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第21話 二人の父親

 三日後。


 貴水彰の葬儀はしめやかに執り行われた。

 貴水グループの権勢を知らしめるかのように政財界から錚々たるビッグネームが列席していた。若きプリンスのあまりにも早過ぎる死は各界に大きな衝撃をもたらした。


 その葬儀の席に喪主である貴水章三の姿はなかった。彼は愛息・彰の死にショックを受け、心臓発作を起こして貴水グループ傘下の救急病院へ緊急搬送されていたのだった。

 参列者たちは彼が如何に息子を愛していたかを知っていた。パーティーの席などでは『自慢の息子』と憚ることなく公言し、いつも傍らに寄り添わせ、息子に注ぐその眼差しには、この世にこれほど愛おしいものはないと言わんばかりの濃い愛情が込められていた。

 その鍾愛の息子・貴水彰の遺影は、散る運命(さだめ)の花にも似て儚くも可憐だった。父に溺愛された美しきプリンスの突然の死は多くの人の涙を誘った。


 

 そんな中、人目を避けるように俯いて、ひっそりと花を手向ける男がいた。


「彰、安らかに」


 水無瀬崇。彰の実の父親。


 二十年前、寂しい人妻がひとりの画学生を誘惑し、彼の子を宿した。スキャンダルを懼れた夫は不倫の子を実子として出産させた。

 人妻の名前は、貴水千秋(ちあき)。その夫こそ、貴水章三。そして、当時の画学生、水無瀬崇。彰とは切っても切れない血と宿命で繋がる三人だった。

 水無瀬崇はその後、貴水章三の援助を受けてフランスへ留学した。(てい)のいい国外追放だった。彼には学費や生活費等が貴水家側から支払われることと引き換えに、いくつかの約束事が課せられた。二度と貴水千秋の前に現われないこと。どのような形であれ、息子に近づかないこと。自分が実の父親だと名乗らないこと。また、それを公表しないこと。

 それらを水無瀬崇は、爾来、ずっと守ってきた。しかし、初めて彼は禁を破り、葬儀に参列した。『どのような形であれ』という約束の文言に背くことになっても、息子の最期に挨拶をせずにはいられなかったのだ。

 生前、決して(あい)(まみ)えることのなかった息子・彰の遺影を、水無瀬はその網膜に焼き付けた。




 * * *




「私の、彰……」


 病床で息子の名を呼びながら、貴水章三は涙を流していた。


 仕事に躍起となり、妻を顧みることがなかった己が招いた結果だったと、当時、彼は自分を責めた。事業拡大を内包した政略的な結婚だったとはいえ、章三は妻を愛していた。

 そして、生まれて来た子に自分の名の文字に似た名前を付けた。『章三』の字をひとつにした『彰』という名を。


「彰……」


 心から息子を愛していた。妻が裏切りの末に産んだ血の繋がらぬその子を。彰の存在は、自分にとって人間性を取り戻すために神が遣わした奇跡の賜物のように思えた。


「彰、愛している」

 

 その彰と互いに親子を越えた愛情を抱き合うことを知りながら、章三は彼の将来を思い、敢えて距離を置いた。しかし、それが間違いだったのだろうかと章三は後悔していた。 


「許してくれ、彰……!」




 * * *




 貴水グループの御曹司・貴水彰の死には様々な憶測が流れた。単なる交通事故と看做すには不可解な点が多いとして。早朝のドライブ、同乗者は妹のクラスメイトの男子高校生、断崖の(きわ)の明らかに間に合うはずのないブレーキ痕。

 無理心中か、とも囁かれた。一人の男子をめぐって妹と骨肉の争いの果てに心中という道を選んだのではないか、と。さらには、貴水グループ内での権力闘争に巻き込まれたとする謀殺説まで飛び出した。彰を崇拝し、忠誠を誓っていたという大学の友人の一人が、彼の死の前日、瀕死の重傷を負って無惨な姿で事故現場近くの海岸で保護されたという事実と絡めて、如何にもそれらしい陰謀説が捏造された。

 これら一連の考察がマスコミやSNS等でスキャンダラスに取り上げられようとした矢先、貴水グループが動いた。陰に陽に広汎な人脈と潤沢な資力、そしてグループの機関の一つであるサイバーコマンドの活躍等により鉄壁の報道管制が敷かれ、貴水彰の死をめぐる騒動は鎮静化した。



 そして、今なお、生命維持装置に繋がれ、意識不明の重体が続く真宮タケルは、貴水グループの厚い保護下にあって、二重三重の防御網の奥で生死の境を彷徨っていた。 

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