第五話:裏切りの残焔
夏の昼下がり、俺のアパートは扇風機のブーンって唸りと、レンジでチンするたこ焼きのピピッって音で満たされてる。窓から差し込む陽射しが、カーテンをギラギラ炙って、部屋ん中の空気をムワッと重くする。俺、ヨシノブ、21歳、国立大の3年生、こんなクソ田舎で1400年前の大妖狐と同居してるなんて、誰が信じんだよ。銀髪ののじゃロリ妖狐、焔華がソファにゴロンと寝っ転がって、冷凍たこ焼きをパクパク食いながら、俺のノートPCをジロジロ覗いてくる。
「ヨシノブ、のう! この『三明剣』のありか、さっさと突き止めたか? 全く、妾の霊力が宿る宝物を、人間どものガラス箱に閉じ込めるとは、許せんのじゃ!」
焔華の声が、キンキン響いて俺の耳を刺す。赤い目がギラリと光って、小さい体がソファの上でバタバタ暴れる。ピンクのフリルワンピと帽子、昨日届いたばかりの子供服が、なんかコイツの妖怪っぽさに似合わねぇ。けど、狐耳を隠すハットのおかげで、なんとか人間っぽく見える……いや、結構ギリギリだろ、これ。コイツの肌、ヒンヤリ冷たいのに、たこ焼き食うとジワッと熱くなるの、ほんと霊体って感じだ。
「はいはい、ちょっと待てよ。博物館のサイト、今は予約しないと入れねぇらしいぞ。つか、焔華、お前……その剣、なんでそんな大事なんだ? 巫女の裏切りって、なんかもっと深い話があるんだろ?」
俺、キーボードをカタカタ叩きながら、チラッと焔華を見る。コイツの話、ムロマチ時代の妖怪戦争、第六天魔王、裏切った巫女……なんか、頭ん中でグルグル回って、気になって仕方ねぇ。焔華、たこ焼きをパクッと頬張りながら、フンと鼻で笑う。
「ふん! ヨシノブ、お主、ほんと詮索好きじゃな。妾の過去を抉る気か? まぁ、いいじゃろ。妾を裏切ったあの巫女……名は、ふん、言わんでもいい。だが、あの女、最期まで妾を討ちたくなかったのじゃ。ハハ、泣きながら妾の剣を奪い、宴で酔わせて、山の奥に封じたのじゃよ」
焔華の声に、なんか暗い響きが混じる。赤い目が、遠くを見るみたいに揺らいだ。俺は、心臓がドクンと跳ねて、冷や汗が背中をツーッと滑り落ちるのを感じた。巫女が泣いてた? 討ちたくなかった? なんだよ、その話、気になるだろ。
「待て、焔華。その巫女、そもそもなんでお前を裏切ったんだ? 何か……理由があったんじゃねぇの?」
俺の言葉に、焔華の動きがピタッと止まる。たこ焼き持った手がプルプル震えて、赤い目がジロリと俺を射抜く。空気がビリッと張り詰めて、扇風機の音がやけに遠く聞こえる。
「ふん……お主、ほんとしつこいのう。いいじゃろ、教えてやる。だが、これは妾の記憶ではない。あの巫女の心、妾が覗いた時の残響じゃ。1400年前、ムロマチの世……第六天魔王、ノブナガの野望が全てを狂わせたのじゃ」
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**1400年前、伊予の山奥**
山の奥、月明かりが木々の隙間をチラチラと照らす。冷たい風がヒュウッと吹き抜けて、巫女の白い衣がサラサラ揺れる。私の名は……いや、名などもうどうでもいい。最愛の妹とその夫、幼い子らの顔が、頭ん中でチラつき、胸をギュッと締め付ける。第六天魔王、ノブナガ。あの男の声が、耳の奥でガンガン響く。
「妖怪どもは根絶やしにせねば、この国は我がものにならん。奴らは必ず人間を滅ぼそうとする。巫女よ、焔華を封じろ。さもなくば、そなたの家族は……ハハ、火炙りにしてやろうぞ」
ノブナガの目、まるで底なしの闇。妖怪は悪だと、ただ一方的に決めつけて、皆殺しを命じた。あの男、人の心など持たぬ。妖怪は……確かに悪さをするものだ。強いものは里を焼き、人を喰らう。だが、霊力が尽きれば、儚く消える存在。古き時代から、人と妖は共にあった。自然が均衡を守るために生み出したのだ。山の木々、川の流れ、風の囁き……全てに妖が宿り、人はそれと正しく寄り添って生きてきたのに。
焔華。あの銀髪の妖狐、9つの尾をユラユラ揺らし、艶めかしく、炎で全てを呑み込む大妖怪。だが、彼女の笑顔、まるで子どものように無邪気で、耳を撫でる私の手を、温かく受け入れてくれた。あの夜、宴で彼女と杯を交わした時、彼女の赤い目がキラキラ輝いて、まるで星のようだった。なのに、私は……。
「巫女よ、焔華の剣を奪え。宴で酔わせ、弱らせたところを皆で山を囲い封印しろ。簡単な仕事だ」
