第一話:現れた祠
崩れた山の残骸は、まるで歴史が隠してきた秘密を剥き出しにしたみたいだった。土砂崩れの爪痕が、抉れた赤土と折れた木々の残骸をさらけ出し、夏の陽射しがその傷口を容赦なく炙る。俺、ヨシノブ、21歳、一応国立大の3年生。カメラのシャッターを切りながら、胸の奥でざわつく何かを抑えきれなかった。この山はもう、ただの登山スポットなんかじゃねぇ。観測史上初の超大型台風が街をぶっ壊して、違法盛土の噂がネットでバズりまくったせいで、なんだかんだ注目されてる。けど、俺がここに来たのは、そんな野次馬根性じゃない。人間の気配が消えた、こんな荒れ果てたレアな風景を切り取りたかっただけだ。
シャッター音がカシャリと響くたび、俺の心臓が妙にドクンと跳ねる。山の斜面、かつての城跡の石垣が半分崩れて、苔むした岩がゴロゴロ転がってる。風がヒュウッと吹き抜けて、汗で湿ったTシャツが肌に張り付く。不気味な静けさの中、俺の足元で小石がカツンと音を立てた瞬間、視界の端に何か異様なものが引っかかった。
「おい……なんだ、あれ?」
そこにあったのは、土砂に埋もれかけた古い祠だった。コンクリートなんかじゃなく、黒ずんだ木と石でできた、時代錯誤なほどボロい造り。表面には苔がびっしり這って、まるで化石みたいに時間が固まったまま。祠の扉には、赤と白のヤバそうな札がベタベタ貼られ、風でボロボロになった紙がカサカサ揺れる。俺、こういうの見るとゾクゾクするタイプなんだよ。写真撮るだけじゃ我慢できねぇ。好奇心がムズムズ疼いて、手が勝手に動いた。
「不謹慎とか知るかよ……中、覗いてみるよな」
ガリガリと苔を掻き分けて、祠の扉に手をかけると、冷たい木の感触が指先にビリッと走った。まるで何か生きてるみたいに、祠が俺の手を拒むような気配。けど、俺の心臓はドクドクうるさく暴れて、頭の中じゃ「開けろ、男なら開けろ!」って叫び声が響いてる。ギイッと軋む音とともに扉が開いた瞬間、ドス黒い煙がブワッと噴き出してきた。
「うわっ、なんだこれ!?」
咳き込みながら後ずさったけど、煙はまるで意思を持ってるみたいに俺の周りを這いずり、鼻腔を刺す硫黄みたいな臭いが頭をクラクラさせた。視界がぐにゃりと歪む。煙の奥、祠の中から何か……いや、誰かが這い出てくるのが見えた。銀色の髪が、まるで月光を編んだみたいにキラキラ揺れて、赤い目が暗闇でギラリと光る。よく見ると小さい影。10歳くらいの女の子……いや、女の子? 全裸で、肌がやたら白くて、まるで陶器みたいに滑らかだ。犬歯がチラッと覗いて、鋭い爪が土をガリガリ掻く。
「っ……ハァァァァァァっ! 実に、1400年ぶりの空気、うーんまっ!」
その声、子供っぽいのに、どこかゾッとするほど妖しい響き。俺、固まったまま動けねぇ。コイツ、ただのガキじゃねぇ。なんかヤバい。ヤバすぎる。心臓がバクバク暴れて、冷や汗が背中をツーッと滑り落ちる。何、コイツ、妖怪か何か? なんかあるんだよな、ここ、田舎だからさ、よくあるような伝説の大妖怪みたいな話が。
「うん? 童か。オヌシがこの封印を解いたのじゃな。妾はエンカ。こんな姿じゃが、まあ、知らぬものはおらんじゃろ」
このちんちくりんが焔華って名乗った瞬間、俺の脳みそがガツンと殴られたみたいに真っ白になった。
「お前、誰だよ!? だいたい……なんで…全裸!?」
「ふーむ……ふむ。 ハッ! 人間の童が、今更裸で驚くこともなかろ。礼は言うぞ。ヨシノブとやら。本当に、永かったからの」
