男装聖女ともう一人の聖女 2
「あーあ、一目でいいからお姿拝見したかったな~」
向かいに座るイリアスがフォークでサラダをつつきながら不貞腐れたように言った。
――そう。
結局、聖女様と会うことも見ることも叶わなかったのだ。
他にも私たちと同じように噂を聞いて城の周りに集まった連中は揃って先輩騎士に散れと怒鳴られた。
そのまま朝食時間となってしまい、仕方なく皆ぞろぞろと食堂に移動し今に至る。
ちなみに今朝のメニューはオニオングラダンスープに似たパンの入ったさっぱりとしたスープとサラダだ。
「城にいるのは確かなんだし、これから見る機会なんていくらでもあるだろ」
「そうだけどさー」
私だってがっかりした。
でもよく考えたらまだ騎士見習いの私が、漸く見つかって手厚い歓迎を受けているだろう聖女様に会えるわけがないのだ。
2年前、私が聖女として名乗り出ていたら私がその待遇を受けていたわけで、そう思うと少し複雑だった。
(ま、私には今のこの生活の方が性に合ってるけどな)
騎士になれたイリアスの方が早く会えそうだが、城に上がるための騎士の正装などはまだこれから用意するのだろう。
と、頭に浮かんだのは騎士団長のあいつだ。
(ラディスはもう聖女様に会えたのかな……)
と、そのとき俄かに食堂の一画が騒がしくなった。
イリアスがそちらの方に身体を向け首を傾げた。
「なんだぁ?」
「聖女様にお会いしたってマジかよ!?」
そんな声が聞こえてきて私たちは顔を見合わせ立ち上がった。
他の仲間たちと一緒にそちらに駆け寄ると、騒ぎの中心にいたそいつはぼーっと虚空を見つめていた。
何度か鍛錬中に手合わせをしたことのある奴だ。名前は覚えていないが。
「なぁ、勿体ぶるなよ! どんな方だったんだ!?」
「……聖女様だった」
皆一斉にガクっと肩を落とした。
「そんなことわかってんだよ! どんな方だったのかって訊いてんだ!」
「……俺、あんな綺麗な人見たことねぇ……」
そうしてそいつはまたうっとりと天井の方を見つめた。
もう完全に骨抜き状態である。
(そんなに綺麗な子なのかよ……)
どうしても同じ聖女である自分と比べてしまって意味もなくショックを受ける。
「それに聖女様、こんな俺にまでにっこり微笑んでくださったんだ……」
おお〜とか、へぇ〜とか、羨ましそうな声がいたるところから上がった。
そしてそいつは続けて呟くように言った。
「俺、騎士になって絶対あの人をお護りする」
「あー俺も早くお姿拝見してー!」
一旦部屋に戻るとイリアスがまたデカい声で叫んだ。
鍛錬用の身支度を始めながら私は溜息を吐く。
「でもお前は近いうちに騎士として城の中に入れるんだから、そんときに見れんだろ」
「そうだけどさ〜」
「まぁ、お前の予想通りそうで良かったな」
「予想通りって?」
「前に言ってただろ。きっと美しい人なんだろうなって。その通りで良かったな」
ベッドに腰掛け靴紐を結びながら言うと、イリアスがしゃがんでこちらの顔を覗き込んできた。
「どうした、トーラ。お前なんか一気にテンション下がってないか?」
ぎくりとする。
……勝手に自分と比べて軽くへこんでるなんて言えない。
「オレだって聖女様が見れなくてがっかりしてんだよ」
「そっか。そうだよな」
そして、イリアスは続けた。
「きっと、ラディス団長やキアノス副長はもう挨拶とか済ませてるんだろうなあ」
「……だろうな」
「聖女様をお護りするのは騎士の重要な役目だもんな」
――え?
私は手を止めイリアスの方を見た。
「なんだそれ」
「え?」
「聖女を護るのは騎士の役目?」
イリアスは目を瞬いた。
「だって、そういうもんだろ?」
「そういうもんて……?」
合点がいったようにイリアスは「あー」と頷いた。
「そっかそっか。お前、超田舎の出だって言ってたもんな」
確かに自分でそういう設定にしたけれど、改めて言われるとムッとしてしまう。
「聖女様の伝説だって。聖女様は異世界から現れその国を繁栄へと導く。それは知ってるよな?」
「ああ」
「で、大昔現れたっていう聖女様を傍でお護りしたのが騎士だったんだ」
「えっ、聖女様って大昔に現れてたのか!?」
そこでまず驚いてしまった。
てっきり予言的なものだと思っていた。
「あくまで伝説だけどな? だから、聖女様をお護りするのは騎士の役目だとされてるんだ。このレヴァンタ騎士団だって元はいつか現れるだろう聖女様のために創設されたっていうぜ?」
私は目を大きくしてその話を聞いていた。
(聖女様をお護りするのは騎士の役目……)
『俺、騎士になって絶対あの人をお護りする』
先ほど食堂で聞いた、あの見習いの言葉を思い出す。
そして。
『自分の身は大事にしろ』
『俺以外の奴に触れさせないで欲しい』
次いで、昨夜のラディスの言葉が蘇った。
(……そうか。だからラディスは昨日あんなことを言ったのか)
あくまで騎士として、一応聖女である私を護るための言葉だったのだ。
それがあいつの……騎士の役目だから。
妙に納得してしまって、それと同時に無性に恥ずかしくなった。
(うっわ。私、なんつー勘違いしてんだ)
そりゃそうだ。
あのラディス団長が私のことを好きなんて、そんなことあるわけがないのに。
なのにひとり赤くなって慌てたりして。
(恥ずかしすぎる……!)
ポンっとそのとき軽く肩を叩かれた。
友人がにっと笑っていた。
「だからトーラ、お前だって騎士になったら一緒に聖女様をお護りするんだからな!」
「そ、そうだな。頑張らねーと」
そう言って私は無理やり笑って見せた。
……小さな胸の痛みには、気付かないふりをして。