男装聖女ともう一人の聖女 4
「聖女様にお会いした!?」
「ああ、いいだろ」
夕飯時、具だくさんスープパスタを食べながら聖女様の話をすると、イリアスは目をまん丸にしてデカい声を上げた。
その声を聞いて周囲の奴らの視線も一気に集まり、ちょっとイイ気になって私は続ける。
「馬に興味があったみたいでな、ラディス団長と一緒に厩舎に来られたんだ」
「まっじかよ! で、どんな方だった!?」
「うーん、オレ的には可愛らしい人って感じだったな。ふわふわしてて。それと金髪だった」
「俺も今日お見かけしたぜ」
そう話に入ってきたのは、私の後ろのテーブルに座っていた奴だ。
「もうほんと、護ってさしあげたいって思える方だったなぁ」
「そう、それ! 声も可愛かったし」
「そうなんだよ! 笑い声なんてまるで小鳥が歌っているようでさ」
私たちが意気投合していると、イリアスが背もたれに身を預け天井に向かってぼやいた。
「いいなあー! 俺、今日城内にいたのに一度もお会いできなかった!」
「これからいくらでもチャンスはあるって!」
「君たち、少し静かにしてもらえないか」
突然、そんな不機嫌な声が上がった。
イリアスの後ろのテーブルからだ。
(ザフィーリ!)
その銀髪を見て、私はヤバと思った。
「ああ?」
案の定、イリアスが柄悪くそちらを振り向く。
その場の空気が一気にピリつくのがわかった。
――彼、ザフィーリは私たちと同期でイリアスと同様先日正式に騎士になった男だ。
いつもとにかく冷静な奴で、所謂陽キャなイリアスとは、水と油の関係、犬猿の仲というやつなのだ。
時間をずらしているのか、食堂で一緒になることはほとんどないのでまさか真後ろのテーブルにいるとは思わなかった。
その彼が不愉快そうに顔を顰め、掛けているメガネの位置を直した。
「こんなふうに下品に騒いで、聖女様に失礼だとは思わないのかい?」
「んだと?」
「君も奇跡的に騎士になれたのだから、その名を貶めるような振る舞いは慎みたまえ」
ガタンっと椅子から立ち上がったイリアスを見て私は慌てる。
「イリアス!」
はぁ、とザフィーリはわざとらしく大きなため息を吐くとゆっくりと立ち上がった。
「そうやってすぐに熱くなるのも君の悪い癖だ。全く気分が悪い。僕は部屋に戻ることにするよ」
そう言うと、ザフィーリは空になったトレーを持ってさっさと行ってしまった。
ホっと胸を撫でおろす。
それは私だけではなかったようで、小さな溜息があちこちから聞こえてきた。
イリアスだけが、ザフィーリの背中を見つめながら拳を震わせていた。
「あーー腹立つ! なんであんな嫌な奴が騎士になれたんだよ!」
部屋に戻って開口一番イリアスは怒鳴った。
(きっと向こうも同じことを思ってるんだろうなぁ)
そう思いつつ、私はまあまあと苦笑する。
……でも正直、ザフィーリの言うことも一理あると思った。
確かにあんな話を聖女様が聞いたら嫌な気持ちになるかもしれない。
反省だ。
しかしそれをイリアスに言えるわけもなく、私は早急に話を変えることにした。
「それよりイリアス! 騎士になって1日目の今日はどんなことをしたんだ?」
ベッドに腰掛け笑顔で訊くと、イリアスはあーと思い出すように視線を上に向けた。
「正装用の採寸とって、あとは城内での立ち振舞いとかマナーとかそういうお勉強」
「……なんか、退屈そうだな」
「そうなんだよ。途中眠くなっちまってさぁ」
言いながらイリアスも隣のベッドに腰を下ろした。
「で、お前はどうだったんだ? 馬の世話、楽しみにしてたんだろ?」
訊かれて私は大きく頷いた。
「ああ! もうめっちゃくちゃ楽しかった! やっぱ馬は可愛いよな。早く乗りて~!」
そう言って足をバタつかせると、イリアスは漸くいつもの笑顔を見せてくれた。
そして、その夜。
今日はイリアスの寝つきが早く(なんだかんだ疲れたのだろう)、私はいつもより早く部屋を抜け出すことが出来た。
いつもの武器庫裏に行くと、まだラディスは来ていなかった。
(ま、いつも待たせてるのはこっちだしな)
そう思い、私はいつも彼が私を待っている場所に凭れ、彼を待つことにした。
まだ少し気は重いが、それより今は早く聖女様の話がしたかった。
――しかし。
(あれ、ちゃんと合図だったよな? 目、逸らしちゃったけど……)
なかなか現れないラディスにだんだん不安になってくる。
もう1時間は優に待っただろうか。
(でも、あいつだっていつも長いこと私のこと待っててくれてたし)
それから更に待って、待って……流石に眠くなってきた私は欠伸のあとで溜息を吐いた。
何か、来られない理由が出来たのかもしれない。
合図自体、私の勘違いだった可能性もある。
(……折角だし、少し飛んでから戻ろっかな)
そして、私は一応周囲に誰もいないことを確認してから元の姿に戻り夜空へと舞い上がった。
今日は空全体が薄雲に覆われていて星はあまり見えないが、やはり夜風がとても気持ち良かった。
でも、なんだかとても静かに感じられた。
最近はいつもラディスと一緒だったからだと気付いてまた溜息が漏れてしまった。
「……戻るか」
ぽつり呟いてゆっくりと高度を下げていく。
その途中でふと気が付いた。寄宿舎の騎士団長の部屋に灯りがついている。
そして、私は空中で固まった。
カーテン越しに、ふたつの人影が見えた。
その影が、昼間見たあのふたりのシルエットと重なった。
(嘘、だろ……?)
ふたつの人影がゆっくりと近づいてひとつになるのを見て、それ以上は見ていられず私は逃げるようにまた空へと高く跳躍した。