焔華の赤い目が、俺の心臓をガリガリ抉るみたいに睨みつけてくる。わらわ? いや、待て、コイツ、俺の名前をどうやって知った!? 頭ん中が、テンパっておかしくなりそうだ。落ちつけ。冷静になれ。素数を数えるんだ。今一番ベストな選択肢を、選べ。まず、よく観察しよう。コイツの存在だ、なんかおかしい。小さい体なのに、まるで山全体を飲み込むみたいなヤバいとしか言いようがない威圧感がある。銀髪が風になびいて、まるで炎が揺れてるみたいだ。肌にまとわりつく空気が、急に熱を帯びてきた。
「ちょっと待て! お前、なんで…! いや、その前にだな、服を着ろよ、まず!」
俺は慌ててジャケットとTシャツを脱いでシャツがあんまりにおってないか確認して、焔華に投げつけた。けど、そいつは、ニヤリと笑ってTシャツを弾き飛ばした。バサッと地面に落ちた布が、なんか悲しく見えた。
「服? ハハッ、人間の小僧が、そんなものでこの焔華を縛れるとでも思ったのか? 妾は妖狐、1400年前にこの地を焼き尽くした四国大妖怪、焔華! オヌシのその焦った顔も、美味そうじゃのう!」
コイツの声、子供っぽいのに、どこかドス黒い欲望が滲み出てて、俺の背筋がゾクゾク凍りつく。焔華が一歩近づくたび、地面がビリビリ震えてる気がする。いや、震えてんのは俺の足か? ヤバい、ヤバい、ヤバい! コイツに喰われるのか! いや、喰われる前に、この状況を万が一誰かに見られたら俺の人生が社会的に終わる! 全裸のガキと山で二人きりとか、土砂崩れよりヤバい。どんな言い訳も通じねぇ!
「お前、落ち着け! とりあえず話そうぜ! なんで祠に……あんた、封印、されてたんだよな?」
俺は必死に声を絞り出すけど、喉がカラカラで言葉が震える。焔華はクスクス笑いながら、まるで俺を玩具にするみたいにジリジリ近づいてきた。来るなよ。ほっそりした足が地面を踏むたび、土がザクザク音を立てる。赤い目が、俺の心臓をガンガン抉るみたいに光ってる。
「ハッ、話とな? そうじゃな、人間の童がビクビク怯えながら必死に頭を回しているのは、ゾクゾクするのじゃ! 妾がこの地に封じられた理由が知りたいか? 簡単じゃ。1400年前、この地を炎で呑み込んで、ついでに気に食わぬ人間どもをパクパクと喰っておったからじゃ! で、油断した妾はめんどくさい陰陽師どもに封じられたってわけじゃな!」
焔華の言葉は、まるでナイフみたいに鋭くて、俺の思考を先読みしてるかのようにズタズタに切り裂く。炎? 食った? 陰陽師? なんだよ、それ、まるで時代劇かラノベの世界じゃねぇか! けど、目の前のコイツの気配は、冗談じゃねぇ。こいつはマジでオーラが違う。おそらく、本物の妖怪だ。体温がグングン上がって、汗がダラダラ流れ落ちる。つーか、焔華の肌、近くで見ると、まるで月の光を閉じ込めたみたいにキラキラ光ってる。なのに、なんか……エロいなんて思ったらダメだろ! 俺は、頭をブンブン振ってそんな考え振り払った。
「邪! じゃ、じゃあ、お前、今何するつもりだよ!? また……このなんもない街を焼き尽くすとか、人間を喰うとか、そういうの!?」
「ハハハ! おヌシ、ビビりすぎじゃな! いいのう、その顔! 妾、1400年ぶりに自由になったんじゃ。とりあえず、今のこの国が、どんな味になったか確かめてやろう! おヌシには、そうじゃな、いい匂いしておるし、最初の一口にはちょうどいいかもしれんのう!」
焔華の犬歯がキラリと光って、俺の心臓がギュッと縮こまる。ヤバい、ガチでヤバい! 逃げなきゃ! けど、足がガクガク震えて動かねぇ。漏れそうだ。さっきそこら辺でこっそりしたから、出ないと思うけど。焔華がもう一歩近づいて、小さい手が俺の腕に触れた瞬間、電撃みたいな熱さがビリビリ走った。熱い! けど、なんか…柔らかい? いや、ダメだ、こんなん考えてる場合じゃねぇ!
