第18話 冷たい肌
彰のシャイニーな栗色の髪がシーツに零れた。
その髪や肌からは眩惑を誘う甘いフレグランスが香っていた。
「あなたはいい匂いがする」
「そうか」
その肌に触れ、タケルは違和感を抱いた。
「貴水さん? 寒いですか」
空調は申し分なかった。素肌にも寒さを感じないでいられるほどに暖かかった。
「君が熱くしてくれたらいい」
言われるままに、タケルは彰の肌を摩った。それでも、手を離す端から熱が失われていくようだった。そのことに、タケルは言いようのない哀しみを覚えた。何が、この人から熱を奪ったのか。
「あなたは、もっと温かかったはずなのに」
先刻のこと――
潤んで揺らめく彰の眼差しに、タケルは逆らう術を失くした。
彼と再会した直後にタケルの脳裡で打ち鳴らされた警鐘。一刻も早く逃れるべきだとする直感は、このことを警告していたのだろうか。
抗しきれない強い衝動に駆られ、唇を重ねた。
彰の口腔に残るアルコールの余韻が、歯列を潜って結び合うタケルの舌に及ぶ。巧みなキスとワインの微かな刺激に惑溺し、身体が、求めてはならないものを欲した。
彰のシャツのボタンに手をかけた時、彼の首元に光るプラチナのロケットを見つけた。
ここにあった……!
その一瞬、タケルに正気が戻った。
青樹が待っている。それなのに、自分はここで何をしている? 何をしようとしている?
『どうした? 男相手は嫌か』
戻った正気は彰の声に瞬く間にかき消された。
『ロケットを……』
『君の忘れ物だ。これを身に着けていれば、また会えると思った』
『外しますよ。もう、会えましたから』
——そして。
口づけは呼び水となって、ある感覚への渇望を漲らせた。
やがて、彰の唇から甘美な吐息と共に貪婪な声が漏れる。
「まだ……もっと……」
タケルの両肩を掴んで爪を立て、彰が身を仰け反らせた。そのノーブルな麗容が、痛みと悦楽に堪えていた。乱れながら、なお美しく儚げな嬌態にタケルは魅せられ、どこまでも落ちた。
そしてふたりは、幾度も昇り詰め、幾度も果てた。
つかの間、彰は眠った。
短い夢を見た。幼い自分が、父・章三の腕の中で目覚める夢を。おそらく、それは現実にはもう二度と来ない幸せな朝。
「夢? だったか」
目覚めた時、彰は未だ夢の中にいる錯覚に陥った。最初に目に映ったものは、戯れに下界に降りて来た白皙の天使の顔だった。温かな天使の羽根に抱かれて眠っていたのだと知った。
「天使……ああ、これは……この感覚は、何だ?」
彰はふと郷愁的な既視感を覚えた。この懐かしさは何だ? 刹那のデジャヴ。それは琴線をかすめて、すぐに消えた。
「大丈夫ですか?」
いたわるように天使が訊いた。
「君は眠らなかったのか」
「少し眠ったかもしれません。うとうとしましたから」
「ずっと俺をこうして抱いていてくれたのか」
「あなたが寒くないように」
「そんなに優しくされたら……それとも、俺はまだ夢の続きを見ているのか」
彰は再び目を閉じた。瞼の裏に残像が浮かび上がる。天使の双眸、その濃いブルーの瞳。吸い込まれそうになるほどに深く澄んだ神秘の無窮。彰は望んだ。この瞳の奥を永遠に旅する者になれたらと。
「夢を見たんですか、どんな?」
「幸せな朝……の夢」
「あなたが迎える朝が、いつも幸せであればいいと願います」
「今は……今だけでも、幸せならそれでいい」
「貴水さん……あの……ごめんなさい」
「何を謝っている?」
「あなたに、こんなことをしてはいけなかった」
「恋人に、悪い、と?」
「そうじゃなくて」
「なら、どうして? 俺はよくなかったか?」
「いいえ。ただ、なんとなく……そう思うんです」
「ただ、なんとなく……?」




