第17話 教育係
「少しも気が晴れないわ」
「それは困りました。仇を廃人にしても、なお物足りないと?」
貴水千鶴の言葉を受けて、そう応えた男は、言葉とは裏腹に全く困った顔などしていなかった。それどころか、涼しげな、そしてどこか満足げな表情を浮かべて微笑んでいた。
男の名前は、謝名堂渚。三十二歳。2m、100kgの巨躯を、仕立ての良い英国製のダークスーツで固めている。彼の仕事は多岐に亘るが、現在は主に千鶴の教育係を勤めており、曾祖父の代から貴水家に仕える生え抜きである。貴水章三の懐刀であった父・謝名堂司の引退に伴い、赴任先のアメリカから呼び戻された。
「彼の回復状況は?」
「順調です。但し、三歳から人生をやり直す必要がありそうです」
「いいわ。完治次第、私が責任を持って正しく教育してあげる。曲がりなりにも私の彼氏だもの。……さて、これからどうしたらいい? 謝名堂先生」
「それくらい、ご自分でお考えなさい」
突き放した言い方ながらも、その眼には自分が仕える若い主への称賛の念が込められていた。
謝名堂渚は、この若き主・貴水千鶴に大いなる可能性と頼もしさを感じていた。聖母のような深い慈愛とどこまでも非情に徹することのできる激しい修羅の心。それは、貴水家の血筋の者が代々受け継ぐ覇者の性だった。
陽に当たる部分が大きければ大きいほど、影もまた同様に大きい。その強大な光と闇を、貴水千鶴は矛盾なく併せ持つことのできる計り知れない器の人物であることを、謝名堂は見抜いていたのだ。
「考えてもわからないから訊いてるの!」
「新たな目標を見つければよろしいでしょう」
「どんな?」
「それこそ、ご自分で見つけるのですよ」