ノブナガの手下が、私の耳元で囁いた。妹の泣き声、夫の怯えた目、子らの小さな手……それが頭ん中でグルグル回り、胸をズキズキ抉った。私は、逆らえなかった。焔華の剣、三明剣。あれは彼女の霊力の欠片。奪えば、彼女は弱るだろう。封印すれば、2000年も経てば消えだろう。そう、簡単な……仕事。
宴の夜、焔華は杯をグビグビ飲み干し、ケラケラ笑っていた。銀髪が月光にキラキラ揺れ、9つの尾がフサフサと踊る。私は、彼女の耳を撫でながら、剣の柄に手を伸ばした。焔華の笑顔は、まるで無垢な子どものようだった。なのに、私の手は震え、涙がポロポロこぼれた。
「巫女よ、のう、妾、楽しかったぞよ。お主、人間にしてはほんとに良い奴じゃな!」
焔華の声が、胸をズキッと刺した。私は、剣を奪った。焔華の目が、驚きと裏切りに揺れるのがわかった。どうせ私も長くはないだろう。それでいいよ、焔華。次の瞬間、合図とともに陰陽師どもの呪文が響き、焔華の体がグニャリと崩れた。炎がチラチラと消え、その後、山の奥底に祠が築かれた。私は、剣を握りしめ、泣きながら土を掘った。焔華、ごめん……ごめん……。
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**現代、ヨシノブのアパート**
「……って、のが、あの巫女の心の残響じゃ。ほんとかどうかは知らんがな。ふん、愚かな女め。妾を裏切ったくせに、泣きながら剣を握るとは!」
焔華の声には、ドス黒い怒りと、どこか悲しげな響きが混じっていた。俺は、ゴクリと唾を飲んで、ソファにドサッと座り込んだ。巫女の話、ノブナガの脅迫、妖怪と人の共存……なんか、頭ん中でグチャグチャだ。焔華の赤い目が、チラッと濡れたみたいに光った。コイツ、1400年経っても、裏切りを忘れられねぇんだな。
「焔華……その巫女、家族を人質に取られてたんだろ? お前を討ちたくなかったって……それ、めっちゃキツい話じゃねぇか」
俺の言葉に、焔華がフンと鼻で笑う。けど、その目は、なんか揺れてる。たこ焼きを持った手が、プルプル震える。
「ふん! キツいじゃと? ハハ、ヨシノブ、お主、甘いのう。妾は大妖狐、裏切りなどは笑いものじゃ! だが……あの女の涙、剣を握る手の震え……ふん、忘れられんのじゃよ」
焔華の声は、なんか切なげだ。俺は、心臓がドクドクうるさくて、冷や汗がダラダラ流れるのを感じた。三明剣、巫女、あのノブナガかよ……この話、やっぱりただの宝物探しじゃねぇ。焔華の執念、1400年前の悲劇が、なんかデカい波になって俺に押し寄せてくる。
「ヨシノブ、ぼーっとするな! ほれ、チャーハンを持ってこい! 妾の霊力を貯めるには、もっと食わねばならんのじゃ!」
焔華がグイッと俺の腕を引っ張る。相変わらず、すげぇ力。俺は、よろめきながらキッチンに駆け込む。冷凍庫からチャーハンをガサゴソ取り出して、レンジに放り込む。チンって音が響く中、頭ん中で巫女の話がグルグル回る。ノブナガの野望、妖怪と人の共存、焔華の封印……この夏休み、博物館行くだけじゃ済まねぇ。不謹慎だけど、なんか、すげぇヤバい冒険に突っ込んでく気がする。
「ヨシノブ、遅いぞ! ほれ、妾の腹がグウグウ鳴っとるぞよ!」
焔華の声に、俺は、慌ててチャーハンを皿にぶちまける。熱々の米粒が湯気を上げ、ネギとチャーシューの匂いがムワッと鼻をくすぐる。焔華は、ソファから飛び降りて、テーブルにガバッと乗り出す。銀髪がバサッと揺れ、赤い目がチャーハンに釘付けになる。
「うむ! このチャーハンが、やはり最高じゃな! ヨシノブ、お主、妾の霊使としてますます気に入ったぞよ!」
焔華がスプーン持ってガツガツ食い始める。マヨネーズまみれのたこ焼きと一緒に、めっちゃ幸せそうな顔。俺は、呆れながらも、なんかホッとする。コイツ、ガチでヤバい妖怪なのに、こんなんで満足してるなんて……いや、ダメだ、やっぱり可愛いとか思うなよ!
「なぁ、焔華。博物館でその剣、見つけたら……どうすんだ? 取り戻すって、どうやって? まさかケースをぶっ壊したりしないよな」
俺の言葉に、焔華がニヤリと犬歯を見せる。赤い目が、まるで炎みたいにギラギラ光る。
「ふん! ヨシノブ、お主、楽しみにしているがよいぞ。壊すまでもないわ。妾が三明剣を取り戻せば、真の力を……ハハ、この国を、また炎で呑み込んでやるぞよ!」
焔華の笑い声が部屋に響き、俺の心臓がドクドクうるさい。博物館、三明剣、1400年前の裏切り……この夏休み、ただの冒険じゃ済まねぇ。俺は覚悟を決めた。付き合ってやる。焔華の執念、俺の人生、どこに転がってくんだろうな。