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男装聖女ともう一人の聖女 3


 ニ次試験に向けた鍛錬メニューは主に馬上訓練だ。

 私と同じく一次試験に合格した見習いたちが厩舎の前にずらりと並べられ、何人かの先輩騎士が乗馬における注意事項を静かに話していく。

 普段の指導のような大きな声では馬が驚いてしまうため、その声は酷く淡々としていた。


「中には乗馬経験がある者もいるとは思うが今日は基礎から教えていく」


 それを聞いて思い出したのは2年前のことだ。


(そういえば、ラディスと一緒に乗ったっけな)


 あまり思い出したくないが、泣いてどうしようもなかった私を後ろから支えるかたちであいつは馬を走らせた。

 あれが私にとって初めての乗馬体験となった。


(あのときの子はここにはいないのかな)


 あの馬は黒毛だった。日本では確か「青毛」と言うのだったか。

 とても凛々しくカッコいい馬だったと記憶している。

 ここから見える馬たちは皆濃さの違いはあるものの茶色の毛並みで、どうやらいないようだ。


「まずは馬に慣れることからだ。お前たちには今日からここにいる馬の世話をしてもらう」


 先輩騎士の言葉を聞いて周囲が少しだけざわついた。

 私はイリアスから聞いていたので特に驚きはなかった。


(イリアスの奴、糞をかけられたとかなんとか言ってたっけ)


 そのときのあいつの渋い顔を思い出し笑いそうになってしまった。


 実はこのニ次試験に向けた馬上訓練を、私はずっと楽しみにしていたのだ。

 動物は全般好きだが馬は特別好きだ。先ず走る姿がとにかくカッコイイ。それに目が可愛い。

 乗馬クラブに通ってみたいと色々調べていた時期もあったくらいだ。

 結局金銭面で断念せざるを得なかったので、今正直めちゃくちゃワクワクしている。

 馬に乗れる。間違いなく、騎士になりたい理由のひとつだった。


「ラディス団長の愛馬イェラーキはこちらにはいないのですか?」


 そのとき誰かがそう声を上げた。


「イェラーキは特別な馬だ。この厩舎にはいない」


 先輩騎士が答えるのを聞いてへぇと思った。


(あの子、イェラーキっていうのか)


 そういえばラディスがそんなふうに呼んでいたような気がする。

 カッコよくてあの子にピッタリな名だと思った。


「イェラーキは気性の激しい馬だ。乗り熟せるのも触れることが出来るのもラディス団長のみ。不用意に近づいたら蹴られるからな。絶対に近寄ったり刺激したりしないように」


 馬に蹴られたら最悪命を落とすと聞いたことがある。想像してゾッとした。


(あのときはラディスがいたから平気だったってことか)


 私はワクワクを抑え、気を引き締めた。




 馬房の掃除、餌の準備から飼い付け(餌やりのこと)など早速やることはたくさんあった。

 でもやっぱり馬は可愛い。こんなに近くでお世話が出来て本当に幸せだった。


(早く乗ってみたいなぁ)


 時間があっという間に過ぎ汗まみれになった頃だ。

 俄に厩舎の外が騒然となった。

 なんだ? そう思い厩舎の外に出てみて私は目を見開いた。


 城の方向からラディスが歩いてくる。

 その隣に、淡い色のドレスを着た美しい女性がいた。


「聖女様!?」


 誰かが声を上げた。

 それを聞かなくても、一目見た瞬間に彼女がそうなのだとわかった。


(あの子がもう一人の聖女……)


 歳は私とそう変わらなそうだが、可憐という言葉がぴったりで思わず守ってあげたくなるような儚さのある子だった。

 ふわりとした長い金髪を靡かせ柔らかい微笑みを浮かべ歩く姿はまさに『聖女様』の名に相応しい。

 こちらにまで甘い良い香りがしてきそうだ。


 一方、こちらは汗まみれの泥まみれ、おそらく匂いも酷いだろう。

 なんかもう比べるのさえ申し訳なかった。


 ……それにしても。


「絵になるふたりだなぁ」


 誰かの呟きが聞こえてきた。

 聖女様を護るのは騎士の役目、という言葉が蘇る。

 本当に、お似合いのふたりだと思った。


「団長、どうされたのですか」


 慌てたように、先輩騎士のひとりがラディスに駆け寄り声をかけた。


「いや、彼女が馬を見たいというのでな」


 そう答えたラディスは心なしか疲れているように見えた。

 と、聖女様は私たちに注目されていることに気付いたのだろう、こちらに視線を向けるとにこりと笑った。


「皆さん、お疲れ様です。少しお邪魔いたしますね」


 声も可愛らしかった。

 鈴を転がすような声、というやつだ。

 しかし言われた男たちは皆一斉に緊張したようにぴんと背筋を伸ばした。

 聖女様はそんな奴らにもう一度微笑んでから馬たちに視線を移し「まあ、可愛らしい」とはしゃいだ声を上げた。

 

 と、そのときだ。


「!」


 ラディスとばっちり目が合った。

 ――合図だ。

 そうとわかったのに、私はパっと目を逸らしてしまった。

 昨夜のこと、そして自分の恥ずかしい勘違いを思い出したのだ。

 でも流石にあからさま過ぎたかと視線を戻そうとして。


「きゃあ!」


 そんな甲高い叫び声が上がった。聖女様だ。

 途端、その声に驚いた馬たちが厩舎の中で高くいななき落ち着きなく脚をバタつかせた。

 先輩騎士たちがすぐにその馬たちに駆け寄りどうどうと宥め始めた。


 そして叫び声を上げた当の聖女様はというと。


「大変、ドレスが汚れてしまったわ!」


 それを聞いてガクっと力が抜けた。

 ドレスの裾に泥が少し跳ねてしまっただけのようだ。


「だから言ったでしょう」


 そう溜息交じりに言ったのはラディスだ。


「ここはそんな格好で来る場所ではないんです。それと、馬の前で大きな声を出してはだめだと言ったはずですよ」

「ごめんなさい。でも、どうしても馬たちを見てみたかったんですもの」


 聖女様はしゅんとした顔でラディスを上目遣いで見つめた。

 ラディスがもう一度はぁと溜息を吐いた。


「さあ、もういいでしょう。城に戻りましょう」

「わかったわ、ラディス」


 そうして、ふたりはまた並んで城の方へと戻っていった。


(なんだったんだ……)


 呆然とそんなふたりを見送っていると。


「聖女様……」

「綺麗だったなぁ……」

「俺たち、ラッキーだったな」


 そんな呆けた声があちこちから聞こえてきた。


(まぁ、確かに。後でイリアスに話してやるかな)


 とりあえず掃除の続きをしようと厩舎の中に戻りながらふと思った。


(そういや聖女様、金髪だったな。日本人ではないってことか?)


 ……それより、今夜またラディスに会うのか。


 思わず溜息が漏れていた。

 おそらく奴も聖女様の件を話したいのだろう。私だって色々気になるし話したい。


 でも、なんだかすこぶる気が重かった。




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