表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/28

第22話 もう一人の息子

 事故の当事者の一人であり、かろうじて一命を取り留めた男子高校生が真宮青樹の弟だと知り、水無瀬崇は妙な胸騒ぎを覚えた。

 彰の葬儀から数日が経ち、青樹の弟・タケルがICUから特別室に移ったことを聞いた。

 家族以外の面会は許されない中、水無瀬は青樹の計らいで病室を訪ねることができた。


「真宮くん、弟さんの容態は?」

「安定していますが、意識はまだ戻りません」


「弟さん……タケルくん、だったね」

 水無瀬はタケルの顔を覗き込んだ。

「……‼!」


 その瞬間、水無瀬の時間は凍りついた。彼はそこに信じ難いものを見た。

 十五年に亘り背負い続ける十字架。どんなに謝罪をしようとも、決して償えないその対象たる者を。


「水無瀬先生!」


 激しい驚愕と動揺によろめく身体を青樹に支えられ、水無瀬はなんとか昏倒を免れた。


「すまない」

「大丈夫ですか? なんだか顔色が優れないようですが」


「あ……あぁ、大丈夫だ」

 気遣う青樹の声が意識の彼方を通り過ぎて行くようだった。愕然としながらも、水無瀬はタケルから目を逸らすことができなかった。

「……真宮くん、つかぬことを訊くが、弟さんは、あまり君とは似ていないようだが……その……もしや……」


 非礼を覚悟の上で、水無瀬はどうしても確かめずにはいられなかった。


「ええ。よく訊かれます。俺も慣れっこですから、訊かれたらいつも本当のことを言ってます。弟も気にしていません。……タケルは養子なんです。うちの両親は共に一人っ子で、しかも早く親を亡くしていて近い親類もいなくて、その上、僕まで一人っ子だったら可哀想だということで、このタケルを養子に貰ったんです。女の子は嫁に行ってしまうので男の子がいいと」

「そうか。やはり、彼は……タケル、くんは……」


 間違いない。水無瀬は確信した。

 亡き妻・ローレライの面影を留めるその顔は、瞳が閉じられていてさえも、疑いようもない事実を告げていた。真宮青樹の義弟・タケルは、十五年前、自分が捨てた息子であった。



 水無瀬がタケルの母と出逢ったのは、フランスに渡った直後のことだった。

 傷心の彼を優しく慰めてくれたフランス人の女性がいた。その名も、ローレライ。

 目を奪う美貌、長いプラチナブロンド、濃いブルーの瞳、透き通る白い肌、豊かな胸、くびれた腰、それら全てがお金を生んだ。彼女は『飾り窓の女』だった。

 水無瀬はローレライと恋に落ちた。貴水章三からの援助金を全て注ぎ込んで彼女を身請けし、ひっそりと日本に連れ帰り、結婚した。

 そして、タケルが生まれた。

『タケル』という名は、日本神話に登場する勇猛な美神にあやかってローレライが付けたものだ。彼女は水無瀬が語って聞かせる日本の神話や伝説を愛した。その頃が、水無瀬が人生で一番の幸せを享受していた時期だった。

 しかし、幸せは長く続かなかった。水無瀬は自ら幸せを手放した。安住に刺激はなかった。彼は(おの)が芸術のために、ローレライとタケルを置いて流浪の旅に出た。赴くままの魂の彷徨こそが創作の糧と信じた。そんな水無瀬は人としても芸術家としても未熟で若過ぎたのだ。

 妻子を捨てたことは若さゆえの大きな過ちだった。ローレライは慣れない異郷の地で、頼りとする夫に見捨てられ、次第に精神を病んでいった。そして、自ら命を絶った。


 自分と関わった(ひと)が不幸になる。ならばもう、誰も愛さないと水無瀬は誓った。



「水無瀬先生?」


 急に黙り込んだ水無瀬を、青樹が心配していた。


「あ、いや、なんでもないんだ。……ところで、タケルくんはどうして貴水彰さんの車に同乗していたんですか?」

「その人はタケルの同級生の子のお兄さんだそうです。どういう関りがあったのかは、今のところわかりません」

「そう、ですか」


 貴水彰と真宮タケル。ふたりは紛れもなく血を分けた兄弟であり、自分の息子たちだった。この数日の間に、思いもよらぬ形で彼らとめぐり逢うことになろうとは。(もっと)も、一人は遺影であったけれど。どちらも母に似て、美しく成長していた。

 到底出逢うはずのないふたりが、何処かで接点を持ち、共に死へ向かった。兄・彰は命を落とし、弟・タケルは生き残った。何が生と死の分水嶺だったのか知る由はない。運命の糸によって引き寄せられた二つの魂。互いに兄弟であることを知らず、彰は逝った。残されたタケルも、今後、その事実を知ることはない。父親と名乗る資格など自分にはないことを水無瀬は承知していた。十字架は贖罪の証として、これからも背負い続ける覚悟だ。

 それにしても、と水無瀬は思う。街角で偶然にも真宮青樹を見かけたことが始まりだった。精悍なたたずまいの彼に、嫋やかな聖母のイメージが重なった。その顕界と霊界のアンバランスな魅力に強く惹かれ、裸の彼を描き始め始めて、ようやく実相が見えてきた。妻・ローレライと寸分(たが)わぬ姿の女、それが真宮青樹の過去世だった。その名もまた、ローレライ。遠い異国の()の岩に、その名を残す伝説の魔女。

 赤子の頃に手放した息子・タケルが、その青樹の義弟になっていた。この奇しき因縁に水無瀬は畏れ慄いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