男装聖女は秘密を共有する 5
「お待たせ!」
武器庫裏に着くと、壁に凭れていたラディスが身を起こした。
私は息を切らせながら言う。
「また遅くなってごめん! イリアスの奴が、浮かれて仲間呼んで酒飲んで大騒ぎして、やっと寝落ちして出てきたから」
「そんなことだろうと思っていた」
特に怒った様子もなくラディスはこちらに手を差し出してきた。
息を整え、まず元の姿に戻ってからその手に自分の手を乗せる。
「行くよ」
「ああ」
( 飛べ )
ぐんっと引っ張られるようにして、私たちは空へと飛び立った。
「あぁ~、夜風が気持ちいい~」
約2週間ぶりの夜空はやっぱり最高に気持ちが良かった。
今日は月も細くて星が一段と綺麗に見える。
「お前も酒を飲んだのか?」
「え? ああ、まぁ、付き合いで少しだけ。あんまり好きじゃなくて」
向こうの世界の甘いお酒なら好きになれたかもしれないが、こちらの世界の酒は「ザ・酒!」という感じでただ苦いだけで全然美味しくないのだ。
それにすぐに顔が赤くなってしまうのも皆に揶揄われて嫌だった。
今もまだ少し顔が火照っていて、だから夜風がいつも以上に心地よかった。
しかしそこでハタと気づく。
「悪い、もしかして酒臭かったか?」
口を押さえ、ラディスから少し距離を取る。
急いで来たから口をゆすいでもいない。
「いや、そういうわけではない。浮かれる気持ちもわかるが、あまりハメを外すなと言おうとしただけだ」
「イリアスに言ってくれよ~、まったく。――あ、そうそう、そんなことより」
私はラディスの方に身体を向けビシっと背筋を伸ばした。
「ラディス団長!」
「なんだ、急に」
眉をひそめた奴に勢いよく頭を下げる。
「改めて、今日はありがとうございました!」
顔を上げるとラディスは驚いたように目を丸くしていて、私はにっと笑った。
「めちゃくちゃ嬉しかった!」
なのに、ラディスはなんだか呆れたような顔をした。
「酔っているのか?」
「は!? 酔ってなんかない!」
すると今度は溜息を吐かれた。
「まだ一次試験に合格しただけだろう。ここでそんなに喜んでどうする」
「そうだけどさ……」
なんだよ、お礼を言いたかっただけなのに、そんな身も蓋もない言い方しなくたっていいだろう。
ブツブツ小さく文句を言いながら景色の方に向き直ると。
「トーラ・ターナー」
「え?」
「この名は本当の名か?」
「あー、いや、一応男装用の偽名だけど」
「本当の名は?」
そういえば、ラディスに本名を伝えていなかったことに気づく。
これまで訊かれなかったからだ。
今更な気がするけれど、別に言っても問題はないだろう。
「橘藤花。藤花っていうんだ」
「トウカ」
「そう。藤の花って意味。藤ってのは紫色の綺麗な花で、この名前結構気に入ってるんだ」
――そのときだ。
「橘藤花!!」
「はい!?」
急に大空に響き渡るような大声で名を呼ばれ、反射的にピンと背筋を伸ばしていた。
「レヴァンタ王国騎士団第一次試験、合格!」
私は大きく目を見開く。
ラディス団長が、こちらをまっすぐに見ていた。
「今後も努力を怠らず精進するように!」
「はい!」
大きな声で返事をすると、ラディスはその厳しい顔をふっと緩めた。
「おめでとう」
「ありがとうございます!」
騎士団長直々の合格と祝いの言葉に、一気に胸がいっぱいになってしまった。
(だって、こんなのズルいだろ……!)
こんなサプライズ感動するに決まっている。
危うく涙まで出そうになって、私は満天の星に向かって叫んだ。
「よーし! 絶対に騎士になってやるからなー!」
「……だが、自分が女であることは忘れるなよ」
「は?」
声のトーンが微妙に変わった気がして視線を戻すと、なんだか不機嫌そうな顔があった。
「なんだよ、まさか今更女だから騎士にはなれないとか言うなよ」
「そうではない」
ラディスはふいと私から視線を外した。
「今日、同室の奴に抱きつかれていただろう」
「え? あー、騎士になれてよっぽど嬉しかったんだろうな」
見てたのか、と思いながら苦笑する。
「でも男同士であんなの普通だろ? さっきだって飲みの席で散々絡まれたし」
「そうやって安易に身体を触れさせるなと言ってるんだ!」
「へ?」
急に怒るように言われてぽかんとしてしまった。
「見た目は男でもお前は女なんだ。自分の身は大事にしろ。同室の奴もお前はイイ奴だと言うが、お前が女だとわかったらどうなるかわかったものでは」
「な、なんだよ、いきなり」
友人のことを悪く言われた気がしてムっとする。
「イリアスはそんな奴じゃない。あいつは私が女だってわかってもこれまでと変わらず友人として接してくれるはずだ」
「なんだ、やっぱりお前はあの男のことを好いているのか」
「はあ? だから、違うって! そういうのじゃなくて」
「そうとしか聞こえん。それなら俺が口を出すことではないが」
「だから、違うって言ってるだろ!?」
イライラして、私は思わず言ってしまった。
「なんだよさっきから。まるでイリアスに妬いてるみたいに聞こえるっつーの」
「…………」
――え?
てっきり怒鳴られるか呆れた顔をされると思ったのに、思いの外真面目な顔が返ってきてギクリとする。
「……悪いか」
「えっ、や……え?」
ぐっと、繋いでいた手に力がこもった。
「俺だって、あんなところを見なければ気付かなかった」
「え、えーと」
「あいつに抱きつかれているお前を見て、無性に腹が立った」
言われている台詞は、まるで愛の告白のようで。
すっかり冷めていたはずの頬に、じわりと熱を覚える。
(嘘だろ……?)
あの冷徹ラディス団長が?
まさか、冗談だろ?
でも、こちらを見つめる奴の目は真剣そのもので、嘘を言っているようには見えなかった。
「だから、俺以外の奴に触れさせないで欲しい」
いつの間にかもう一方の手も強く握られていて。
「……わかった」
こくりと私は頷いてしまっていた。