男装聖女は騎士見習い 1
「聖女はまだ見つからんのか!」
「申し訳ありません! 国中を探しているのですが……」
今日も今日とて城内は騒がしい。
それもそのはず、異世界から現れるという伝説の『聖女』がなかなか見つからないからだ。
予言では、今年の花咲き誇る季節。まさに今。
しかし未だ聖女は姿を現さない。
国王は焦っている。
戦が始まろうとしている今、聖女の存在が勝敗を大きく分けるからだ。
聖女の力は絶大で、聖女が現れた国は未来永劫の繁栄が約束されるという。
しかし私は知っている。
この国に聖女が現れることはない。未来永劫、絶対に。
――なぜわかるのか。
(私が、その聖女だからだ)
私はこのレヴァンタ王国の騎士……見習いのトーラ。
本名は橘藤花。
日本からこの異世界にやってきた、一応伝説の聖女……らしい。
――なぜバレないか。
絶大な聖女の力で、男に姿を変えているからである。
私がこの世界にやってきたのは2年前。高校2年生のときだ。
突然だった。
剣道部の朝練に向かっている途中、唐突に酷い目眩に襲われ私はその場に座り込んだ。
次に目を開けた時にはもう、目の前の風景が一変していた。
コンクリートジャングルが、本物の緑のジャングルに変わっていたのだ。
夢を見ているのかと思った。
手にしていたはずのバッグやスマホなどは一切持っておらず、まさに着の身着のままの状態で私は深い森の中にひとり座り込んでいた。
幸い、しばらく彷徨っているうちに道に出た。
この道を行けばきっと人に会えるはずだと私はひたすらその道を歩いた。
しかし運悪く、最初に出会ったのは野盗たちだった。
一目でヤバイ奴らだとわかり私は逃げた。
逃げて、逃げて、間一髪のところを助けてくれたのは、馬に乗った男の人だった。
彼は強かった。長い剣を使い、すぐに野盗たちを追い払ってくれた。
地べたに座り込む私を見下ろし、彼は訝しげに訊ねた。
「どこの村の者だ」
「……?」
どう答えていいのか、わからなかった。
助けてくれたその人の格好も普通ではなかったからだ。
彼は、まるで映画やゲームの中から飛び出してきたかのような西洋風の甲冑を身に纏っていた。
「言葉がわからないのか?」
私は頭を振った。
わかる。言葉はちゃんとわかる。
ただ状況が飲み込めなくて、意味がわからなくて。
自分の口から出た声が驚くほどに震えていたことを覚えている。
「ここは、どこ……?」
限界だった。
私はその場で泣き崩れた。
声を出したことで、張り詰めていたものがぷつりと切れたようだった。
(今考えると、ほんとありえない)
それまでの人生で人前で泣いたことなんてただの一度もなかったのに。
なんという失態。
(しかも、あの男の前で……っ)
そのときのことを思い出し、私は強く拳を握り締めた。
その男はこの国の騎士だと言った。
見た目は20代半ば程。眉間に皴が寄っているせいでもっと上にも見えた。
髪はごく見慣れた黒髪で、しかしその瞳の色は森の中のような深いグリーンだった。
彼は私を馬に乗せ、近くの村へと連れて行ってくれた。
元々その村で一泊するつもりだったという男は、宿の一室で私の話を聞きその強面を更に険しくした。
「この辺りには聖女の伝説がある」
「聖女?」
「聖女は異世界から現れ、絶大な力でその国を繁栄へと導くと云われている」
「異世界から……本当に、ここは日本じゃないんですか?」
「お前の言う『ニホン』や『アメリカ』など聞いたことがない」
私は絶句した。
突然異世界に飛ばされる、そういう物語があることは知っていたけれど、あくまで物語、フィクションだと思っていた。
まさか自分がその当事者になるなんて思いもしなかった。
大掛かりなドッキリ企画であって欲しいと願いながらも、私は小さく言った。
「でも私、絶大な力なんて持ってません」
「そのようだな」
当時、剣道ではそこそこ強い方だと思っていた私はそこで少しムっとした。
しかし野盗に襲われていたところを助けてもらったのだ。そう思われても仕方ない。
「どうやって帰ればいいんですか?」
「知らん」
「……これからどうすれば」
「突然来たというなら突然帰れるかもしれない。それまでこの世界で生きるしかないだろうな」
「そんな……!」
その突き放したような冷たい言い方に私は焦りを覚えた。
こんなわけのわからない場所でどうやって生きていけばいいのか。
必死な思いで私は続けた。
「もしかしたら私、その聖女かもしれないんですよね? 私をお城に連れて行ってください。何かの役に立てるかも!」
とりあえず早急に衣食住は確保したかった。
それなら聖女だと名乗り出てしまうのが一番手っ取り早く確実だと思ったのだ。
しかし男は冷たく答えた。
「お前を城に連れていくわけにはいかない」
「なんで!」
「今この国レヴァンタは隣国バラノスと一触即発状態にある。今お前が聖女として名乗りを上げれば確実に戦に巻き込まれるぞ」
戦……戦争、なんて嫌な響きだろう。
思わずごくりと喉が鳴っていた。
「それに……お前、気付いたらあの森にいたと言っていたな」
私が頷くと、こちらを見る緑の目が鋭くなった。
「あの森は国境にある。お前が現れたのがもしバラノス側だった場合、お前はバラノスの聖女ということになる」
「え……?」
「その場合、俺は我が国のためにお前を始末しなくてはならない」
「!?」
ぎょっと目を剥き身体を固くした私に、しかし彼はふっと息を吐いて視線を落とした。
「だが正確な場所がわからない以上、何もする気はないから安心しろ」
ほっと肩の力を抜いて、しかしそんなことを聞いてしまった以上安心なんて出来るわけがなかった。
野盗から助けてはもらったが、彼も完全には信用できないということだ。
と、彼は立ち上がり私を見下ろした。
「どちらにせよ、俺は聖女の力などに頼るつもりはない」
その言葉にもムカっときて、更に彼は偉そうに続けた。
「城には連れていけないが、都の知り合いに口利きくらいはしてやろう」
「結構です」今なら確実にそう答えていただろう。
しかし、当時の私はこの男に頼るしかなかった。
――あれから早2年。
色々あって現在私は騎士見習いトーラとして日々剣の鍛錬に励んでいる。
「そこの見習い、動きが全然なっていないぞ! やる気がないのなら帰れ!」
「……っ、すみません!」
あのムカつく男――冷徹と謳われるレヴァンタ王国騎士団団長ラディスの元で。
お読みいただきありがとうございます。
新作、一度書いてみたかった男装ものです。
よろしくお願いいたします。