男装聖女ともう一人の聖女 1
――いやいやいや、「わかった」じゃないんだわ。
部屋に戻りベッドに潜り込んでから私は頭を抱えた。
(え? なんだ、さっきの。……え、夢? 夢だったのか?)
まだ顔が熱い。
酒はとっくに抜けているはずなのに。
(だって、あんなの反則だろ!)
私が「わかった」と頷いた後の、ラディスの満足そうな笑みを思い出して私は無言で悶絶した。
(あんな笑い方出来るならいつもやれっての!)
普段、怒るかしかめっ面ばかりしている奴の笑顔の破壊力といったらなかった。
まんまとギャップにやられた感がある。
(それにしてもまさか、あのラディスが私のことを好きなんて……ん?)
そこまで考えて、ふと我に返る。
(や、でも別に「好き」とは言われてないな?)
付き合って欲しいとか、恋人になって欲しいなんてことも特に言われてはいない。
ただ、俺以外の奴に触れさせるなと言われただけだ。
(……これから、どうすりゃいいんだ?)
「トーラ!」
「!?」
いきなりデカい声が上がって隣のベッドに視線を向ける。
イリアスが右手を天井に向かって突き出していた。
「俺、騎士になれたぞ〜〜」
そう叫んだかと思うとパタっとその手はベッドに落ち、すぐにまた規則正しいいびきが聞こえてきた。
「なんだ、寝言かよ」
夢の中でも騎士になれたことを私に報告しているのかと笑みが零れた。
そして、先ほどラディスからイリアスのことを好いているのかと訊かれたことを思い出した。
イリアスに対して恋愛感情は勿論ないが、年上なのになんだか弟のように感じることは多々あった。
一年以上同室で生活しているからか、もう家族のような存在になっているのは確かだ。
(家族か……)
私には本当の意味で家族と呼べる人たちがいない。
両親は私が幼い頃に交通事故でいっぺんに死んでしまった。
二人は駆け落ち同然で一緒になったらしく身寄りがなかった私は中学まで施設で育った。
高校にはそれまで剣道で良い成績を修めていたお蔭で特待生として入ることができ、それからは一人暮らしをしていた。
そんな中でこちらの世界にやってきてしまったのだ。
私がいなくなって心配してくれる家族はいないが、それでも友達や先生、部活の仲間たちはきっと心配してくれているだろう。
ひょっとしたら警察沙汰になってしまっているかもしれない。
早く帰って安心させてあげたいが、現状どうしようもない。
最近忘れがちだが、早く騎士になって例の聖女について書かれた本を探さなければならない。
(そういえば、ラディスは秘密の書庫のこと知ってるかな?)
訊いたら教えてくれるだろうか。
と、そこで大きな欠伸が出てしまった。
(とりあえず、今日はもう寝よ)
流石に色々あって疲れた。
明日から二次試験に向けた新たな鍛錬が始まるはずだ。
諸々は起きたら改めて考えようと目を瞑ると、間もなく私は夢の中へと引きずり込まれた。
「……ラ! トーラ!」
「ん~?」
イリアスの大きな声で、私の意識はゆっくりと浮上した。
「起きろよ、トーラ!」
もう朝なのか。
いつもは大抵私の方が早く起きて起こすのは私の方なのに、珍しいなと思いながら重い瞼を上げると、イリアスが私を見下ろしていた。
「おはよ~イリアス」
「トーラ! 寝ぼけてないで早く起きろよ!」
「んだよ~、もうそんなヤバイ時間か?」
「時間はまだ平気だけど、いいからよく聞けよ! 聖女様が見つかったんだってさ!」
「へぇ~、聖女様が……はあ!?」
私はガバっと飛び起きた。
イリアスは私が驚いたことに気分を良くしたのか、興奮した様子で続けた。
「さっきトイレに起きたら城の方が妙に騒がしいからさ、丁度通りかかった先輩に何かあったんですかって訊いたんだ。そしたら聖女様が名乗り出てきたって! だから早く聖女様のお姿を拝見しに行こうぜ!」
そんなイリアスの話を聞いている間、私は開いた口がふさがらなかった。
(聖女が見つかった? どういうことだ?)
だって、聖女は私のはずで。
私が聖女だということは、こことは異なる世界から来たことと、聖女の力が使えるという点でおそらく間違いない。
だとしたら名乗り出てきたというその聖女様は一体何者だ?
聖女は何人もいるものなのか?
だとしたら、その聖女様も私と同じく日本から来たのか?
一瞬で様々な疑問が頭を駆け巡った。そして。
(とにかく、その聖女様に会いたい!)
私は急いでベッドをおりた。
「なんだよ、やっぱトーラも気になるんじゃねーか。この間は自分はそんな興味ないみたいに言ってたのによ」
「ま、まあな。急いで支度するから」
「おう! 早くな!」
このことをラディスは知っているのだろうか。
いや、騎士団長なのだからきっといち早く情報は入ってきているはずだ。
あいつは一体どう思っただろう。
そんなことを考えながら、私はいつもより急いで身支度を済ませイリアスと共に部屋を出たのだった。