「待て! お願いだ、取引をしよう。まず、喰うな! 俺、見ての通り汗臭いし、マジで喰っても美味くねぇぞ! ほんとに不味いからな、ほら、そう、チャーハンとかのが絶対美味いって!」
目の前の小さい妖怪に向かって無意識に土下座しながら必死に叫んだら、焔華がピタッと動きを止めた。赤い目が、なんかキョトンとして俺を見てる。え、なに? マジでチャーハンで釣れたの? いや、んなわけねぇだろ!
「ちゃーはん? なんじゃそれは、うまいのかの? 毒も薬も、あらゆるものを喰ろうてきたが、1400年前にはそのようなものは聞いたことがないのじゃ! おヌシ、それを持ってると申すか? 味に自信があるのなら妾に食わせてみよ!」
焔華の声は、急に子供っぽくなって、なんか拍子抜けだ。けど、その目は、ギラギラしたままだ。コイツ、ガチで興味を持ったっぽい。俺は、リュックの中をゴソゴソ漁って、コンビニの弁当用の箸と、さっき食ったチャーハンの空容器を取り出した。ほのかに油とネギの匂いが漂う。
「いや、もう食っちまったんですよ……この通り、でも、街に戻ればいくらでも食えますから! だから、な? いや、ね、まずとりあえず落ち着いて、もし不味かったら、もっと美味いもんいっぱい食わせてやりますから!」
焔華は、鼻をクンクン動かして、俺の手元の容器に顔近づけてきた。ちっちゃい体がグイッと寄ってきて、銀髪が俺の腕にスルッと触れる。柔らかい感触と、なんか甘いような獣っぽい匂いが鼻をくすぐる。ヤバい、心臓がバクバクうるさい。コイツ、子供の見た目なのに、なんか…やたら色っぽいぞ。ダメだ、こんなん考えたら俺の理性が死ぬ!
「ふーん、チャーハン、ね。まぁ、いいじゃろ。人間のガキ、おヌシ、なかなか面白いの。ヨシノブ、だったな? 妾は、焔華じゃ! とりあえず、おヌシが妾の霊使ってことでよいな? この国も、すっかり変わっておるみたいだし、案内するのじゃ!」
焔華がニヤリと笑って、小さい手で俺のジャケットの裾をグイッと引っ張る。ありえねえ、こいつの力、めっちゃ強い。なんか力士みたいだ。いや、力士と戦ったことはねえけど、威圧感がすげえ。俺は、よろめきながらも、なんとか頷いた。れ、霊使? いや、待て、今のコイツと一緒に街とか行ったら、絶対ヤバいだろ! 全裸のガキ連れて歩くとか、即通報案件だ!
「霊使って……お前な、そもそも今も昔も服を着ないと街には行けねぇのよ! つか、なんでずっと全裸なんだよ!?」
「ハッ! 人間とは、ほんとうに細かいことを気にするのじゃな! 妾には、服なんか誤差なのじゃが。夜風が肌に直接ビュービュー当たるのは、気持ちいいのじゃ! じゃが、まぁ、おヌシがそんなにビビるなら、なんか着てやってもよい。ほら、さっきの布切れを、拾ってくるのじゃ!」
焔華がケラケラ笑いながら、さっき弾き飛ばしたTシャツを指差す。俺は、ため息つきながら地面のシャツ拾って、土を払って改めて渡した。焔華は、めっちゃ嫌そうなを顔しながらも、渋々Tシャツをかぶる。デカすぎるシャツが、ちっちゃい体にダボダボで、なんか……あれ?妙に可愛いぞ。いや、ダメだ、こんなヤバい奴を可愛いとか思ったら終わりだろ!
「よし、これでいいのじゃろ? さぁ、ヨシノブ、チャーハンを食わせるのじゃ! んで、この国が、どうなったのかよく見せるのじゃ!」
焔華の赤い目が、ギラギラ輝きながら俺を見据える。俺は、冷や汗をダラダラ流しながら、なんとか頷いた。こいつと一緒に街行くとか、マジで地獄の始まりかもしれない……。けど、なんか、胸の奥でゾクゾクするような興奮が湧いてくる。こいつ、焔華は、間違いなくただの妖怪じゃねぇ。なんか、俺の人生、めっちゃぶっ飛んだ方向に転がり始めそうな予感がする。
こうして、俺の大学人生の、ちょっと変わった夏が、始まった。
タグに最初からバッドエンドってついていたら、それってネタバレなんじゃないか?