに気づく。
実を言うと、この歳まで好きな人なんて出来たことがなかった。
恋を、したことがなかった。
後輩の女子たちからきゃあきゃあ言われたことはあっても、異性からこんなふうに真剣に告白をされたのなんて、これが初めてで。
でも、今こうして手を握られて、見つめられて、とてもドキドキしている。
第一印象は最悪だったけれど、この数ヶ月の間に彼の印象はがらりと変わった。
冷徹なんて言われているけれど、本当は部下思いの穏やかな性格で、鳥に憧れていたなんて子供っぽいところもあって、そんな彼のことが私は……。
(そっか、好きになってたんだ)
ストン、と心に落ちた。
一緒に空を飛んでいると楽しくて、彼がいないと寂しくて。
聖女様と一緒にいるところを見て胸がざわついたのも、自信がなくなったのも、きっと彼のことを好きになっていたからだ。
自覚して、でも今気付いたばかりで「私も好き」なんて言う勇気はまだなくて。
「……う、嬉しい」
ぽつりと、私は小さく答えていた。
それが今の精一杯だった。
でも嘘偽りのない、正直な気持ちだ。
こちらを見つめる緑の瞳が大きく見開かれて、次の瞬間私は温もりに包まれた。
――え?
一瞬、何が起こったのかわからなかった。でも。
「っ!?」
彼に、ラディスに抱きしめられたのだとわかって、私はその腕の中でギシッと固まった。
この間イリアスにも抱きつかれたが全然違う。
自分が今女の身体だからか、体格差を余計に感じた。
好きだと自覚したばかりでこの距離はダメだ。
全身の血が沸騰してしまうんじゃないかと思った。
「ありがとう、藤花」
耳の後ろでそんな嬉しそうな声が聞こえて、ちゃんと気持ちが伝わったのだとわかった。
そのことにほっとして、でもそこが限界だった。
「……藤花? おい!?」
ラディスが慌てた声を上げた。
私がぐったりと彼に体重を預けたからだ。
「大丈夫か!?」
「だい、じょうぶ……」
なんとかそう答えて、でも心配そうなラディスの顔がぐるぐると回っていた。
ラディスは私を優しくベッドに寝かせてくれた。
横になって目を瞑り何度か深呼吸をしたら少し楽になった。
頬に冷たい感触を覚えて目を開けると、ラディスが私の頬に優しく触れていた。
先ほど私を悪夢から救い出してくれた手だ。
(ラディスだったんだ)
「熱が上がってしまったな。すまない、つい……」
申し訳なさそうに謝罪した彼に、私は頭をゆっくりと振った。
「それより、ここにいて大丈夫なのか?」
彼は団長だ。
やらなければいけないことがたくさんあるはずだ。それに……。
「あの女のことなら気にするな。とりあえずキアノスに任せてある」
「……あの子が本当に偽者だとしたら、何者なんだ?」
ふわふわとした可愛らしいあの子を思い出しながら言う。
ラディスは首を横に振った。
「わからん。単に聖女として持て囃されたいだけか」
それから彼は声をひそめ続けた。
「……戦を早めたい誰かが送り込んだという可能性もある」
「!?」
そうか。聖女が現れたということは、もういつ戦が始まってもおかしくないのだ。
戦が始まるということは、ラディスや騎士になったばかりのイリアスだって戦地に赴くことになる。
「だから今、慎重に探りを入れているところだ」
「そうか……。あ、でも聖女がふたりいるって可能性は?」
「ない。聖女はひとりしか存在しない」
そういうものなのかと納得しかけて、ふと思い出したのは2年前のことだ。
「でも前に、もし私がバラノスの聖女だったら殺すとか言ってただろ? だとしたらどっちかがバラノス側の聖女だってことも」
「あ、あれは……」
急に、ラディスが視線を泳がしバツの悪そうな顔をした。
「?」
「……すまない。あれは、お前を城に近づけないための咄嗟の出まかせだ」
「でま……は!?」
あんぐりと口を開けると、ラディスはガバっと頭を下げた。
「恐ろしい思いをさせて、本当にすまなかった! あのときお前が城に行っていれば、お前は確実に戦の道具にされていた。それはどうしても避けたかった」
「なんで、そんな……」
やっぱり、聖女の力には頼りたくないからなのだろうか。
すると、ラディスは言いにくそうに答えた。
「……あのとき、お前泣いていただろう」
「!」
また恥を蒸し返されて顔の熱が上がる。
「だ、だから、あのときは」
「わかっている。誰だって突然知らない世界に来たら混乱するに決まっている。そんな何もわかっていない聖女を、こちらの世界の都合でいきなり戦に巻き込むなど俺にはできなかった」
驚き過ぎて、なんだか全身の力が抜けた気がした。
だって、あれのせいでラディスの第一印象は最悪だったのだ。
それが全部、実は私のためを思ってのことだったなんて。
「すまなかった」
もう一度謝罪されて、私は首を振る。
「ありがとう、ラディス。あのとき、私を護ってくれて」
大分遅れてしまったけれど、今できる精一杯の笑顔で感謝を伝える。
と、ラディスは渋面を作り眉間を押さえた。
「? どうした?」
「……いや、己の理性と戦っているだけだ」
「は?」
そのときだった。
ラディスがドアの方を振り向き立ち上がった。
「誰か来る」
「イリアスか!?」
私は慌てる。
まだ女の姿のままだ。
「戻れるか?」
「た、多分、」
そうして目を瞑り集中したとき、ガチャっとドアが開いた。
「トーラ、飯持ってきたぞー。具合はどうでええっ!? ラディス団長!?」
イリアスはラディスの姿を見てバカデカい声を上げた。
「な、なんでここに」
「こいつが体調を崩したと聞いて少し様子を見に来ただけだ」
冷静に答えたラディスはこちらを振り返り、無事トーラの姿に戻った私を確認してからドアの方へと歩いて行った。
「あとは任せる。無理はさせるな」
「は、はい!」
びしっと背筋を伸ばしてイリアスが答えると、ラディスはそのまま部屋を出て行ってしまった。
「び……っくりした~~」
持っていたトレーを棚の上に置きながらイリアスは息を吐いた。
「オレも、びっくりした」
苦笑しながら言うと、イリアスはこちらを見ながら眉をひそめた。
「お前、やっぱラディス団長に気に入られてんじゃねーの?」
ギクリとして、私は「んなわけねーだろ」と慌てて誤魔化したのだった。
……熱のせいで顔が赤いのがバレずに済んで良かったと思った。




