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第3話 瑕疵

「タケル!」


 青樹はタケルを抱き起し、何度も揺さぶった。すると、脆弱だが、反応があった。呼吸を確認できて、青樹は心底安堵した。死の気配に取り込まれようとしていた自分が救われた思いだった。


「タケル! しっかりしろ! タケル、タケル!」

「に……兄さん」


 薄く目を開け、切れて血が滲む唇を震わせながら、タケルは絞り出すような掠れた声で応えた。


「何があった!?」

「ごめん……なさい。あんなこと言って」


 青樹の問いかけには答えず、タケルは謝罪の言葉を口にした。


「あんなこと?」

 何のことか、青樹は思い出せなかった。元より、それどころではなかった。

「この傷はどうした!? ……いや、喋らなくていい! もう喋るな!」


 声を出すことさえ負担になるほどの尋常でない傷を負っているらしいと気づいた青樹は、身体の状態を確かめようとタケルの服に手を掛けた。


「だめっ」


 拒絶の意思を示しながら青樹の手を振り払おうとするタケルに、力はなかった。彼はすぐに観念したように脱力し、ただ目を伏せた。



「――!? えっ? 何だ……‼」

 服を脱がし、タケルの身体を見た時、青樹は凍りついた。

「これは……!?」


 その傷がただの怪我でないことは明白だった。

 ぞわりと全身が総毛立つような嫌忌感が、青樹を襲った。


「何も、訊かないで。お願い……だから」

「……わかった」


 愛する義弟(おとうと)の身に何が起こったのか、青樹は悟った。込み上げる激しい怒りに唇を噛んで耐えながら、今、優先すべきはタケルの身体の手当てだと自分に強く言い聞かせた。


「兄さん」

「もう大丈夫だ。タケル、よく帰って来てくれたな」

「うん……ううっ!」


 小さな子どものようにしゃくり上げ、肩を震わせて、タケルは青樹の胸に顔を(うず)めて泣いた。


 傷ついた身体で帰って来たタケルを抱きしめながら、青樹は嘆き、悔やんだ。飛び出して行った義弟を何故自分は追いかけて引き留めなかったのかと。そうしてさえいれば、こんな瑕疵(きず)を負わずに済んだものを。

 天を仰ぎ、地に伏して、声を限りに喚き散らし、慟哭の涙にくれるほどの衝動を、青樹は精いっぱいの我慢で胸に閉じ込めた。自分が理性を失ったところで、タケルの時間が戻ることはないのだと(おのれ)を叱咤し、決壊しそうになる激情の奔流を押し(とど)めた。

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