表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/28

第24話 覚醒

 タケルが特別室に移って以降、青樹は同じ部屋に寝泊まりし、ずっと(そば)に付き添っていた。そして、常に言葉をかけ、語り続けた。


「タケル……貴水彰という人と何があった? おまえの両肩の傷は、その人が付けたのか?」


 タケルの身体を拭きながら、日に日に薄くなっていく爪痕のような小さな肩の傷を見る度に、青樹は訝しんでいた。その疑念は、貴水彰の妹・千鶴の話を聞くに至り、明らかとなった。事故とは無関係と思われるその傷の意味を、爪痕の理由を、青樹は辛い思いで得心した。


「どんな時だろうと、俺はおまえを傷つけたりしない」


 一時(いっとき)といえどもタケルを奪い、瀕死の重傷を負わせた貴水彰という人物がタケルに何をしたかは、もはや問うまい。既に彼はこの世にはいない。何より、彼の妹・貴水千鶴のためにこそ、許し難い思いは鎮めて然るべきだと青樹は思った。気丈で、立派な妹に免じて。


「タケル、おまえは帰って来てくれた。生きてさえいてくれればいい。そのことだけで感謝する。ありがとう、タケル、おまえは俺の許に帰って来た。傷つきながら……ああ、どうしておまえは、いつも、そう傷だらけで帰って来るんだ? おまえが傷つくと俺は生きた心地がしない。でも、タケル……タケル……帰って来てくれて、ありがとう。……愛している」


 蒼ざめて眠るタケルに、青樹は心からの愛を告げる。

 そして、子守唄を歌う。

 但し、眠りのためならず。目覚めよと歌う。覚醒を促す願いの元に。忌夢として厭うはずの子守唄を。囁くように、語りかけるように、御魂に届けるように。渾身の愛を込めて。


 そして、奇跡は起こる。


 タケルの瞼が微かに動いた。

 やがて、濃いブルーの瞳が光を(たた)えて現われた。


「……兄さん」




 * * *




 タケルが意識を取り戻した。


 千鶴はその後、何度もタケルを見舞った。そうするうちに青樹をはじめ、その両親ともいっそう懇意になった。さらに水無瀬崇とも知り合い、彼の個展に足を運ぶことになった。


 水無瀬崇の作品との出逢いは、千鶴の内面世界の原風景を一変させるほどのセンセーションを引き起こした。就中、激しく魂を揺さぶられたのは、彼の最新作『エクスタシーの燃えさし』と『ララバイ』だった。

 今まさに恋人との情事を終えたばかりのような裸の美青年が気怠く横たわり、朝の光に身体を晒している。その肌を愛撫するように彩る光と影が、硬質な肉体の官能的な夜の躍動を想起させる。モデルは、真宮青樹である。現代に甦る、いと麗しきエロスの神。解説にはそう(しる)されていた。

 そして、聞こえてくる、ララバイ。

 岸壁に佇む金髪の美女は青樹の霊界の姿。彼女が口ずさむのは、心を奪う子守唄。

 千鶴は二つの作品の前に(ひざまず)いた。立っていることさえ困難なほどの強いインパクトだった。その衝撃は、千鶴を更なる覚醒へと導いた。


「青樹さん……確かに、兄があなたに(かな)うわけがない」


 それはまた、彰の嘆きそのものだった。千鶴の身体に流れる彰と同じ血が、真宮青樹に完全に敗北したことを認めた。


 

 それからというもの、千鶴は魅入られたように、連日、水無瀬崇の個展に通い詰め、終日その作品の前で過ごした。それは期間終了まで続いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